第51話 猛牛の襲撃
中層への階段を降りながら、俺は思案する。
まさか上層のボスでさえあそこまで強くなっているとは……。
このダンジョンで、一体何が起きたのだろう。
中層へと降り立った俺は、辺りを一度見渡す。
その光景は、上層と変わりないように見えた。
むしろ、先程より魔光石の数が増えて視界がクリアになった気がする。
だが、油断は禁物。いつどこで、何が襲ってくるか分からないから。
常に解体用のナイフを持ちながら、辺りを警戒する。
よく見れば、ナイフはもうボロボロだ。今までに、本来の要素とは大きく異なる戦闘用に使っていたからな。だがすまない。もう少しだけ保っていてくれ。
そんなことを思った矢先、物陰から魔物が飛び出してくる。
それは馬の姿をした、一つしか瞳のない魔物。
「カトブレパス」
俺は咄嗟に馬を視界の端に捉えるだけにする。
カトブレパスの瞳を見つめたものは、石化してしまうからな。
だが、画面越しであれば問題ない。
事実、
:カトブレパス初めて見た!
:目でっか
:アレで意外と俊敏だからな
などと、各々が口々に感想を言い合っている。
コメントにあった通り、カトブレパスは俊敏だ。その速度でこちらの正面に回り込み、思わず直視してしまった者を石にしてから捕食してくる怪物。
だから、こいつに出会ったときの対処方は先手必勝。
俺は地面に落ちていた石を拾い、的確な角度を計算して思いきり指で弾く。
以前もやった戦法だ。銃弾よりも早い速度と威力は銃弾の比ではない。
石弾は跳弾しながらカトブレパスの眼球を貫通。血しぶきをあげながら崩れ落ちた。
「これで終わり、かな」
試しにカトブレパスの死体を爪先で小突いてみるが、何の反応もない。
うん、無事に一発で仕留められただろう。
;…………
;もう何も言うまい……
;東雲、お前がナンバーワンだよ
;こいつほんとに人間か?
「失礼な、俺だって人間なんだぜ?」
この発言には少々ダメージを受けてしまったが、まぁ仕方あるまい。
とはいえ、俺は瞬時に心を切り替えることができる強靭なメンタルを持っているわけではなく……。
「はあ……」
思わず溜息を吐いてしまった。
;ごめんて;;
:俺らが悪かった;;
:げんきだして ¥3000」
「お、おお……ありがとございます」
俺は感謝の気持ちを伝えるために、腰を直角にまげてお辞儀する。
ふと、背中に突き刺すような視線。
即座に反応し、その場から飛び退いた瞬間、先程俺がいたところにハチェットが突き刺さっていた。
「おいおいマジかよ……」
言いながら、俺は苦笑する。
何故なら、そこにいたのはミノタウロスだから。
黒い体毛に、爛々と朱く輝く瞳。
身長4mほどありそうなその魔物は、俺をねっとりと見つめたあと、咆哮を上げた。
「ブモォォォオオオォォォオッ!!」
あまりの五月蠅さに耳を塞ぐ。
コメント欄を見ると地獄が広がっていあ。
:うるっさ
:スマホ顔面に落としたわ
:なにいまの!・
;鼓膜ないなった
:耳取れた
:いやぁ、俺も今の咆哮気いたら心臓止まったからなぁ
;成仏してクレメンス
まぁ、そこまで大事にはないようで安心したよ、うん。
ということで、俺はミノタウロスを観察する。
黒々とした体毛、爛々とかがやく紅い瞳。身長4メートル半はありそうな巨躯。
うん、どう足掻いても勝てるビジョンが見えないな。少なくとも今は。
それでも俺は、解体用のナイフを構える。
双剣に吸って欲しいのは、本物の強者の血なのだから。
それに、先程の咆哮はありがたい。
ダンジョンは現実の自然界と一緒なのだ。
つまり、弱肉強食。自ら危険な地に飛び込もうとするなんて、人間くらいなもんだ。
