第47話 脳筋が一番楽
そこは、荘厳な神殿の中のような場所だった。奥には大広間のような場所が見える。
ダンジョンは往々にして不思議な場所だ。
陥没型ダンジョンだと思ったら、遥か高みまで続く階段を登らされることもあるし、普通に見た目は洞窟のような外観なのに、中に入ったら辺り一面草原だったり。
常識では考えられない出来事が日常的に起こる。それが迷宮というものだ。
だから、ここもそういう
「ほわぁ……綺麗」
「そうですね……でも気を付けないと。警戒はしておきましょう」
「はーい!」
辺りの荘厳な装飾に目をキラキラさせながら歩く小鳥遊を、皇が諫める。
勿論、小鳥遊とて馬鹿ではない。
一度トラップを踏んでしまった後は、集中して足元や壁に注視していた。
;ここ初めて見た
;そういや練馬ダンジョンって難関ダンジョンって話で有名なのに実際の体験談が少ないのって何でだろうな?
;もしかしなくても進んだ奴が全員死んでる節
;ヒエッ
;こわ
;ゾッとしたわ
歩いていると、皐月が愚痴をこぼした。
「それにしても、長い」
「だな。目視している限りだと、こんなに歩くはずはないんだが……」
「う~ん。これは、幻惑系の魔法が施されている気がしますね」
「幻惑系?」
皐月の問いに、ステラは首肯する。
「そもそも幻惑系の魔法というのは、相手の精神や認識能力に異常をもたらすもの。ですから、今回の場合は私たちがあの大広間につかないようにするための時間稼ぎ。と言ったところですかねぇ」
「へぇ、そうなんだ。初知り、感謝」
「いえいえ」
「だからまぁ、俺たちがやっているのは延々とその場で足踏み運動をしているようなもの、ってことだな」
「うへぇ……なんかやだ」
露骨に嫌そうな顔をする千紘。
そりゃあ、まぁ、自分が同じ場所でずっと足踏みしてる姿なんて想像したくないよな。気持ちはわかる。
:ステラちゃん頭いいな
;ってかステラちゃんが普通に馴染んでるの違和感なさすぎなんだよなぁ
;いつの間にかしれっとパーティ入りしてて草なんよ
:何か東雲の住んでる家が隣らしいぞ
:それなら納得
:うらやましすぎる
;なるほどね
;ここの民度たかいからすき
;リア凸する馬鹿とかたまにいるもんなぁ
「何かその結界を壊す方法はないですか?」
皇はステラに問う。
ステラは難しそうな顔をすると、こう言った。
「まず三つの手段があります。一つ目はその術式の発動者が死ぬこと。これは無理ですね。ポイしちゃいましょう」
ステラは人差し指を立てたあとに、中指を立てる。
「二つ目は、この結界よりも強い魔力をぶつけること。ただし、これには非常に魔力を多く使いますし、魔素欠乏症にでもなったら一大事です。なのでポイ」
ステラは軽く溜息を吐く。
「最後の三つ目に関しては、おそらくこのエリアのどこかに隠されている護符……あればですが、それを破壊することですね。もっとも、こんな状況では厳しいですが
一通りの説明を聞き終えると、小鳥遊は両の手のひらを口元にかざした。
「それじゃあ、私たちもうここから出られないってことですか?」
「そんな……」
「無理なら、しかたない。そういう運命だった」
重苦しい空気が流れる中、皐月だけは平然としていた。
こいつのブレないところは凄いなと素直に感心する。
だが他のメンツは皆、悲壮な表情を浮かべながらこれからの末路を考えている。
まぁ、これ以上だ黙ってるのも無意味だしな。
いっちょ俺が皆のヒーローになってやりますか!
「あの、さっきステラさんが言ってた二番目の選択肢、多分俺できると思う」
「「「「え?」」」
あっすごい。全員綺麗に ハモった」
「だって、デカい魔力ぶつけるだけでいいんだよな?」
「そ、それはそうだけど、そんなことしたら千紘くんが!」
「平気平気、俺、魔力だけは無駄にあるんで!」
慌て制止しようとするステラだったが、もう俺は魔力を練り始めている
誰にも止められない純粋な暴力の根源、『無』という属性。
その属性のデメリットは地水火風光闇の属性を使うことができないこと。
だが、その分メリットも大きい。純粋な魔力同士の勝負なら無が圧勝だし、補助系や生活魔法も覚えるスピードが早い。
そんなこんなで、限界まで魔力を濃密に詰め込み、さらに巨大化した球を、通路の奥の方へ向かって思いっきりぶん投げる。そうすると魔力の塊は何かにぶつかり、ガラスが割れるような音がして、それと共に幻想空間が消滅した。
ステラの予想は当たったようだ。
;きちゃーーー!
