帰宅
寝てしまったみちるをおんぶして、学校屋上の『砦』からなんとか自分ちまで帰ってきた。そっと、軽くて熱いみちるの体を私のベッドに寝かせる。たいしたベッドじゃないけど、スプリングのはみ出た『砦』のベッドより十倍はいい。それから大急ぎで部屋を片付けて、窓を開けて風を通し、みちるの夢にほこりが入らないようにする。多分みちるは免疫が弱い。いいとこの子はみんなそうだ。ほこり一つで風邪をひく。そう思って、家の隅々まで掃除をしたらびっくりするほど綺麗なうちになった。騒音で起こしたりしなかったかな、と急いで自分の部屋に戻ると、みちるは小さく丸まって寝息を立てていた。ほっぺたが赤い。思わずつん、と突ついちゃう。もにょもにょ言って寝返りを打つ。短パンのポケットから紙切れが落ちた。なんだろう、と見てみると、四つに折られた紙の真ん中に万年筆の字で
重要:絶対に警察に連絡せず、みちるを守ること
みちるq才
大事にしてやってください
必ず迎えに来ます
P18RR
こう書いてあった。なんか、嫌だ。ムカつく文章だ。『大事にしてやってください』っていうのはまるで捨てられたペットが首から下げる言葉みたいで、なんだかとても酷いものに見える。必ずって書いてはあるけど、迎えに来る気、ほんとにあるんだろうか。みちるは落ちてきたんじゃなくて落されたのかな。P18RR? がそんな酷いことをした? そんな人がいるところなら、みちるは帰さない方がいいのかな。みちるが寝返りを打つ。小さな声が聞こえた。
「まま……」
ぶんぶん首を振った。私が帰したいかどうかじゃない。みちるが帰りたいかどうかだ。迎えに来ないならP18RRを見つけて、迎えに来たならみちると一緒に会って、その時みちるが決めればいい。たった五行からじゃ何も分からない。ばあちゃんも言ってた。「話して初めて人が分かる」って。とにかくみちるを守ろう。何から守るかも分からないけど。そう決心してみちるの顔を見る。くるんと伸びたまつ毛、紅色のほっぺた、小さな鼻、微かに開いた富士山型の口。顔にかかったさらさらの髪の毛が口に入りそうで、そっとのけてあげると、ふわあ、と言って薄目を開けた。起こしちゃったか?
「おね……ちゃん……」
「どうした?」
みちるは目を閉じ、私のセーラーを引っ張った。え、それは予想してなかった。バランスを崩してベッドに倒れる。
「ちょ、みちる?」
ベッドの大きさは二人寝てもまだ余る。
「――んんふっ?」
みちるの息が首筋にかかって思わず笑いそうになった。空いた手で口を押えてこらえる。気持ちよさそうな寝息。でもくすぐったい、猛烈に。なんとか姿勢を変えたいけど、袖をぎゅっと握ってるみちるの手を動かすのは罪悪感がすごい。動けなくて笑えなくて気が変になりそうで、だんだん意識が薄れていって、私はいつの間にか眠ってしまった。
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