幕間

 晶達が出ていったあと、なんとも気まずい空気が流れた。1人は血の繋がらない姉を失って幽霊を演じた女の子で、1人は友達を失って口を閉ざした女性で、もう1人は飛び入りの他校の男子中学生である。気まずくないわけがない。


 だけども、ただ黙っているのも芸がない。それにこの事件の解決には——もう凛太郎は事件だと決めてかかっていたが——2人の協力が必要である。被害者家族に近しい者と、当時の目撃者。それなら、と凛太郎は考える。ここは飛び入りの部外者らしく、雰囲気を壊してやろうではないか。


「さくらちゃんさ。まだ家斉先生を信じきれないんだろ?」


 それを聞いて、さくらは口を固く結んだ。響子の表情は見えないが、俯いたまま姿勢を崩さずにいる。


「いやー、榛菜ちゃんが晶についていった時の気まずさったらないぜ。俺までついていって、二人きりだったらどうなってたかな」


 揶揄からかうような口調は、不思議と優しげだ。


「確かに先生が直接関わったわけじゃないのは分かった。だってお姉ちゃんが妊娠してて、それが動機だったら、女の子が犯人ってのはまぁ考えにくいもんな。さくらちゃんからしてみれば、晶が理屈で先生の無実を証明しても、あんまり意味はなかったんだろう。もう先生が犯人じゃなさそうだってのは知ってたんだし。


 でも、君は幽霊になった。許せなかったんだろ? 今でも、もしかしたら妊娠させた相手をかくまっているかもとか、他にも隠していることがあるのかもとか、まあ考えちゃうよな」


「花ちゃんは!」彼女自身も驚くほど大きな声だった。

「花ちゃんは泣いてた。わたしが思い出させちゃったから。ごめんねってお姉ちゃんに、ずっと謝ってた。花ちゃんは、お姉ちゃんが生きてる時は妊娠してたことは知らなかった。もしかしたら、望まないことだったかもしれないし、誰かの暴力だったのかも知れないし、それに、気付いてあげられなくて、お母さん失格だって! 忘れたわけじゃないのに、花ちゃんは悪くないのに。先生が教えてくれれば、花ちゃんを泣かさずに済んだのに!」


 さくらの鋭い言葉と視線を受けて、響子は顔を上げることができない。


「先生も怖かったんだ。自分のせいで友達が幽霊になったことを今でも悔やんでるし、妹にそれを告白するのは勇気がいるよ」


 さくらはまだ口を固く結んだままだ。溢れそうなほどに涙を溜めている。


「家斉先生」


 響子はようやく少しだけ顔を上げ、凛太郎を見た。


「俺たちも、榛菜ちゃんがいなきゃ先生を信用したか怪しい。知ってましたか先生。今日榛菜ちゃんがこんな時間に学校にいた理由?」


 響子は首を振る。


「あなたを助けるためですよ。あなたを悩ませている幽霊を捕まえようとしてたんです」


 響子にとっては思いがけないことだった。疲れや不安を隠しているつもりだったが、彼女には見抜かれていたらしい。


「そうだったの」ポツリとつぶやいた。


「そう。俺は止めたんだけど。『めちゃくちゃ危ない奴が悪戯犯かも!』ってね」ちらりとさくらを見る。


 さくらも根負けしたのか、ふっと息を吐いた。


「だけど『先生が危ない!』って言うこと聞かなくて。まぁそんなわけで榛菜ちゃんがそこまで信じるなら俺たちも乗っかるか、ってなったわけです。わかりやすくて良いでしょ」


 わはは、と軽く笑った。


「だから、先生は榛菜ちゃんとさくらちゃんにこたえてあげてください。よろしくお願いします」


 響子は凛太郎とさくらを順番に見て、はっきりとした声で答えた。


「わかった。私にできるのなら」


 凛太郎は納得したように頷いた。


「さくらちゃん。いまは我慢してくれ。そのうち本当はどうだったのかが分かるはずだ」


「……うん」


 さくらは涙を拭きながら答えた。


 やれやれこれで当面は協力体制ができたかな、と一息つく凛太郎を見て、響子は素直な感想を述べる。


「それにしても。あなた、本当に中学生?」


「へ? どういうことですか? もちろん中学一年ですよ」


「なんというか……すれてるわね……」


 中学校の教師から見ても明らかに他の一年生とは違う、妙に大人びた中学一年生に驚きを隠せなかった。

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