第45話 暗雲
無事に練馬区に着いた俺は、さっそく電車を降りて改札口へ向かった。
街に出ると、いつも通りの光景が広がっていた。
街行く人々。喧噪に包まれる雑踏、高いビルの数々。
結局、ダンジョンができようが人は変わらない生活を送っているのだ。
俺はバケットハットを深く被り、ダンジョンの方へと向かう。
以前、小鳥遊とデートのようなものをしたときに痛感してしまったのだ。
今の俺のチャンネル登録者数は1000万人。奇しくも超大人気ダンジョン配信者になってしまったということを。
普通に姿を現していると、あっという間に囲まれてしまう。
だからこうして、変装のようなものをしている
ダンジョンの入り口に着くと、守衛に呼び止められた。
帽子を上げ、マスクを外し、ライセンスを提出して中に入る。
これもいつも通りの作業だ。
だが、今日は何かが違った。ダンジョンに入った瞬間、いくつかの視線を感じたのだ。それも魔物ではなく、人間の。
キューブを起動する前に、俺は壁の向こうに隠れている奴らに声をかけた。
。
「おい。誰かは知らんが、そんなところで隠れてないで出てきたらどうだ?」
途端、気配の主たちがビクゥッと反応したのが分かり、その後、おずおずと犯人たちが出てくる。それは予想通りというか、まぁ……安定の連中だった。
「はぁ……小鳥遊さん、皐月、それに皇まで。お前らこんなところで何やってんだ」
小鳥遊はしゅんと、皐月は相変わらずのポーカーフェイス、皇は困ったように笑ってた。最初に口を開いたのは皐月だった。
「だって、チヒロ、勝手にひとりで練馬ダンジョン潜るって言っちゃったから」
「いやぁ、僕は止めたんですけどね……どうしても行くって聞かなくて」
「私はその……東雲さんが心配で、自発的についてきちゃいました……」
「はぁ……だいたいわかった」
「あいたっ」
俺は軽めのデコピンを
皐月はおでこを抑えながら涙目で恨みがましい目線を送ってくるが、一旦無視。
「お前らこのダンジョンが危険だって分かってるよな?」
「はい、知ってます」
「僕も小耳に挟んだ程度ですが……」
「だからついてきた」
駄目だこいつら、アホの子だ。
「いいか、お前らを守りながら戦うのは流石に無理だ。だから引き返せ」
大事な仲間が死ぬところは見たくない。
今ならまだ間に合うだろう。だからこそ、説得を試みたのが。
「わ、私だって戦えます! だから一緒にいかせてください!」
「僕もです! 流石に自分の身を守ることでせいいっぱいで、東雲さんほど強くはないですが、頑張ります!」
「チヒロ、私たちを甘くみすぎ。私たちそんなに弱くない」
三人の目は決意に満ち満ちていた。
もうこりゃ何度言っても無駄だろうな。
「チッ、分かったよ。ただ危ないと思ったらすぐ逃げること。いいな?」
全員が頷くのを見て、俺たちは練馬ダンジョンの攻略に踏み出した。
『ガギギギガッ!』
「そこっ!」
石像群の中を進んでいると、突如実体化して襲ってくるガーゴイルを、小鳥遊は危なげなく迎撃。
ガーゴイルの弱点は体そのものだ。石でできているため、打撃属性の攻撃は非常に相性がいいのだ。今のところ、ピンチらしきピンチは起きていない。
各々が自分に適した相手と戦い、消耗を軽減している。
俺はと言えば、何もすることがないので、しんがりという言い訳を使って後方でぼけーっと俯瞰しているだけ。
:主何もしてなくて草
:窓際社員の俺にとってクるものがある……
:あの三人連携うまいからなぁ
;主が戦ってるところも見たいな
;東雲いつ戦うんだ?
;おもっきし寂しそうな顔しててかわいそう
;これは同情を禁じ得ない
「いや、別に……なんか俺いなくってもいいかなーって。あいつら仲良さそうだし」
:あーあ
:あーあ
:あーあ
:完全に拗ねちゃってる
:あーあ
:気持ちはわかるぞ、東雲
:仲いいと思ってた友達が他のグループに入ったの見てる感じだよな
;これはつらい
:泣いてええんやで
「いや、流石にいい歳こいてこんな状況で泣きしないっしょ」
:えらい
:かわいい
;ちひ虐流行らそうぜ
;なんか語呂悪くない?
;しの虐とかでいいんでね?
;名案
;賛成
;いいね
;ナイス
「いやいや、勝手に謎のインターネットミーム作ろとするなよ」
完全にツッコミ約に回ってしまっているが、これはこれでいいか。
向こうの三人も配信しているらしいが、戦闘に集中しているためか、結構な数のリスナーが俺の配信に流れてきているらしいが。
しかし暇だなぁ。軟弱な価値観を壊してはじめの一歩を踏み出したはずなのに、結局こうやって停滞しているんだから。
「俺なんて、必要ないのかな……ハハッ」
久しぶりの感覚だ。
高校二年生の頃からだった、生きている意味が見出せず、自暴自棄になって何度も自分を傷つけた。ダンジョンに独りで潜って、何度も死にかけて。ただそれだけの日々。どれだけ傷つこうが、痛みは感じなかった。ただ魔物と戦って、その素材を売って、お金を稼いで。それだけが自分が生きていていいと思える瞬間だった。
;病むな
;俺は主のことすきだぞ
:東雲、大丈夫か?
:顔が死んでる
;お前のこと必要としてる奴はいっぱいいるよ
:配信初期のこと思い出すな
;そんなにやばかったんか東雲
駄目だな、リスナーにも心配をかけちまってる。
こんなことなら、配信なんて──
「東雲さん?」
小鳥遊がこちらを振り返ったとき、ゴトリという音がした。
ダンジョンでそんな音がする理由はただ一つ。
トラップだ。
何が来るかは分からない。落とし穴や転移陣の類ではない。
ならば、岩石か? それとも、天井が振ってくる?
いや、違う!
通路の奥にきらりと光る何かが見えた俺は、爆発的な速度で駆けだした。
「小鳥遊、危ないッ!」
「えっ……?」
迫りくる俺にきょとんとしている小鳥遊。
それに、皐月も皇も気付いていない。
俺は咄嗟に小鳥遊を突き飛ばした。
「グ、ウ…………ッ!」
凄まじい激痛が全身を襲う。
ぼんやりとした視界の中、必死にこちらへ何かを呼びかける小鳥遊の姿が見える。
皐月と皇も、応急手当をしようと迅速に行動してくれている。
けど駄目だ。血が止まらない。
体が寒くなってきた。
見れば、俺の腹部を太いボルトが貫通している。
これなら、内臓もやられているだろう。このまま俺は死ぬんだろうか。
それも、悪くはないかもな。
そうして意識を失う直前──
「千紘さん!?」
どこかで聞いた少女の声が聞こえた、気がした。
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