マッチングアプリで野良のマンボウに遭遇しました。
オニイトマキエイ
【短編】マッチングアプリで野良のマンボウに遭遇しました。
「ヤリモク、ヤリモク、ひとつ飛ばして……コイツはアタシ好みのイケメンだけど、絶対遊んでんだろうなぁ。一応いいねしとこ」
私こと織部 千早は、今日もスマホを片手に指でスワイプを続ける。
元彼が大した男でないと知ったのは、フラれた3日後だというのに無意識にマッチングアプリをインストールしているのに気付いた時だ。
元彼との3年に渡る大恋愛を経て失恋。結婚まで考えていたのに。
でも今はもう吹っ切れた。
あんなドブカスのことは忘れて、夏に向けて絶賛彼氏募集中なのである。
独り身になったところで、再びマッチングアプリを漁る日々が始まった。
アップの顔写真と200文字程度の自己紹介で、相手を査定するのは難しい。
相当気を引くような内容を書いているか、身体目的でも構わないと割り切れるほどの超イケメンでなければ、私はいいね(右スワイプ)を押さないようにしている。
「……なんか面白くない男ばっか。身長とか趣味とか同じようなことばっかり、全員同じに見えちゃうんだよねぇ。もっとこう、なんだろう。私が会いたくなるような工夫をして欲しいものだわ」
テンプレのような自己紹介に量産型のキノコ頭。
同じような服装に、お約束のような汚い鏡。
そんな有象無象に飽き飽きしていた私は、ほとんど作業のような感覚で指をなぞる。
はあ~ッ!と大きな溜息とともにソファに飛び込むと、仰向けになりながらまたスワイプを続ける。
そんな時だった。
『奴』が私の目に飛び込んできたのは。
【世知辛いマンボウ 25歳】
・プロフィール
見ての通りマンボウです。マンボウ界でも特に平べったいです。
ひょんなことから魔法にかけられ、普段は人間の姿に擬態しています。
ようやく人間社会に馴染んできました。ピチピチ。
最近はウォシュレットに執心。パーソナルジムとかも行きたい。
私を助けてくれた、命の恩人を探す為にアプリをしています。
「へ、変な奴だなぁ〜〜〜!?」
私は思わず声を出して感心した。
いやはや、人間に考えられるだろうか?この怪文書を!
私は条件反射で右にスワイプした!
そしてプロフィールの写真は、なんとも間抜けそうな顔をして遊泳しているマンボウの写真だ。変な奴要素が畳みかけてくる。
非常に心躍るプロフィールだけど、マンボウ側からも私にいいねしてもらわないことにはマンボウと話すことさえ叶わない。
マンボウの次に出てきた写真は、性懲りもなく洗面所の汚い鏡に筋肉を誇張して自撮りしている男でげんなりした。
#裏垢男子
#雰囲気嫌いじゃない人いいね
#自発ください
#量産型男子
#フッ軽さんと繋がりたい
なんだろう、並ぶ文字列に全く魅力を感じない。
マンボウのヒレについたプランクトンでも煎じて飲ませたい。
「――まあでも彼氏が魚類っていうのは、ちょっと嫌だな。海臭そう」
そんなことを呟いて天井を眺めていると、頭の傍に放り投げていたスマホが振動した。アプリの通知音だ。
――誰かとマッチしたんだ!
私は急いでロック画面を解いてアプリを起動した。
そしてマッチしていたのは、『世知辛いマンボウ 25歳』だった!
「す、すぐにメッセ返そう……。なんて送ろうかな、面白いです!とか?いやでもそんな月並みな言葉じゃ埋もれちゃうか」
結局、私程度のユーモアではなにも思い浮かばず、率直に褒め称えた。
貴方は逸材だと。キラリと光る原石なんだと。
私が挨拶のメッセージを送ると、予想外に早くマンボウから返事が返ってきた。
どうやら魚というのは相当暇らしい。
『ちさん初めまして。またガソリン代高騰らしく……世知辛いですね』
「ガソリン代?笑 マンボウさん車乗るんですか?」
『先日MT車の免許を取りましたので。人間社会の交通ルールは覚えるのが大変ですね。それに比べると、太平洋は無法地帯でした』
「ていうか、マンボウさんアクセル踏めるんですか?笑」
『御心配には及びません。マンボウは普段は人間の姿をしておりますゆえ、二足歩行でございます』
――なんだこれ!なんだこれなんだこれ!
