問題変更:彼女は事故に遭ったのか 別解の可能性を示せ①

 3人が職員室に入った時には、すでに家斉響子以外の職員はいなくなっていた。彼女は3人の姿を見ると、すぐに席から立ち上がった。さくらの前まで歩いてきて、立ち止まる。


「山岸さん。あなたがそこまで思い詰めていたなんて思っていなかった。ごめんなさい」


 さくらは何も言わない。赤く腫らした目でじっと響子を見ていた。


「もう花田さんからは聞いているのね」


「……はい」


「彼女達に聞かれてもいいの?」榛菜たちを見た。


 さくらは頷いた。


「そう。……ところで、なぜ白崎さんがいるの?」


「へっ!?」


「いえ……灰野くんからは白崎さんについて聞いてなかったから」


「いえあの」なぜここで灰野晶の名前が?

「どっちかというか灰野くんの名前が出てくる方が意外と言うか……灰野くんを知ってるんですか?」


「あら」頬に手を当てて言った。

「私、何か勘違いをしてたみたい」


 後ろを振り返った。死角になって見えなかったが、晶が響子の隣の席に座っていた。うずたかく積もった書類と教科書の山で座っている晶が見えなかったのだ。


「えー! なんでここにいるの?」凛太郎を振り返って、「一緒に来たんなら言ってよ!」また晶を見て「もう! 肝心な時にはいなかったくせに!」


「何の話をしているのかさっぱりなんだが」


 晶も困り顔だ。凛太郎だけ笑っている。


「別に、一人で来たなんていってないだろ」


 絶対ワザとだ、と榛菜は思った。さっきは助けてもらったので気を許してしまったが、やはりこいつは信用できない。


「灰野くんから話はきいた」響子は人数分の椅子を机の周りに用意しながら言った。

「あのトイレの幽霊のこと。山岸さんが聞きたいこと。ともちゃんのこと」


 四人が座ったのを見て、自分も座る。


「塾のお友達だってね。学校以外にも心配してくれる友達がいるっていうのは良いことよ」


 晶と凛太郎を見て言う。


 これはたぶん勘違いしている、と榛菜は思った。凛太郎がまた口八丁で都合のいい感じに説明したに違いない。しかし今はそんなことをわざわざ言う空気でもないので、黙っていることにした。詳しくはあとで聞こう。勝手に兄弟にされてなければいいけど。


「どうして教えてくれなかったんですか」


 さくらがうつむき加減で、小さな声で言った。少なからず非難している声色だった。


「花田さんから聞いたのなら、わかるでしょう。ともちゃんのプライベートなことを勝手に誰にでも言いふらすことはできない。特に中学生にはまだ、なかなか受け止めにくいものだと思ったし」小さく息を吸った。

「でも、あなたにそんなに強い意志があるなら、私も覚悟を決めて話す。花田おばさんがあなたに話したのなら、きっと、言ってもいいんでしょう」


 そこで晶と凛太郎を見る。


「ただ、他校の男の子に話していいことなのかしら? いくらあなたたちが」言葉をしばし選んだ。

「名探偵だったとしても」


 凛太郎はいつもの笑顔で言う。


「別にここで言わなくても良いですけど、どうせ後で二人に聞きますよ」


 晶も頷く。


「……わかった。今回はその名探偵に私の無実を証明してもらったみたいだし」


 肩をすくめた。


 おずおずと榛菜が手を上げる。


「そのー、本題に入る前に質問して良いですか? 灰野くんに」


「僕に? うん、どうぞ」


「先生が無実とか犯人じゃないとか、どういう意味?」


「ああ、そのことか」


 晶は思い出したように言った。


、家斉先生が事故に見せかけた犯人の可能性があると思ってたんだ。何せ現場の近くにいたらしいのに、話をしてくれないんだ。疑いたくもなるだろう?」


 さくらが何か言おうとしたが、晶が手を上げて止めた。


「山岸さんには、まず、謝っておきたいことがある。僕はてっきり刑事裁判が行われたものだと思っていたが、違った。学校のこういう種類の裁判は民事になるらしくて、そもそも関係者以外が資料を見ることができなかった。だから当時の新聞や週刊誌を調べるしかなかったんだ。時間がかかったのはそのためだ」晶は頭を下げた。「期待させてすまない」


