第48話 奇術師アルヘベン
目の前に浮かぶピエロを見て、歯噛みする。
思ったよりタフネスのある奴だ。
式神に喰われて死んだはずなのに、綺麗サッパリ回復してやがる。
治癒能力持ちか? いや、そんなことは今はどうでもいい。
疑問に思ったのはひとつだけ。
「まさか、このダンジョンでもリポップ現象が起きている……?」
そんな俺の呟きに、小鳥遊が反応する。
「どうやら、同じ現象が全国的に確認されているようです」
手早くスマホを操作して調ベてくれたのだろう。
礼を言いつつも、目の前のピエロを凝視する。
以前倒されたのもこ いつなのか、はたまた別のボスモンスターなの……。
分からないが、後者なら厄介どころのレベルじゃない。
こういうときは直接聞くのが一番だな。
「なあ! お前、死んだことはあるか?」
『ハンッ! ワタシが死ぬ? 何を寝ぼケたこと言ってルのデスか?』
「そっか」
これで分かった。アルヘベンの話を鵜呑みにするわけではないが、ボスモンスターのリポップに規則性はない。つまり、今まで通りの市場価値を維持したまま、ダンジョンの難易度が上がったということ。中々上手いことやってくれるじゃないの、運営さんよ。存在するかも分からない、正体不明のダンジョンを作った主に心の中で悪態を吐く。
『サテ、もうお喋りは充分でショウ? 始めましょうカ、血を流し、肉を削ギ、魂ヲ削り合う素敵ナひと時を!!』
アルヘベンはそう言うと、無数のナイフを空中に展開、一斉に発射してくる。
「させないッ! ≪
皇は俺たちのの前に躍り出ると、剣を地面に着きさし、踏ん張りながら盾を構えた。なるほど、先日の修練で得た力をもうモノにしているというわけだ。
皇の盾は黄金色に光り、オーラが肥大化する。
アルヘベンの放つナイフは次々と弾かれていき、一本も命中することはない。
やがて、ナイフのストックが尽きたのか掃射がやんだ。
「なんとか、凌げたみたい……ですね」
肩を揺らしながら皇は言う。
慣れないスキルを使ったのだ、気力的に疲れたのだろう。無理もない話だ。
俺は皇の肩をポンと叩き、労いの言葉をかける。
「お疲れさん、よく頑張ったな」
;皇くんやるやん
;この感じからして
:適正的にはそれが一番あり得るね
:最初は東雲のハーレムに男いらねぇって思ってたけど、なんかちょっと考え変わったわ
:な。普通に良い子だしこれからも頑張ってほしい
:向こうの米欄も結構盛り上がってるみたいな
;マジか、あとでアーカイブ見にいこ
「いえ、まだまだ……こんなものじゃないですよ……ッ!」
コメント欄が皇の活躍を賞賛する中、皇は両頬をパンパンと叩くと自分に気合いを入れ、アルヘベンを睨む。
『おやおや、素晴ら死い! あの攻撃を防ぎきるとは! それでは次デス、皆さまには、死のダンスと洒落込んでいただきまショウ!!』
アルヘベンは服の中からナイフを取り出し、
『ケキャキャキャキャ! どうです、これこそがワタシの能力、分裂デス!』
「相変わらず自分の手の内を馬鹿みたいにベラベラと喋るな、ウジ虫野郎」
『おや、お口が悪いデスねぇ。ではあなたから、お仕置きデスッ!』
アルヘベンは何人かの分体をこちらに飛ばしてくる。
弱い。弱すぎる。コントロールが下手なのか、それとも素の実力が低いのか。
斬られていくたびに、分身体は黒い霧となって消滅していった。
『ナ、何ィィィ~~~~~ッ!? 何故、何故私の攻撃が通用しないのデスか!』
「あ。あれで一応全力出してたんだ」
『はぁぁぁっ!?』
’「いや、だってあまりにも弱かったから、つい」
;やめてやれよw
;今日も東雲の無差別毒舌攻撃が乱発されております
;ピエロくん顔真っ赤で草なんだ
;俺こんだけ煽られたら一か月は引きこもっちゃう
;お前はずっと何年も前から引きこもってるだろ ↑
アルヘベンは何やら不気味な笑い声を上げながらゆらりと立ち上がった。
『フ、フフフ……ならば、ならばいいでしょう。ワタシの真なる力を解放してさ死あげマス!』
「へぇ?」
何が起きるやらと興味深く見守っていると、なんとアルヘベンは自分の胸に向かって手を突き入れた。そして心臓を取り出すと、頭上高くに上げて握りつぶす。
真っ赤な血を浴びて、てらてらと輝くピエロは、まるでホラー映画に出てくる殺人ピエロのそれだった。
『グゥッ! ハァ、ハァ……リミッターを解除したワタシは無敵も同然、先程と同じとは思わないことデスネ……!」
:なにがくるんだ?
