第二章「接近」4
「俺さ、並んで見てる時は大丈夫だって、思ってたんだけど……甘かったみたい」
リュウトの提案で最初に乗ったアトラクションは、急流すべりだった。外からでも目を引くジェットコースターはまだ早いとか言いながら、しかし『絶叫マシーンのドキドキ感が恋愛には大事だから』と言いくるめられて乗せられたのがそもそもの間違いだった。
この遊園地の急流すべりは、二人掛けのシートの造りだ。リュウトの思惑では彼とコウ、そしてシズクとケイトのペアで座り、アトラクションのドキドキ感で男女の距離が縮まるだろうということだった。
だが、そんな簡単に物事が進む訳がなく、ケイトが初めて見た急流すべりの迫力に――どうやらケイトも遊園地の類は初めてだったようだ――興奮したのか一番前の席に座ることを熱望し、その勢いで並び順が乱された為に前列にケイトとリュウト、その後ろの席にコウとシズクという並び順になってしまった。
シズクからすれば願ったり叶ったりの状況なので問題なかったのだが、問題はこの後だった。
屋外設置の大型ジェットコースター程ではないにしろ、この急流すべりもなかなかのスピードを誇るものだった。特にラストのダイブは垂直に近い角度からの入水で、産まれて初めて絶叫マシンを体験したシズクには少々刺激が強過ぎる代物だったのだ。
「まあまあ、俺もけっこう怖かったから、そこで座ってリュウト達を待ってようよ」
情けないことにシズクは今、最愛の人であるコウに介抱されている。予想以上に刺激的だったアトラクションのせいで、先程まで足はガクガク、気は遠くなり寒気は止まらず吐き気までする散々な容態だったのだ。
搭乗前に食べたアイスクリームの影響はなかったが、危うく摂取したばかりのイチゴ味のアイスまでぶちまけるところだった。リュウトが勝手に頼んでくれていたチョコのトッピングが可愛くて、なかなか食べ始めることが出来なかったのをコウに笑われたけれど、嫌な気持ちになんてならなかった。
今日はあまり混んでいないので、園内の中心にある広場のベンチも空いていた。そこにコウと二人で並んで腰かけたが、愛しい人が隣にいるというのに、シズクの体調はそれどころではない。一応、ここに来るまでの間になんとか脂汗等は引いたが、それでもまだあの落下の際の恐怖は瞼に張り付いている。
「すっごい怖かった……ほとんど落下だったじゃん、あれ。水の抵抗とか、何もなかったし……」
「確かに凄かったな」
「嘘っ! コウは絶対怖がってなかった! 俺、聞いたもん。俺の隣で歓声上げてたコウの声!」
頂点から下る際に、シズクは恐怖のあまり目を閉じていた。しかし耳までは閉じられないので、隣からコウの楽しそうな悲鳴が聞こえたのだ。もちろん前席からリュウトの歓声も聞こえた。あいつに至っては、頂点に差し掛かる前から両手を上げていた。
「あー、聞こえてた? 俺さ、けっこうああいうの得意で、楽しくて。それに……好きな子の可愛く怯える姿も見れたし」
「ひどいっ! 俺、すっげー怖かったのに……っ!?」
あまりに自然と零された言葉に、シズクは言葉の意味を理解することが遅れる。
――今、好きな子って言った? お、俺のこと? いや、違うかも……誰のことかは言ってない……
疑問に揺れるシズクの瞳に気付いてか、コウは少し照れくさそうに頭を掻いてから、こちらに向き直った。
昼時を迎えた園内は、明るい声に溢れている。そのどれもが幸せそうで、ついつい引っ張られるように、淡い期待を抱いてしまう。
向き直ったコウの瞳は、揺らいでなんていない。純粋に、真っ直ぐに、シズクだけを見詰めるコウが言った。
「俺は、シズクのことが好きだよ。同性だけど、恋愛対象としての好きだ。シズクも……同じ気持ちかなって思ったんだけど、違った?」
「っ!! お、俺も、コウのことが――」
待ち望んでいた言葉を受けて、それに飛びつくように反応しようとした、その時だった。
「――こんなものを見せるために私を誘ったのか!? ふざけるな!」
空間を切り裂くような鋭い声を上げて、ケイトが目の前に飛び出して来た。
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