第46話 救世主
私、ステラ・クルヴィネンは今日も自室で千紘の配信を見ていた。
千紘は今日もカッコいい。やや灰色がかった髪を後ろで軽くまとめ、気だるげな目線でこちら──キューブのカメラを見ている。
それだけで、全身がもぞもぞするのを感じた。
「千紘さん……はぁ」
興奮は冷めやらず、むしろどんどんと昂っている。
だが、今は彼の配信をちゃんと見なければ。
自慰なんて、いつでもできるのだから。
しかし、途中から私は疑問を抱くようになった。
何故なら、千紘は配信開始からここに至るまでに、一回も魔物と戦っていないから。小鳥遊 彩矢と白髪の少女、それから金髪の少年──名前は覚えていない──が戦っているばかりで、千紘は死んだ魚のような目でコメントに反応している。
どうやら出てくる魔物は全て三人組が倒してしまうからだ。
コメント欄も千紘に同情的で私もうんうんと頷きながら、心の中で千紘にエールを送る。ちなみに、コメントはしないように自重している。もし一度でもコメントをしてしまえば、気持ちが抑えきれずに『荒らし』になってしまうと理解しているから。
そして、事件が起きた。
千紘の前を歩いていた少女、小鳥遊 彩矢がトラップを踏んでしまったのだ。
そこからの千紘の行動の速さは尋常ではなかった。動体視力が高い私でさえ、追いきれないほどの速さ。
彼はその状態で小鳥遊を突き飛ばし、自らがボルトに突き刺された。
「……………………………え?」
何か悪い夢が起きているのかと、一瞬思考が停止した。
それでも現実は変わらない。千紘の周りには血だまりできており、目の焦点があっておらず、今にも息絶えてしまいそうなほど呼吸が浅くなっている。
私は手短に準備を整えると、部屋の真ん中で異能を発動した。
「私の望む場所に連れて行って──≪
一瞬視界が揺らぎ、乗り物酔いのような気持ち悪さが襲う。
だがそれを気合いでねじ伏せて、辺りの様子を窺う。
眼前には、血をだらだらと垂らしながら横になっている千紘と、動揺している彼の仲間たちがいた。
良かった、どうやら無事、同じ座標に転移できたようだ。
だが、急がなければいけない。千紘がゴポっと血の塊を吐き出した。
「千紘さんっ!?」
私は急いで彼の隣に膝を着くと、脈を測る。血でスカートが汚れようが関係ない。
……よかった、まだ息はある。とはいえ、油断できる状況ではない。千紘の腹部、突き刺さっているバリスタの矢の返しの部分を持っていた短刀で切り離すと、千紘の上体を起こして、突き刺さっていた矢を思いっきり引き抜いた。
「うぐああああああああああああああっ!? っう!?」
そして同時に、大量の出血。
千紘の絶叫がダンジョン中に響き渡る。
「お三方は周辺の警護を! いまの声と血の匂いで、いつ魔物が来るかも分かりませんから!」
「はいっ!」
「わかった!」
「承知しました!」
三方向にばらけ、辺りをくまなく警護している様子に安心した私は、未だ苦しんでいる彼に、知る限りの治癒魔術をかける。
「キュア、ヒール、ミドルヒール、グレートヒール、リゲイン、ホーリーサークル、チェインリバイブ……!」
何度も何度も魔法をかけている内に、千紘の傷はあっという間に治っていき──
◇◆◇
「あれ、ステラさん……? どうしてここに……?」
なんと現状を整理しようとする。
が、ステラは安堵の涙を流しながら、思いっきり千紘にだきついた。
「おごふぅ!」
俺の声に気付いた三人組が、慌ててかけよってくる。
「東雲さん、大丈夫ですか!?」
そう問うてくる皇。
「ちっ。よけいなしんぱい、かけさせやがって」
そう言いながらも口元はゆるゆるになっている皐月。
「ごめんなさい、私が迂闊だったばっかりに……」
心の底からそう思っていそうな声音で謝ってくる小鳥遊。
皆無事そうでよかった。
俺は大丈夫だよ、と言って立ち上がろうとするも、体に力を入れた瞬間、脇腹に激痛が走って思うように動けない
「まだ動いちゃダメですよ、千紘さん!
;東雲えええええええ!
;主いいいいいいい!
:生きとったんかワレェ!!
:ステラちゃんがありったけの魔法使ってたからそのおかげじゃね?
;とにかく主が無事でよかった!
;それな
;それな
;それな
;わかる
;それな
;よくやった!
ステラはバランスを崩した俺を、再び壁によりかからせてくれる。。
そこで、先程から気になってた質問をぶつけてみることにした。
「それで、なんでステラさんがこんなところにいたんです?」
俺が再度問いかけると、ステラさんは何だか途中か怪しげな雰囲気を醸し出していた。
「ええっと、お二人はお知り合いなんですか?」
「ん? ああ、そう。実は最近越して来たんだって。挨拶したのは昨晩だよ」
「へえ、そんな偶然もあるんですねぇ」
「先手をとられた。これでは、またいちからプランを練り直し……」
皐月だけはこちらに聞こえないようなにやらぶつぶつ言っているが、後の二人はステラと談笑している。うんうん、人との交流が増えるっていいことだよね。まx、そうなってきちゃううお陰キャの僕は会話にはいれなくなっちゃんだけどさ!