今、ミノタウロスが咆哮を上げたおかげで、周囲の魔物は蜘蛛の子を散らすように逃げだろう。それにしでもこのダンジョン……何かやばいことになってるな。
ボスクラスの魔物が普通に配置されていて、おまけにボスは超強大なモンスターを配置しているときた。こんな場所、誰寄り付かなくなって当然だろう。
ミノタウロスは一度だけ腕をぐるんと回すと、右腕を突き出したまま猛スピードで走ってきた。なので俺はその攻撃を受けないように避け、すれ違いざまにミノタウロスの腕を切り落とそうとナイフを切り上げ──そして折れた。
「ッ!?」
;あーあ
;ナイフ逝ったか
:むしろここまでよう頑張った
;かわいそう;;
;でもこれで主のリミッターが外れたとなったら……
;まずい
:誰か避難勧告出してやれよwwwモンスターにwww
コメント欄が賑わっている間にも、俺は歓喜に打ち震えていた。
やっと……やっと強い敵と出会えたんだ。
『ブモ?』
ミノタウロスは何故俺のテンションがここまで高まっているか知らないからか、怪訝そうな目でこちらを見てくる、だが、どうせ倒してしまえば終わりだろう、という感覚に陥ったのか、俺を掴み取ろうと右腕を伸ばしてくる。あまり緩慢な攻撃に少しイラッとした俺は、ミノタウロスの腕に乗るとにっこり笑ってこう言った。
「君、わざと少しだけ手抜いてるよね? 何で本気で戦わないわけ?」
そう言うと、片足のかかとでミノタウロスの腕を
『グッ、モォオ……!』
ミノタウロスは腕を触り、折れたりヒビが入っていないことを確認すると、こちらに向かってまるで新幹線のようなスピードで再び突進してきた。
「はぁ……それしか能がないのがな。せっかく強いのに。これじゃ試し切りもできないじゃんか」
俺はすっかり興が冷めてしまい、双剣を抜いて迎撃するのをやめ、突進してくるミノタウロスの頭に掌底を一発。
当然、スピードが出ている時の衝撃の威力は増すため、時速300キロメートルは出ていたミノタウロスの頭部は爆発四散。WeTubeなんかでたまにやっているスイカを爆発させる一芸のような形になり、壁の向こうまで吹っ飛んでいって息絶えた。
;ミノタウロスをほぼワンパン……?
:ミノタウロスって危険度S級だったはずなんだが!?
:彼のしていることはクレイジーだね、普通、真正面から戦おうなんて思わないよ(英語)
:外人ニキ何言ってるか分からんけどクレイジーって書いてあるから多分同じ。
;っぱ東雲凄いんだな…‥
「はははっ、ありがとう。でも言うてもここ、まだ中層だからね。ホントにヤバいのは──下層からだから」
それからの情報は割愛させていただく。
何故なら、心躍る場面がなかったからである。
:もうボス部屋か
:主がサクサクすすみすぎるのがヤバい
;気引き締めてこ
:;次のボスは何かな?
:さっきドラゴンだったから、ライオンか鳥だと信じたい
;なんでお前ん中はドラゴンとライオンと鳥が同角なんだよwww
:≪皐月のだらだら探索≫わくわく
;≪あやチャンネル≫ わくわく
:≪Nagi≫わくわく
;≪Taiga≫わくわく
;≪Stella.C≫わくわく
;主の知り合い勢揃いで草
「お前らも暇だね……っと、こんなもんでいいか」
今から中層ボスに挑むんだ。何おきたって不思議じゃない。
だから、こうしてストレッチをして不安や筋肉をほぐしているのだ。
中層のボス。いったいなんなのだろうか。
ドラゴンだったら嫌だな……あいつら飛びながら回復するのが鬱陶しいし。
俺はこの先に待ちうける存在に期待しながら、ボス部屋の扉を開けるのだった。
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