第42話 旧知の再会
真っ暗な夜闇の中、俺はひとり路地を歩いていた。
理由は単純。アイスが食べたくなったから。
皆も分かるだろう、この経験。
冬に食べるアイスも趣があっていいが、やはり夏場に食べてこそ最も輝くと言えよう。そんな妄想を頭の中で延々と繰り返しながら、この後に待ちうけている極楽に顔を崩したときだった。
「うわっつ!」
「おっと」
完全に油断していた俺は、コンビニから出てきた人とぶつかってしまった。
「すみません、俺が完全に悪いっす! お召し物とか大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫ですよ。そんなに気にしないで……って、うん?」
男性はいぶかしむような声を上げると、こちらを見つめてくる。
一方俺も、既視感を覚えて男性をガン見した。
その間、たっぷり10秒。
「もしかして、千紘か!?」
「もしかして、トキさん!?」
二人そろって、驚きの声を上げるのであった。
コンビニでアイスを買い、外で待っていてくれたトキさんと合流する。
それから、どちらともなく歩みを揃えて公園を目指した。
180cmの大柄な男性で、ほどよく日に焼けた健康的な肌をしている。
「それにしても、成長したなぁ。千紘」
「いやいや、俺なんて小鳥遊ブーストで人が増えただけですから。あの子のおかげっスよ、ホント」
「お前は、謙遜しすぎて卑屈になるのが
「すんません……」
「逆に今まで埋もれてたのが不思議なくらい……って、ああ。緘口令しいてたもんな。『人が沢山来ると喋れなくなっちゃう~』ってさ」
トキさんは大げさすぎる俺の真似をしてからかってきた。
一発ぶんなぐってやろうかなとも思ったが、大人げないので流すことにする。
「はぁ……でも結局、あの件のせいで身元が割れて人が増えちゃいましたけどね」
「しゃーねぇしゃーねぇ、気にすんなって。それにお前、結局リスナーが大勢来ても普通に喋れてるじゃねえか」
「いや、あれめっちゃ気ィ張ってるんですよ? 精神的にはもうしんどくてしんどくて……」
「じゃあ配信やめるって手もあるな」
「それは嫌です」
俺は大勢の人間と関わるのは嫌いだが、少人数でわいわい騒ぐのは大好きだ。
だから、嫌いと好き、天秤にかけたらどちらに傾くかは明白。
それに、今朝あんみつと約束したばかりなのだ。
もう、うじうじするのはやめるってな。
俺はパンと両頬を叩くと、トキさんに言った。
「俺、頑張ってみますよ。『やるならやれるところまでとことんやれ』でしたよね?」
「……ああ、そうだな」
トキさんは夜空を見上げる。
いつもなら街の明るさのせいで全然見えないのに、今日はやけに星がよく見える日だ。
「亜里沙も、もしかしたら見てるのかもな」
「ハハッ、そうッスね」
俺はもう二度と会えない師匠の姿が見えた気がして、寂しい気持ちをごまかすために笑った。もうあの事件から4年だ。いい加減、俺も前を向かなければ。
「なあ千紘」
「どうしました?」
「最近、ダンジョンの動きがおかしいのは気付いてるな?」
「ああ、まあ」
例えばフロアボスがリポップするようになったこと。悪魔が何やら裏でコソコソと暗躍していること、などだろう。
「これは機密事項だから、絶対に漏らすなよ?」
「わかりました」
トキさんはポケットから煙草を取り出し、そして体中をペタペタとまさぐる。
「やべえ、千紘。火ィ持ってないか?」
「仕方ないなぁ。相変わらずおっちょこちょいなんだから」
俺ポケットからZippoを取り出してトキさんに貸してやる。
トキさんは礼を言いながら煙草に火を点けると、ライターを返してくれたので俺も自分の煙草に火を点けた。
「スゥ……フゥ……いいか、ダンジョンってのはそれそのものが生き物だ」
「生き物?」
「ああ、奴らはダンジョン内で死んだ生き物の栄養を吸収して、更に強くなっている」
「そんな……じゃあ、ダンジョン内で敵を倒せば倒すほど……!?」
「ご名答。そして奴らは、より栄養を多く得るために進化する」
そこまで聞いて、俺はハッとした。
「じゃあまさか、神谷町ダンジョンのボスがリポップするようになったのは……!?」
「まぁ、そういうことになるな」
「では、悪魔が最近頻繁に現れるようになったのも……」
「迷宮のエネルギーを奪うためだろう。目的までは流石に知らんがな」
「そんな重大な話、なんで公表しないですか?」