;巨大化とかじゃね?
;ニチアサかよwww
;放送終了10分前くらいに毎回やるアレなw
;でも巨大化は負けフラグって昔から言うしなぁ……
しかし、コメント欄の考察をガン無視で音速でこちらに突き進んでくるアルヘベン。まさかステゴロのインファイトをしかけてくるとは思わなかった。
確かに速度は上がったな。攻撃の威力も高まっている。どういう原理かは知らんが。だが、それだけだ。
「なるほど確かに少しは強くなったな」
左腕を切り落とす。
「だが、その状態だと分身は出せないみたいだな。もしそうだったら、大きな脅威だったのに」
右腕を切り落とす。
「それに、あんな高度な幻惑魔法が使えたならそれを使えばよかったんだ」
頭から下半身まで一気に切り下す。
「そんな判断すらできなかった時点で、お前の力は三流。戦闘が下手すぎたんだよ、お前は」
燕返し。今度は下から上まで一気に切り上げる。
『ギ……キョ、オアァ…………』
恨めしそうな目線をこちらに送りながら、アルヘベンは息絶えた。
念のため、また復活しないように火を点けたいところだ。
:よっわ
;え、もう終わり?
;ほんとにボスかよこいつwww
;道化師キャラは強いってお約束があるのに……
;まだだ! まだ希望を捨てるな!
:そ、そうだよな! 俺たちんおクソ雑魚ピエロなら何か隠し玉を持っててもおかしくない!
「誰か、炎系の魔法が使える奴いるか?」
「はいっ! わたし使えます!」
手を挙げてくれたのは小鳥遊だった。
「ありがとう。それじゃ、こいつの死体を焼いてくれ。さっきみたいに復活されちゃ面倒だからな」
「そ、そうですね。ではっ」
:あ
;終わった
:だめだったか……
;まさかほんとに死んだとか……
そう言って小鳥遊がアルヘベンの死体を焼いている間に、俺はタバコに火を点けた。イレギュラー、ソロモン72柱の悪魔、ボスのリポップ……結び付けられる要因は一つしかない。悪魔共が、首領を甦らせようとしているのだろう。だから、より多くの魂が要る。そして、そのためにイレギュラーを起こし、死者を増やし、ボスモンスターを復活させ……いや、それだけは流石にないかな。
なにせ、ダンジョンが発生したのは紅い月が原因なのだから。
悪魔の介在する余地はさすがにないだろう。
「東雲さん、終わりましたっ!」
「うむ、くるしうない。……だから痛いっての」
「前も言った」
後ろからチョップを喰らった俺は反論するが、この合法ロリ少女はそんなことお構いなしと言わんばかりに鼻をむふーっと鳴らした。
「ま、いいや。それじゃ一旦帰りますかね、色々集めたい情報もできたことだし」
俺は吸殻を携帯灰皿に捨てながら、そう言う。
全員の賛同を得られたところで、俺たちは帰還ポータルの上に乗った。
結局、ニライカナイを使うことはなかったな。
早くこいつの力を試してみたいんだが。
その日、mutterのトレンド欄の下のほうには、ぽつりと『クソ雑魚ピエロ』が存在していた。なんとも哀れな結末である。
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