第58話 魔王ヴェルギリアス

 雷光が轟き、柱が砕け散る。

 灼熱の火球が散らばりながら飛来する。

 極寒の氷雪が広場に蔓延する。


「チッ、なんでもありかよ!」


 俺は時に回避し、時に≪魔力吸収マナ・コレクター≫で防御し、ひたすらチャンスを窺っていた。

 自称魔王は未だに玉座に座ったままだ。何という傲岸不遜っぷりか。


「ほう、コバエごときがよくも逃げ回る」

「うっせバーカ! その偉そうな喋り方やめろ! なんていうかこう、二の腕あたりがむずむずすんだよ!」

「偉そうなのではない、実際に偉いのだ」

「うーわ、引くわ。マジでないわ。それはないわー!」


 一瞬魔王の眉がピクリと動いたのを俺は見逃さなかった。

 たとえほんの0.1秒だろうと、それが反撃のチャンスになることはある。


「喰らえッ、絶死叫ザ・バンシー!!」

「ヌウッ!」


 無数の斬撃の音響が自称魔王を襲う。

 流石の自称魔王も、これには避ける他なかったようだ。


「やっと椅子から降りたな、自称魔王サマよぉ!」

「おのれ、ゾウリムシごときが……」


 自称魔王はバサっとマントをはためかせる。

 一々画になっているのが腹立たしい。


「我が名はヴェルギリアス・ガルフィンド。矮小な人間よ、名乗ることを許す」

「ハッ、そりゃどうも。俺は東雲 千紘だ」

「ふむ、チヒロよ。貴様は殺すには惜しい」

「あん?」

「我が元に降れ。さすれば世界を掌握した後、幹部に据えてやろう」


 わぁ、テンプレだぁ。

 でもこいつ、本気で言ってるんだよな。きっと。

 だからこそ、俺が取る方法はたった一つ。


「断る」

「なに?」

「俺は少人数でひっそり楽しむのが趣味なの。大人数の管理だの交流だの、無理無理! 荷が重すぎて圧死するわ!」


 目をまっすぐ見て、自分の情けない矜持を告げてやった。


「そうか……愚かな」


 ヴェルギリアスはそう言うと、虚空から紅い一振りの剣を取り出した。


「では、疾く死ぬが良い」


 一瞬でヴェルギリアスの姿が消えた。かと思えば目の前に現れる。

 何とか剣を合わせるので必死だった。早すぎて何も見えない。

 勘で剣を移動させているだけだ。寸分でも狂えば、待ち受けるのは死。


 冷や汗が頬を伝う。


「どうした、我を倒すのではなかったのか?」

「そんなこと一言も言ってませんがっ!?」


 え、やだマジで怖い。

 何、俺いつの間にかそんなこと言ったの? それともこいつが勘違いしてるだけ?

 後者であることを祈る。前者だったら若年性認知症アルツハイマー確定しちゃうから。


 それにしても、先程から剣を打ち合わせているから分かる。

 こいつ、まだ全力を出していない。余力たっぷりだ。

 クソッ、こっちは防御するのに精いっぱいだってのに、そんなのありかよ!?


 流石は魔王と言うべきなんだろうな。

 その力は伊達じゃない。


 なら、俺ももっと強くならないといけないよな。


 魔力による身体強化を目と腕に集中させる。

 おかげさまでよく視える・・・ようになった。

 剣を受ける手も軽い。これなら戦える。


 もっとも、ヴェルギリアスの全力がどの程度か分からないので油断は禁物だが。


 :がんばれ東雲!

 :ヤバそう

 :拡散されてきました、どういう状況ですか?

 ;初見! なにごと?

 :トレンド入りしてるから来たけど、何が起きてるん?

 :今北産業

 :板橋ダンジョン 

 深層

 魔王と戦ってる

 :情報たすかる

 :えっ、魔王って本物ですか!?

 :てか板橋ダンジョンって例の事件のあそこじゃなかったっけ

 ;そうだよ ↑

 :え、じゃあガチで凄い状況じゃん


 コメント欄もかつてないスピードで流れているな。

 今の俺には、戦いながらコメントを返す余裕なんてないが。


 激しい剣閃、何十手にも及ぶ打ち合い、その間にヴェルギリアスの癖が視えてきた。


 奴は攻撃するとき、必ず右側に一瞬だけ重心を傾ける。

 そこを突いてやれば──


「何ッ!?」

「捉えたァッ!!」


 ヴェルギリアスの剣を弾き飛ばし、右手の剣でヴェルギリアスの胴を側面から思いっ切り突き刺した。


「ウグゥッ!?」


 ヴェルギリアスは口と傷口から青紫色の血液を散らすと、数歩後ろに下がる。


「馬鹿な……この我が……ッ!?」

「まぁ、境遇自体は同情するけどさ。多分その傲慢さがお前の敗因だよ」


 なんて、どの口が言うのかな。

 自嘲気味に笑いながらも、ヴェルギリアスに歩み寄る。


「ありえん……ありえん、ありえん、ありえんッ! 人間に我が二度も敗北するなどォオォッ!!」


 ヴェルギリアスは腰を抜かすと、みっともなく手を振り払いながら後ずさる。

 何だか、一周周って憐れに思えてきたな。


「もういいよ。お前には何の覚悟も矜持もないんだな。それなら──」


 ──容易く殺せる。


 右手を一瞬閃かせる。


 束の間の静寂。


 ごろりと、床にヴェルギリアスの首が転がった。


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