私は久しぶりにメッセージで連絡を取ることに楽しさを覚えた。
アプリの男と来たら、口を開けば「いつ会える?」だの「なにカップ?」だの。
遊びたい盛りの女からすればいいだろうが、私はもうそんな歳でもない。
「マンボウさん!いつ会える?会ってみたいな?」
『え!肉食系ですね。だってまだ知り合ってから数十分ですよ』
「いいじゃん、会って話さないとお互いのことなんて分かんないだからさ!」
たじたじなマンボウを前に、狩猟者の顔つきになっている私。
とにかく好奇心だ。この魚がどんな顔をしているのか、どんなことを考えて生きている人間なのか。
そして、いったいどんな気持ちでマンボウのロールプレイなどしているのか!?
暴いてみたい。『世知辛いマンボウ25歳』を赤裸々に。
――数日後。
私は半ば強引にマンボウとの食事の約束を取りつけた。
なにが食べたい?と聞くと、インドカレーにハマっているとのこと。マンボウ風情にスパイスの良さが分かるのか?随分と生意気である。
ムカついたので私の行きつけのカフェに変更してやった。
ここなら落ち着いて話ができる。
待ち合わせの場所は店の前。そんなに人通りも多くない道で、特徴さえ伝えられたらすぐに分かってしまう。
私はガラにもなく早起きし、かなり気合を入れてメイクをした。
服を選ぶのに迷ったり、髪の毛も巻いちゃったりして、滅多につけることのない香水まで振りかけてしまった。めちゃくちゃエ〇い匂いがするやつだ。
魚に性欲があったら面白いので、私の持っている服装の中で最も刺激的で露出度の高い服装で臨む。メッセージからはどうやら堅物の匂いがするが、どうだか?
マンボウを名乗っても、男は男。
もし欲情してキャラ崩壊し、魚がホモサピエンスに変身してホテルにでも連れ込もうとしたらその時は引っ叩いてやろう。私は雄猿に会いに来たのではないのだから。
——そんな中、怪しい男がきた。
黒いキャップを目深に被って、大きめのマスク。同じく黒いパーカー(しかもかなりオーバーサイズ)を身にまとっている。怪しさ満点。
多分コイツだ。なんかキョロキョロしてるし。
ネットでは面白おかしくマンボウだなんてふざけてるけど、所詮は会ってみれば挙動不審な陰キャなんだ。つまらない男だったら嫌だな。
現実を突きつけられて急に萎えてきてしまった。
なんかもう帰りたいけど、とりあえず話しかけるだけ話しかけようか……。
「君でしょ?マンボウさん」
「マ、マボォ!?び、びっくりしました。貴女が、アプリの『ち』さん?」
「千早ね。にしても驚きすぎでしょ、大きい声出さないでよ目立つから」
「す、すいません。なにぶんマンボウなものですから、心臓が弱くて」
――え?コイツまだ、マンボウキャラ続ける気?なかなか忠実にマンボウしてるじゃないのよ。
「本当にマンボウなんだ?」
「はい。実は正真正銘のマンボウでして。ただ私めが魚だからでしょうか、よく騙されそうになります」
「……というと?」
「ええと。この前は大変綺麗なお姉さんとカフェに行ったんですが、良い話があるって。なんでも私めが他の誰かを3人紹介するだけで、私めに入会料の倍の報酬が振り込まれるとか」
「がっつりネズミ講じゃないの。マンボウがネズミ講に引っかかってどうすんのよ」
「はい。最初は飛びつきそうになったのですが、よく考えてみるとおかしいなと」
「アプリの中で一番濃い人種と出会ってるじゃん。良かったわ、人並みの知能がある魚で。……で、アンタはいつまでそのキャラ続けるの?」
私は敢えて切り込んでみた。わざと困らせてみるのも面白い。ここでこの男の技量を見極めて、つまらない返しをするようだったら帰ろう。
そう考えていた私は、しかしここで驚愕の事実を知ることになる。
「いえ、その、本当にマンボウです。ほら、背ビレもここに……」
「え、ええええええええ!?」