心の中でさめざめと泣いていると、皐月が隣にやってきた。
「ん? どうした、皐月。あっちの会話には入らないのか?」
「入るけど、今じゃない」
「じゃあまさか、俺を慰めに……?」」
「それもある」
そこまで言って、皐月は一瞬そっぽを向いたあと、この世の者とは思えないバチクソに頭のイカレた笑顔でこちらを見てきた。
「会話の波に入れない陰キャクソボッチ乙。はっ」
しまいには鼻で笑われた。
よし駄目だ、こいつだけは今ここで殺さなきゃいけないんだ。
;クソ煽りwww
;優しい良い子なんだなって思ってた俺の気持ち返せwww
;割と最初の方から頭のねじ外れてる感あったじゃん
「今日のところはこれで終わりにしませんか?」
俺が皐月に殺意を抱いていると、ステラが言った。
なにやらステラには見えていないものが見えているんだろう。
あ、幽霊とかソッチ系の話じゃないぞ?
単純に、このダンジョンに漂う魔気のことだろう。
「そうですね、僕も浮かれて調子に乗ってました……」
「私も、まだまだ未熟だな……と」
「不完全燃焼。でも従う。わたしがトラップ踏んでだれかがまたケガしたらやだから
;あ
;あ
;言っちゃた
:さっちゃんのクリティカルパンチwww
;これはきついぞ……w
;慰めようにもだいぶなやらかしだったからなぁ……
:それな。ステラちゃん来てくれてなかったらマジで壊滅してた自信ある
:しかし主、どこであんな太いパイプ作ったんだ?
:わからん
;主だから、としかいえないね
あーあほら、皐月さん。あなたが余計な一言いうから小鳥遊さんが落ち込んじゃったじゃないの。
ところで、ステラの撤退策に引っ掛かるものがあった。
だから、挙手した。
「あのー、撤退のことなんだけど」
皆がこっちに顔を向ける。
当たり前のことなのに、誰も気づいていないみたいだ
「さっさとボス部屋行って、サクっと倒して、転移ポータルで帰ればよくない?」
「え……?」
「ま、まさか本気で言ってるですか?」
「わあ、それ楽しそう」
「私はさんせー。いっぱい暴れられそうだから」
「だってほら、聞こえません? 風の音。ボス部屋の証左っすよ」
小鳥遊は顔を寄せてなにかを話し合っているようだ。
これあれか? 放課後、誰もいない教室にいったら女子どもが俺の愚痴を言っていたのを聞いてしまったときと同じくらい、マイブロークンハートが原型を留めないほどのショックを受けて死んじゃったときのあれ?
「東雲さん、疑っちゃってごめんなさい.。それで……それで、虫にいい話なのは分かてるけど、私たちも合流してもいいですか!」
「うむ。くるしうな……痛い」
壮大な武家の総大将っぽく演技したのに……脛を蹴るなんてなんてひどいぜ、皐月。
「女の子が真剣なお話してる時におふざけするの、だめ」
更にもう片方の隣には、ステラさん。にこにこと笑ってるのは可愛いけど、どうしえそんな圧だすの……?
俺は両手を上げた。
;若干三名精神がいっちゃってる模様
;そら普通は、な……
:ダンジョンにわかだから、ワケわかんないんだけど、東雲の作戦てそんなヤバいの?
:もし他の探索者が戦てたら扉がかあく前にがぶりんちょされておわり
:上に捕捉するとボス部屋だからて上層だから宝箱がないのがクソof クソ
;あと結局ボス部屋に向かううために何十匹も狩らなきゃいけない。そんなに摩耗した奴がボス部屋はいってなにすんお? って話
;ほえー、なるほど東雲やべーやつじゃん。教ええてくれてサンガツ
:ええんやで
ここで休憩を挟むこと十分間。
皆万全に、とは言えな状態だが、回復はできたようだ。
「よっし、それじゃあ行きますか~!」
ドチュン! と醜く潰れ、壁に血をたらしながら死んだオリジンラプトル。
でもおっかしいんだよなぁぁ? ここまでは仲間たちが敵を倒してくれたじゃん?
それが、今回は俺だけの孤軍奮闘。
なんで? ねえなんで? さっきは3人がかりでやってたじゃんっ!?
ステラに「助けて」とアイコンタクトを送るも、にっこり笑って「がんばって!」tと断られてしまった。そこで、俺はプッチンする。
「序等じゃボケカス来いやぁぁぁ!」
流石に叫ぶことはしなかったが、途中で出会った魔物達は一刀の元に全て斬り伏せていった。頭から爪先まで真っ赤に染まった俺は振り返ると、爽やかスマイルで言った。
「着いたみたいだね」
だが、ステラは肩をぷるぷると震わせている。
「……から」
「ん?」
「いいから早く綺麗に戻ってくださいいいい! ≪
ステラが唱えると同時、俺はいつも通りの恰好に戻っていた。
「ステラってすごいんだなぁ。ありがとう」
「べ、べべ、別にそんなことないしですし!」
ステラは赤面して手をぶんぶと振り回しながら言った。
「と、とにかく進むなら早く進んじゃいましょう!」
「うん!」」
「やっちゃいましょう!」
「ん」
ボス部屋へと繋がる扉を開ける。が、やたらとこれが重くて時間がかかった。
だが眼前に広がる光景のせいで、全ての感情が一瞬で吹き飛んでゆくのだった。
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