ライトノベル拡大主義者が『月ぬ走いや、馬ぬ走い』を読んでみた

 豊永浩平『月ぬ走いや、馬ぬ走い』関連情報まとめ 

 https://note.com/egbunko/n/n5a69cb12d91f


 ライトノベル拡大主義からの流れで、群像新人文学賞受賞作の『月ぬ走いや、馬ぬ走い』を読んでみました。すでに新人賞の選評やネット上の感想共同体の中では、「作者の筆力が高いことは当然の前提として、~~」みたいな感じで話が進んでいる話題の小説です。

 私たち永世ワナビが集まるEG文庫の内部でも議論は多岐にわたっていますが、ライトノベル拡大主義的に重要なキーワードは以下の2つ。


 1. 世界設定

 2. ポストアポカリプス


 世界設定自体はライトノベル(特に異世界ファンタジー型ライトノベル)でも普通にやることですが、純文学の場合はまず重厚なシェアードワールドへの接続から事を始めることが多いようです。

 たとえば〈沖縄〉というシェアードワールド。

 純文学の作者たちと読者たちは幾つもの〈世界〉を共有・更新しながら文学をやっています。層を重ねています。中でも〈近現代の沖縄〉は単位面積あたりの文学量(つまり文学密度)がえらいことになっているようです。それに加えて、歴史学者、社会学者、言語学者、記者、つまり物体層の上に文字を重ねていく人たちが〈沖縄〉に大量接続しています。今はもう小説の序盤で「沖縄」という言葉を出さなくても、〈沖縄〉の話であることが読者に伝わり、様々な記憶(記録についての記憶をふくむ)が呼び出されるほどの濃さです。


 では次に、呼び出した記憶をどう扱うのか。どのように結合・展開させるのか。

 『月ぬ走いや、馬ぬ走い』の場合は、ポストアポカリプス展開です。いきなりポストアポカリプスです。単独の異世界ファンタジーでは真似できないタイプのポストアポカリプス展開です。シェアードワールド〈沖縄〉との接続によってアポカリ以前の記憶についてはすでに呼び出していますから、あとはもう瓦礫の塔での筆力勝負です。2023年の海辺で日本兵が観測されたのを皮切りに、大作アクションゲームの続篇のDLCでようやく味わえるようなポスアポ感がいきなり提供されます。(※誤解のないように言い添えておきますが、現実世界(最大のシェアードワールド〈現実〉)における救世暦2023年はポストアポカリプスではありません。2023年までにアポカリプス時空震が観測されたことはありません。しかし、いるはずのない日本兵が観測された2023年の海辺を観測させる小説はポストアポカリプス小説です)


 アポカリプス後の瓦礫の世界の瓦礫になっているのは、人間たちの声だけではありません。〈沖縄〉に接続していた(あるいは批評によって接続された)数々の純文学も巻き込まれています。謎の出艇と死。片足に集まる兵士。亀甲墓。虚実を問わず、様々な瓦礫が分け隔てなくぶつかりあい、めりこみあっています。この点こそが『月ぬ走いや、馬ぬ走い』の最大の特徴であるとも言えます。(※作者の筆力が特級であることは当然の前提として)


 アポカリプス以前の世界がいかに巨大で豊かなものであっても、小説という形式は〈すべて〉を見せてくれるものではありません。実際に歩き回ることはもちろん、絵や動画と比べても、小説の窓はとても小さいものでしかありません。

 しかし、アポカリプス後の世界には〈作者〉が再臨します。作者がアポカリプス後の混沌から小説を彫り出し、読者がそれを貴重なものとして受けとるためには、特定の瓦礫と瓦礫をつないでいくカクテルパーティー効果的な〈錯覚〉こそが必要不可欠であり、その錯覚は「魂」と呼ばれるものを成立させるセンスでもあります。


 『群像』2024年6月号に掲載されている「受賞の言葉」によれば、「テクストでの魂込めマブイグミとでも呼ぶべきところ」が作者の目標であるようです。

 これまで私たちライトノベル拡大主義者は、京極夏彦——テクストでの「憑物落とし」を得意とし、「ただともにあることの不思議」(宇月原晴明)を描いた筆力お化けの影響を強く受けてきました。『姑獲鳥の夏』、『狂骨の夢』、『塗仏の宴』、『覘き小平次』、『ヒトでなし』、『冥談』。そしてそのままミステリーや時代小説やホラーの方向へ拡大していったわけですが、この2024年に「アポカリプス以前の私たちが何かを共有していたこと」を強烈に思い出させる戦後文学『月ぬ走いや、馬ぬ走い』を読み、「受賞の言葉」を知ることによって、純文学の方向へ拡大していく道も開かれたように感じています。



【余談】

 まずは純文学方面への拡大を、〈声〉の裏にある〈文字〉の側から始めてみたくなりました。(※『月ぬ走いや、馬ぬ走い』の断片〈基地の街〉でも、聴覚が視覚に化けていました。アポカリプス後の世界ではよくあることです)

 「エセ方言」についての創作論( https://kakuyomu.jp/works/16817330659884875261/episodes/16817330660872664742 )では、「日本語」「公用語」「標準語」という言葉を出しましたが、視覚言語についてこれから何かを書く際にも、「普通文」「正書法」「常用漢字」そして「言文一致」という厄介な言葉を避けて通ることはできないでしょう。ライトノベルの文体を狭く切り詰めていこうとする圧力を強く感じる今、これらの言葉はライトノベル拡大主義的にも重要です。私たちは重くするからパワーで軽く読んでください。あなたが持ち上げられる重さがライトノベルです。

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