マンボウがパーカーを捲ると背中の皮膚がみるみる青白く変色していき、器用に折り畳んで収納されていた背ビレがひょこっと姿を現した。
私は自分の目を疑った。目を擦り、頬を抓ったがどうやら夢の世界ではなさそうだ。
好奇心で背ビレを触ってみる。マンボウは少しくすぐったそうな顔をしているが、構うものか。少しヌルヌルしていて独特な肌触り。コレは……背ビレだ。
「いや、ちょっと。しまってしまって。背ビレ見られちゃ困るでしょ」
「はい……もう少しだけ人間社会を堪能したいと考えております」
「と、とりあえずお店入ろっか。聞きたいことが山ほど」
薄暗いカフェの2階に上がり、幸いにも角の席を陣取った。
ここなら多少、摩訶不思議な会話をしていても注目されることはないだろう。
「私はアイスコーヒーをひとつ。アンタは?」
「コ、コーラフロートを……」
めっちゃ甘党じゃん魚のクセに。塩水が恋しくないのかよ。
甘党マンボウは鼻につくが、今はそんなことはどうでもいい。
「で、マンボウくん。まずは、どうして人間の姿になれているのか説明して」
届いたコーヒーにチビチビと口をつけながら、私は魚類に尋問を開始する。
この魚、外見は完全に人間だ。マスクと帽子で顔が覆われてはいるものの、二足歩行だし何故か日本語が喋れている。少し早口だけど。
「理由を説明しても、今まで私めの話を信じてくれた人はおりませんので……」
「今さらなに言ってんの。背ビレ見せられたら信じるしかないでしょ。あっ、そのフロート美味しそう。少し貰うね」
「えっ……ちょっ……」
「まさか体内に寄生虫とか飼ってないよね?」
「ここ数年、人間ドックではなにも言われませんでしたし多分……。あと毎日ヨーグルト飲んでますし」
「浅いなぁ」
私は遠慮なくマンボウのフロートのド真ん中に自分のストローを突き刺すと、指を動かして早く話せと合図する。
すると一拍置いてから、マンボウが滔々と話し始めた。
「私めは5年ほど前、優雅に太平洋を泳いでいたのですが、とある巨大なマンボウ漁獲船に捕まりましてですね。私めだけ釣り上げられてしまったのです」
「鈍いわね」
「はい……。しかし、私めがピチピチと跳ねていたところ、1人の女性が現れまして。その女性はなにやら隠密に行動していたようで、他の船員にバレないように話しかけてくれました」
「へぇ?その人は何者なの?」
「その御人は、私めに野崎豊の『卒業』を聴かせてくれたのでした。——この支配からの卒業。私めをハッとさせてくれた歌詞です」
「……は、はぁ?」
「捕獲された私めの人生と言えば、赤マンボウとして寿司屋に並ぶか、狭い水槽に入って見世物になるかが関の山でしょう。ただその女性は、こんな私めに『支配から卒業せよ!』と啓示をくださったのです!」
「……なんだかなぁ」
「私めは彼女に訴えました!自由になりたい!貴女が神なら、私めをどうか地獄から解放してくださいと!」
「それで解放されたんだ?」
「はい。彼女は実は魔法使いだったんです。彼女のかけた魔法は、私めを人間の姿に変えました。おかげで他の船員に紛れて、間一髪で回転寿司を免れたのです」
「う~ん……。にわかに信じ難いけど、アンタがいる以上は信じるしかないしなぁ。で、その魔法使いちゃんは何者なのよ?」
「それがそれ以降、一切消息が掴めずです……。彼女は『マーリン』と名乗っていましたが、他の手掛かりはありません」
「困ったわね。俄然、アタシはその魔法使いに興味が湧いてきたけど」
「私めは、なんとかもう一度お会いして感謝を伝えたいんです。この5年間、人間社会に馴染むまで苦労することも多かったですが、決して悪くなかった。私めの恩人である彼女と、もう1回だけ一緒に野崎を聴きたいんです……」
「まさかッ、アンタもしかしてそれでマッチングアプリを?」
