不良少女は少年と過ごす

蛙鳴未明

事の発端

 ショタが空から降ってきた。私のベッドにぼよん、と跳ねて、コンクリートの屋上に転がり落ちたんだ。おでこを押さえてうびええ、と泣くショタ。困惑する私。


「お、おい大丈夫かよ」


 ショタは泣くばかり。気になることは色々あるけど、とにかく泣き止ませないとどうにもならない。私はどうやって泣き止んでたっけ? 頭をフル回転させてうろ覚えの記憶を引っ張り出す。


「ほら、おやついるか? ラムネは? あ、ジュースもあるぞ」


 これじゃ実家のばあちゃんじゃん。でもとにかく効いた。ショタはぴたっと泣き止んだ。私の手からラムネの小袋を受け取って、一粒一粒ちびちび食べだす。息継ぎみたいに桃ジュースを飲む。ばあちゃんに貰った徳用サイズの黒飴の袋を時々不思議そうに見るので一粒取ってやると、ショタは両手をおわん型にして受け取った。物珍し気に両手の中で飴玉を転がして、四方八方からしげしげ見た後、ひょいと口の中に入れた。途端にぱあっと顔が明るくなる。


「うまい?」


 赤べこみたいにぶんぶん首を縦に振る。試しに私も一粒口に放り込んでみたら、濃くて香ばしい。


「ほんだ。けっこういいね」


 ショタはもっと首を振る。今度ばあちゃんに箱で送ってもらお、と思いながらばりっと飴を嚙み砕くと、ショタが固まった。信じられない、って目で私を見る。なんか変なことした? もう一噛みするとびく、と震えた。おもしろ。ばり、ばり、ばり。びく、びく、びく。すっかり口ん中空になっちゃった。ショタはおそるおそる、って顔に出しながら、かつ、と音を出して飴を噛んだ。目をぎゅっとして震える。歯が痛かったんだろうな。サスペンダー付きの短パンに、ピカピカの靴。糊がパリっと効いたちんまいワイシャツ。おまけにいつの間にか正座。だいぶ育ちがよさそうだ。きっと素材の味を楽しむタイプの家で、飴を嚙み砕くなんて考えたことすらなかったんだろう。


「あんた――君? いやボク、か。どっから来たの?」


ショタは瞬きして、もろもろもろもろ、とすごい勢いで飴をなめ始めた。そんな頑張ったって飴はすぐ消えな――


「上から!」

「はやっ!? てか答えアバウト!」

「ふぇ? え……え……」

「ちょ、ちが――怒ってない、怒ってないから泣かないで飴あげるから」


ショタは泣き止んでまたもろもろもろ、と飴をなめ始めた。ちっちゃく鼻歌まで歌っちゃって、可愛いやつ。天使は空に返してあげないと。


「ボク、名前は?」

「みちる」

「上の名前は?」


みちるは困り顔で新しい飴をなめる。十秒くらいしてやっと口を開いた。


「わかんない……」

「分かんない? マジで? パパとママの名前は」

「わかんない……」

「そんな――落ちてくる前何してた? 」


みちるは肩を落としてうなだれる。


「わかんない……ぼく、なんでここにいるんだろう」


赤いおでこが太陽に光る。頭を打ったせいで記憶があいまいになってるんだろうか。何も分からないまま、変な屋上に変な女と二人きりなんて、私だったら耐えられない。


「ここどこなの? 帰りたいよう……」


ぽつっ、と震える小さな手の甲に涙が落ちた。たまらなくなって、私はみちるを抱きしめる。いくら空から降ってくるような変わった子でも、子どもなことには変わりない。この子を家に帰してあげなきゃって、強く思った。


「大丈夫、私がみちるを家に帰す。約束する」


みちるの小さな手が私のセーラーをぎゅっと掴んだ。軽い体重が私に寄りかかる。胸元が熱くなる。小さな涙が、襟元に浸み込んでいるんだ。泣き声がして、私は両腕に込める力をちょっとだけ強くした。



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