トキさんは難しい顔をしながら、頬を掻く。
「今このタイミングで喋ってみろ。世界中がパニックになる」
「旨い話だけ聞かせて一般人の命を奪っているのも、どうかと思いますけどね」
「そう言う奴らは何を何十回説明したところで来るさ。それよりは、ダンジョンを恐れて探索者が離れて行ってしまう方がデメリットはデカい」
「なるほど、一理あるか……」
考え込む俺の背中を、トキさんはバシッと叩いた。
「ま、気にすんなよ! 別にダンジョンが進化しようがなんだろうが、やることは変わらねぇだろ?」
あまりの衝撃にゲホゲホと咳き込んでしまうが、俺はトキさんに笑いかけた。
「ですね。ダンジョンが変わろうが、魔物が凶暴化しようが何の問題もない。俺は俺にできることをやるだけだ」
「ハッ、良い面構えになったじゃねえか」
「そうッスかね。アハハ」
俺たちは煙草を吸い終わると、携帯灰皿に吸い殻を捨てる。
ここら辺のマナーがなってない奴が最近多すぎるんだよな。だから、喫煙者の肩身がどんどん狭くなっていくんだ。
「そういえば千紘」
「?」
トキさんは少しの間だけ考えて、言った。
「お前、ウチの研究者所属部門に来ないか?」
その名前は聞いたことがある。
ダンジョンの性質や、魔物の特徴などを日夜研究している場所だ。
「稼ぎは良いし、お前が辣腕を振るってくれれば大いに助かるんだがなぁ」
しかし俺は、そのありがたい申し出を断った。
「すみません。つい先日、俺はパーティーを組んだんです。あいつらを裏切るよな真似、俺にはできません」
だが、トキさんは優しい目でこちらを見て、頷いた。
「そうか、なら仕方ない。……良い仲間を見つけたんだな、千紘」
「はい!」
トキさんと拳を合わせて、別れの挨拶をする。
それから帰宅すると、俺はソファーに座った。
いやぁ、久しぶりに会ったけど元気そうでなによりだ。
俺はトキさんの言葉を反芻する。
「ダンジョンが進化、かぁ」
確かに、ダンジョンには不思議な要素が多すぎる。
どれだけ傷つけてもたちまち修復されてしまう壁や床。
誰がどう設置したのかも分からない、未踏の地にある松明。
普通なら持って帰ればいいお宝を、わざわざ宝箱に設置する意味。
よくよく考えればありえない話だ。
チョウチンアンコウ。そんな言葉が脳裏をよぎった。
真っ暗な闇の中、宝という名のチョウチンを光らせて獲物をおびき寄せ、魔物を使って食い殺してしまうバケモノ。それがダンジョンという名の生き方なのだろう。
だが、夢があるのも事実だ。
実際、宝箱から何十億もの価値があるものを発見して大富豪になった人物もいるくらいなのだから。あれは……あれはたしかフィンランドの人だったか?
ニュースでちらりと見ただけだが、とんでもない美少女だったと記憶している。
まぁ、関わることは絶対にないだろうが。
俺は一心不乱に貸りものの短剣を研ぐ。
俺の剣が完成するのは明日。今から楽しみでワクワクが止まらない。
まるで山姥のように「ヒッヒッヒ」と笑いながらナイフを研ぐ。
そういや、神谷町ダンジョンに出てきた山姥、怖かったなぁ。
あのダンジョンがボスモンスターがリポップするようになったのにあたり、俺は興味半分で潜ってみたのだ。そしたら、ボスエリアにいたのはリビングアーマーではなく山姥だった。コメント欄の指摘通りだ。
山姥は能面のような顔面を崩さないまま、ひたすら奇声を上げて追いかけてきたので、俺は恐怖のあまり必殺技をつかってしまった。控え面言ってトラウマだ。
もう二度とあのダンジョンに潜ることはないだろう。
山姥といい、赤いドレスの女といい、ただのトラウマ製造機なのだから。
そうこうしている内に刃を研ぎ終わり、刃こぼれがないか天井にかざして確認したあと、片付けを開始したときだった。
ピンポーン
インターホンが鳴り響いた。
時刻は21時。もうけっこういい時間だ。
それほど大きな音は立てていないと思うが、もしかして近隣の誰かが苦情を言いにきたんだろうか。
戦々恐々としながら扉を開けると、そこには白銀の美少女が立っていた。
「んな……っ!?」
俺は驚きのあまり絶句してしまう。
何故なら、今俺の目の前にいる美少女こそが、先程思いだしていたフィンランドの美少女だったのだから。
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