第二章「接近」5
息を切らせて目の前に飛び出して来たケイトは、激しく上下する肩もそのままに大声で捲し立てた。
「リュウトくんもシズクくんも、全部わかっていたんだな!? それで三人でグルになって、私を嘲笑っていたんだろう!? 男にすら負ける惨めな女だと……っ……私のことを、笑って……楽しいのか!? 私だって、『カワイイ』と言われたい……普通の女なのに……」
部活動によって身体を鍛えているケイトは、もちろん声量もある。号令のようにはっきりと発音されたのは最初の方だけだったが、それでも周囲にいる他の客達に『この状況』が『どういう状況』かを伝えるには十分で……
「おいおい、痴話げんかか?」
「男にすら負けるって……やだ、あの男の子達ホモなの?」
「確かにあんな男みたいな女より、俺ならあのかわい子ちゃんの方が良いかもー」
周囲から好奇心と下品を混ぜて焦げ付かせたような黒い感情が放たれる。それは視線であり、言葉であり――シズクと……おそらくケイトがこれまでの人生で受けて来たであろう『なんらかの感情』の答えであった。
――男児は男児らしく、男らしくあれ。女児は女児らしく、女らしくあれ。それを嫌がったのは、俺だけじゃなかった。こいつも、俺と同じだったんだ。
男なら男らしく、女なら女らしく……それらに疑問を覚えながらも、実際そう断定されるのは嫌なのだ。はっきりと否定することだけは絶対にせずに、しかし『らしさを捨てた利』を得ながら、『らしさ』もその手に欲しがった。中途半端か、二兎を追う者は一兎をも得ずか。
「ちょいちょいケイトちゃん! 何言ってるねん? 俺らが何をわかってるって? 俺かて初めて聞いたんやで? コウがシズクのこと好きやなんて。ちょっと……場所変えて、落ち着こうや」
シズクだけでなく、告白を聞かれてしまったコウも固まってしまっていたが、そこにリュウトが間に入って来る。
正直、助かったと思った。今のシズクとコウでは、きっとケイトの怒りを鎮めることは出来ないだろう。
彼女は自分がコウに好意を持っていることを気付いたリュウトとシズク、そしてコウの三人が、揶揄うだけでなく最悪の形での失恋までさせてやろうと計画したと勘違いしている。
だが、それを百パーセント勘違いだと言い切れるだろうか。
シズクには、そうは思えなかった。
だってシズクもリュウトも“グルになって”コウに片想いしているケイトの気持ちを知っていながら、その間に割り込もうとしているのだから。その割り込もうとしている対象がシズクとリュウトの間で思い違いは生じているが、それでもグルになっていることには変わらない。
それに、グルになっている、というのは半分誤解だったとしても、コウがシズクに告白をしたということは事実だ。
先程のコウの告白にシズクが両想いだと答えたら、それは男にすら負ける惨めな女という現実そのものだ。ケイトが傷つく現実は、紛れもない事実であり、そこに至るまでの工程がグルだろうが自然だろうが、その現実だけは絶対に揺らぐことではなかった。
「リュウトくん! 君のことは軟派な男だが、人の本質を見抜く聡い男だとも思っていた。男性として尊敬もしていた……こんな形で裏切られるとは思――」
「――裏切ってへん! 俺が落ち着け言うてんねん! お前は俺が言いたいこともわからんアホとちゃうやろ!」
シズクが初めて聞いた、リュウトの怒鳴り声だった。これまで同じクラスの男子にも、ましてや女子相手になんて聞いたこともないその声は、普段の軟派で軽薄な彼からは想像も出来ない。鋭くて重い、芯の通った男の声だった。
その迫力に、ケイトも口を閉ざして暫く考えた後、小さく頷いた。静寂が戻って来た広場から逃げるようにして、シズク達四人は少し離れたところで見掛けたアトラクションと一体になっているカフェへと向かった。
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