;東雲ナイスー!
:謎が解けた瞬間にれwww
:他のメンバー絶句してるやんw
;ほんとだ、言い出しっぺのステラちゃんまでwww
俺は振り返り、笑顔を見せる。
「凄いな! ステラさんの謎解きのお陰ですんなり攻略できたわ!」
「えっ、あ……でも、あの、体力は?」
「体力?」
「千紘さん、あれだけの魔力を使っても何事もないの?」」
そう言われて、俺は得心がいった。
「別に大丈夫だよ。それよりほら、皆そんなアホ面してないでさっさと行こうぜ」
。
「う、うん」
「はいっ!」
「……ん」
「すごすぎる……」
別に普段こんなことよりもっと凄いことをしてるはずなのになぁ……。
何はともあれ、皆「アホ面してるのはお前のせいじゃい!」とツッコミたかったが、何とか飲み込んだようだ。
大広間に入った瞬間、パチパチと拍手の音が聞こえてきた。
何事かと頭上を見上げると、ピエロ帽をかぶった小柄な男性が空中で狂ったように拍手していた。
「イヤァ、素晴ら死い! 皆さん大変素晴ら死いデスネ!」
そんなピエロの姿を見て、俺はこんなことを思ってしまった。
ああ、イタイ奴が来ちゃったかぁ……と。
誰でも一度は憧れるものだ。人々を守るヒーローに。世界に明るさと元気を与えてくれる魔法少女に。あるいは、狂ってしまった悪役に。
けれど、それはいつしか遠い過去の思い出となる。それなのに、その気持ちを捨てきれなかったのが
仕方がない、ちょっとだけ付き合ってやるか。
「な、なんだってー、きさまはいったいなにものなんだー」
「フフフ、良いでしょう。特別に名乗って差し上げます。私の名前はアルヘベン! 奇術師アルヘベンで──!」
ガブリ。
何やら自己紹介をしていたが、その隙に俺の式神に喰われてしまった。
これじゃあ自己紹介じゃなくて事故紹介だよ。上手い。誰か座布団くれ。
;草
;草
;wwwwwwwww
;容赦ねえwww
:草
;すまないが笑っちゃった
:変身中に攻撃はマナー違反だぞ!
:大根役者の棒読み演技まで信じちゃうとか、相当嬉しかっんやろなぁ…‥
;あの世では安らかに大道芸でもしててくれよ、アルヘベン君……
リスナーの言葉にちくりと胸が痛む。
だが、それにしてもあの馬鹿、普通に自分の名前言いやがるとはなぁ……。
敵に自分の情報語るとかさぁ……。
「なんだったんだろうね、あの人……」
「ただの馬糞。それ以上でも以下でもない」
「皐月ッち、相変わらず毒舌だねぇ~!」
「何かうまくいきすぎていて怖い気もしますが…‥」
さて、目的も済んだし、脱出ポータルに入ろうかと思ったところで、事件は起きた。
背後から聞こえる何かの破裂音。
見れば、式神の腹の中からアルヘベンが這い出てきている。
:わんわんが;;
;ひどすぎる;;
;アルなんとかさんまだ生きてたんかワレェ!
;死刑
:死刑にしよう
:もふもふを殺した罪はでかい
「君たちおだやかじゃないねぇ……まぁ、安心しなよ。式神自体は紙を媒体にして、この世に幻体としてきてもらってるだけ。だから問題はないのさ」
だが、問題なのはあのピエロだ。
メイクのせいで怒っているのか、笑っているのか、悲しんでいるのか分からない。
だが、あの様子を見るにどうやらご立腹のご様子。
『ユルス、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルス、ユル……? よくもワタシの素晴らしいひと時を台無しにしてくれましたねぇクソ人間様ァ!! アナタのその体、その体、その体をワタシの鼻と同じくらい真っ赤にしてサ死あげまショウ!!』
情緒不安定かよ。こわっ。
そう思いながらも、こちらへ飛来してくるピエロに向かって俺はファイティングポーズを取った。
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