「お察しの通りです……。なにせ手掛かりがありませんので、少しでも可能性があればと思いアプリを……」
「ハァ~!呆れた!マッチングアプリなんかで出会える訳ないでしょ~!」
私は思わず大きな声を出してしまった。
私に一蹴されたことで、マンボウは露骨にしょんぼりしている。
しかしなんだろう、こうも一途に女性を追い続けているマンボウを観ると、協力してやりたくなるのが私の性だ。
「ようし分かった!じゃあ私が協力してあげる!さっさとアンタの命の恩人見つけて、会いに行くよ!」
「え!?いいんですか!?『ち』さんは優しい人間なんですね」
「千早でいいっての。ほら、行くよ」
そうと決まれば、私はマンボウの手を引っ掴んでさっさとカフェを出た。
思い立ったら即行動。私の昔からの信条だ。
「千早さん、いったいどこへ?」
「しらみ潰しに探すのよ。まずは唯一の手掛かりの『野崎豊』ね」
それから私は、マンボウを連れて色んなところへ出かけた。
まずは『野崎豊展』。その魔法使いが熱狂的な野崎ファンかもしれないという、一縷の望みにかけた。
――野崎展は悪くなかったが、結果は空振り。マンボウの想い人には会えなかった。
それから、陽が暮れるまで私はマンボウを連れ回した。
マンボウの新鮮な反応を見るのが楽しくて、本当の目的なんて忘れていたかもしれない。協力するっていう口実でもう少し一緒にいれたらいいな、なんて。
「ねぇ、アンタどこに帰るの?」
すっかり暗くなった頃、私は探りを入れてみた。
この頃にはもう、私はすっかりマンボウに興味津々だ。この魚の全てを把握したい。
でも好きとかそういう感情じゃない、断じて。だって魚だし。
しかし、マンボウはどうやら棲み処を明かしたくないのか、だんまりを決め込んで喋らない。なにか家に秘密があるのか?暴いてやりたくなった。
「なになに~?急に黙っちゃってさ!なにか隠してるでしょ」
「……そ、それが」
「いやもう今さら何言われても驚かないから!私とマンボウの仲でしょ!」
「いや、その実は……海へ帰らなくちゃいけなくて」
「え」
私は言葉を失ってしまった。
海に帰るだって?お前はもう人間じゃないか!
「隠すつもりはなかったのですが……マーリン様が私めにかけた魔法は、そろそろ効力を失います。私めの身体は、みるみるうちに魚へと戻っているのです」
「ちょっ、それって……」
「残念ですが千早さん、お別れです。私めはまた、魚となってのんびり遊泳する生活に戻らなくてはなりません」
「そんな……せっかく仲良くなれたのに」
「私めも最後に会えた人が千早さんで良かったです。短い間でしたが、楽しかった。親身に話も聞いてくださって、最期に忘れられない思い出になりました。人間の世界で人間として過ごすのも、悪くなかった」
「マンボウ……」
確かに、マンボウの四肢はもうかなり魚化していた。
肌の露出を極力避けるような格好をしていたのはこの為だ。
引き留める訳にもいかない。目の前でピチピチされても、私に責任は取れない。
そして私はマンボウを放流した。
奴は別れ際、振り返って背ビレで愉快に挨拶すると、暗闇の中へと姿を晦ました。
見えなくなったマンボウの後姿を追い続け、私は1人立ち尽くす。
私はまぶたを拭う。夢のような時間は終わったんだ。
悲しい感情もあったけど、でもそれよりずっと前向きだった。
「まだまだこの世界も捨てたもんじゃないか。私も切り替えて、明日から仕事頑張ろうッと!」
私が思っていたより、この世界は面白いらしい。
でも、とりあえずマッチングアプリは続けてみようと思う。
またマンボウとマッチできるかもしれないから。
マッチングアプリで野良のマンボウに遭遇しました。 オニイトマキエイ @manta_novels
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