なぜささやくのか ただし犯人は問わない ④
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家斉響子先生
国語教師。1-6担任。たぶん25歳。女性。
田中昇先生
理科教師。1-2担任。30歳。男性。
遠野さん
用務員。結構長く勤めている。52歳。男性。お子さんは大学生ひとり、社会人ひとり。一男一女だがどちらがお兄さんかお姉さんかはわからない。
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「遠野さんだけずいぶん個人情報入ってるね」
「話してたら勝手に教えてくれたよ」
「なるほど」
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事件の流れ。
・家斉先生は、テストの採点と翌日の授業の準備のために残業をしていた。19時過ぎには部活の顧問をしていた先生たちはほぼ帰っていた。
・唯一、家斉先生以外に最後まで残っていた田中先生は19時30分過ぎには職員室に戻ってきて帰り支度をしていた。
・家斉先生がお手洗いに出たのは、おそらく19時40分ごろ。
☆ここで幽霊がでた?
・2、3分後に田中先生が家斉先生の悲鳴を聞いたので様子を見に行ったところ、廊下の壁に寄りかかるようにして座り込んでいた。
・人影を見た、との発言があったがトイレは無人だった。
・混乱している様子だったので、用務員さんに頼んで保健室を開けてもらい、横にして休ませた。 30分ほど休んでから3人とも帰宅した。家斉先生は車で通勤しているけど、その日は念のためタクシーで帰った。
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「えーと、これが先生の動きだね」
「一般に、幽霊が出る時は人魂を見たり物音がしたりするものらしいけど、そういう前兆はなかったのかな? それに、気を失って倒れたと言うよりは、驚いて腰を抜かしたというのが近いみたいだ」
「灰野くん、わりと古風な幽霊観だね……」
「歴史には敬意を払うようにしているんだ」
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・遅くまで残っていた用務員さんは、害虫の駆除のために殺虫剤を散布していた。田中先生はセアカゴケグモのサンプルを取るついでに手伝っていた。
・生徒たちがグラウンドを使うので、人が少なくなった頃を見計らって駆除を開始したが、不審者は見かけなかった。
・部活は特別な時以外は遅くとも19時までになっているので、部活生も帰宅している。
・殺虫剤の散布は19時半頃には終わっていて、その頃には校内では誰も見かけなかった。
・家斉先生を保健室へ運んだ後、念のため田中先生と用務員さんで校舎の周りを回ったが、特に不審者は見当たらなかった。
・警察に通報することも考えたが、家斉先生が見間違いだったと言ったので特に通報はしなかった。
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「家斉先生以外で残っていた人たちのことだね。夜7時前までは部活の顧問の先生たちがいたみたいだけど、すぐに帰ってるみたい」
「なるほど。そのうえで不審者もなく、夜の7時以降は教員と用務員で合計3人しかいなかった、と」
「そう! だから誰かを幽霊と見間違えるってこともないと思うよ」
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トイレ周りを調査した結果。
・職員トイレの中には特に幽霊に見えるものはなかった。ポスターもなし。
・建物の外にも特になし。
・廊下に職員トイレの掃除道具を入れるロッカーがある。中は特に変哲もない掃除道具。
以上、現場からお伝えしました
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「うん」
晶はつぶやいた。ノートから顔を上げて、
「見取り図にあるトイレの窓は、地面から高さは何センチ? 内側と外側からそれぞれ」
「え? 高さなんて測ってないよ」
「メジャーとか持ってないの?」
「……普通持ち歩かないよ?」
「僕は持っているが」と、ポケットから小型の
「んー……たぶん普通じゃないね」
晶は少し驚いた様子だ。彼の周りの人間はみんな巻き尺を持ち歩いているのだろうか。
「黒川くんはそれ持ってるの?」
「言われてみれば彼は持っていないが、変わり者だからだろう」
「んー……」
二人は返事に困った。男子がハンカチを持ち歩いていないのは知っている。だが巻き尺や懐中電灯などの探偵七つ道具的な物はどうだろう。知らないだけで、もしかして持っているのだろうか。
「さくらちゃん持ってる?」
「わたし持ってない。……ソーイングセットなら」
「女子力たかっ」
「ソーイングセットなら僕も持ってる」なぜか筆箱から取り出した。
「……あれ、もしかして私が変なのかな……」
「凛太郎も持ってないようだから、それは別にいいんじゃないかな」
「あいつと一緒にされたくないから今度から用意する」
「話を戻そう」こほん、と咳払いをした。
「窓は
「私が何とか届くくらいかな」
「なるほど。下辺が75センチくらいだとすると、上辺は180センチ。一般的なサイズだね。外からだとどれくらいだろう。胸の高さになるかな」
「さあ……それくらいかな。登るのはちょっと大変そう。どう? 幽霊関係ありそう?」
榛菜は頬杖をつきながら晶に聞いた。
正直なところ、彼女はあまり深く関わる気はない。
人並みに心霊話は面白そうとは思うが、だからと言って先生たちにしつこく質問するほどではない。さくらの方は幽霊探しには熱心だが、別にとりわけ詳しいというわけでもなさそうだ。ノートに書かれている内容を見る限り、幽霊がいた証拠はない。同様に、見間違えそうなものもない。
普通の学校に幽霊やジュゴンなんていないのだ。
そもそも、何が幽霊の証拠になるのかさえ彼女には全く想像もつかなかった。
誰かの目撃証言。
いわくつきの殺人事件。
不幸な事故。
お墓を埋め立てた土地。
歴史上の戦場や古墳。
あるいは、いつの間にか解けた靴紐。
どれも「それっぽい」だけ。
「このノート、今日帰るまで借りてていいかい」
「いいよ。次の塾の日まで貸しておこうか?」
「いや。たぶん大丈夫。でも足りてない所がある。これは追加で彼に頼もう」
「彼?」
「凛太郎」
「「え?」」
「凛太郎が三王丸中学校にいる」
「えっ……えー!」
「ちょっと! 行かないって言ってたじゃん!」
「すまない、追加で確認したいことがあったんだ。何気なく彼に話したらせっかくだから俺が行くと」
「せっかくじゃないよ! 約束が違う!」
「その点についても僕からお詫びする。すまない」
「うわー……やられたー……」
もともとは凛太郎を学校に来させたくなかったためにわざわざ面倒な聞き込みをしたのだ。これでは元も子もない。
晶は頭を下げて謝ってから、ノートをじっと見ている。榛菜は天を仰ぎ、さくらは気の毒そうにそれを見る。
「せめて大人しくしといてほしいけど……」あやしいものだ。彼は残念ながら結構目立つ。
少しして、晶が立ち上がった。
「どこ行くの? もう授業始まるよ?」
「先生にはトイレに行ったと伝えておいて欲しい」
「えっ……私が……?」
言い残して、彼はそのまま教室から出て行った。
「私……せめて灰野くんは常識がある人だと思いたかったけど……」
「違ったみたいだね」さくらも同意した。
「あんな頼み事する時点で常識があるとは思えなかったけど」とは言わなかった。
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