 さくらは首を横に振った。


「こちらこそ……。ごめんね。ありがとう」


「そういってくれると助かる。家斉先生が犯人でないことは、いくつかの新聞や雑誌で確認できる」


 鞄から新聞紙のコピーを取り出した。


「世間的には学校で起きた事故扱いなので、あまり詳しい記事はなかったが、とりあえず家斉先生のことと思える箇所がある。この2紙の、線を引いたところを見てほしい」


『大きな音を聞いた生徒と教師が不審に思ってその場所へ行くと、頭から血を流して仰向けで倒れている女生徒を発見した』

『待ち合わせをしていた同級生が不審に思い、教師と探しに行ったところ、後頭部を強く打ち、血を流して倒れている女生徒を発見した』


 さらに別の、今度は専門誌と思われる冊子のコピーを出す。


「こっちは当時の教育機関向けの、いわゆる業界誌というものになる」


『居合わせた同級生によると、「その楽器は重たいので、私が自分の楽器と一緒に生徒昇降口で荷物番しておく」と申し出たが、「大事なものなので自分が持っている」と言って聞かなかったそうだ。もしこの同級生の提案を受け入れて楽器を生徒用玄関に置いていれば、今回のような事故は防げたかもしれない。必ずしも重たい楽器が原因で階段で転倒したとは言えないが、持ち帰りの際には何らかの配慮が求められるだろう』


「当時の同級生である家斉先生は、生徒昇降口で待っていた。花田さんは何らかの理由で教室へ、楽器を持ったまま向かった。待ち合わせに来ない彼女を教師と一緒に探した。そこへ大きな音がして向かってみると、彼女が倒れていた。つまり、家斉先生は事故もしくは事件の瞬間には現場にいなかったことになる。直接、事故に関わっているわけではない」


 言い終わって、響子を見た。


「もっとも、記事に間違いがあったり、その教師と共犯関係にあれば話は別だが」


「ははあ、本当はまだ疑っているのね?」


「記事に表現上の違いはあるものの、概ね一致している。だから、先生が現場の近くにはいたが、まさにその瞬間には立ち会ってなかった、というのはほぼ間違いない。なので、可能性の話です。まったくの0パーセントなんて、科学的にあり得ない」


「科学的にね……」響子はため息をついた。

「その記事の中で、気になることと言ったら『教師と探しにいった』ってところくらい。実際には職員室の前で先生と話している時に音がして、すぐ階段を上がったから。探していたら音がした、と言うよりは話していたら音がした、のほうが正しいかな。共犯かどうか? は、どう証明すればいいかわからないわ」


「なるほど。参考にします」


「どういたしまして」


 晶は榛菜とさくらを振り返った。


「共犯関係かどうかは、僕も証明はできないが可能性は低いと思う。別の記事では、楽器は職員室で預かっておこうか、と前出の教師も声をかけていたらしい。この二人が共犯もしくは単独犯で、事故に見せかけた事件だとしたら、重たい楽器を持っているというのはとても都合がいいはず。わざわざ事故の偽装が難しくなる様なことはしないだろう」


「灰野くん、意地悪ね」響子は苦笑いする。

「あやしくないと分かってたのにわざわざ言わせるなんて」


「性分なので。どう? 納得できた?」


 榛菜とさくらは頷いた。


「先生。ごめんなさい」


「私の伝え方が悪かったのもあるから、今回はもう大丈夫」


 さくらも落ち着いた様子だった。


「では、本題をお願いします。先生はどんなことを隠していたんですか?」


「『隠していた』って、そんなつもりはなかったんだけど。本当、灰野くんは意地悪ね」


 響子は目を閉じ、少し下を向いて、大きく呼吸した。意を決したように目を開け、軽く呼吸して口を開いた。


「彼女ね、妊娠していたの」

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