第三章:底辺ダンジョン配信者の覚醒
第41話 悪夢
赤黒い空間に、俺は立っていた。
いや、立っていると言っていいのかもわからない。
なにせ、この空間には床も壁も天井もないのだから。
赤子はその口内や歯を剥き出し、俺に呪詛を吐き続け居る。
とにかく走って、走って、走って。
そして何かにつまずいて思いきり転んだ。だが痛みは無い。
振り返ってまず最初に見たのは、
目は驚愕に開かれており、顔面は血まみれで、相当吐血したんだろう。
恨みがましい目で、俺を見ている。
「ひっ」
仲間の死に思わず情けない声を出して後ずさる。
さらに近くに、
全身のありとあらゆる場所にナイフを刺され、恐らく致命打になったと思われるナイフは、首の向こう側まで貫通していた。
「なんだんだよこれ……なんなんだよこれはァッ!!」
怒鳴り声を張り上げるが、当然返事はこない。
そして俺は辺りを見渡して、見つけた。いや、みつけてしまったんだ。
仲間たちの遺体の傍に、仰向けになって息絶えている小鳥遊を。
小鳥遊は先日の森田の一件と同様、腹を裂かれてありとあらゆる臓器が引きずり出された状態で死んでいた。目からは、つぅっと涙が一筋こぼれている。
「そんな……どうしてこんなことに」
もちろんただの夢だ言うことは分かっている。
だが、だからといって辛く悲しい気持ちになるのは避けられない。
ふと、背中に視線を受けて思いっきり振り返る。
もしかしたら、こんな酷いことをした元凶かもしれないから。
だが、そこにいたのは魔物なんかじゃなかった。
それよりも、もっと悍ましい
赤子の姿をした巨大なそれは、男性と女性を混ぜたような気味の悪い声でこういった。
『全部、オ前ノセイダ』
その瞬間、フッと浮かび上がる意識。
「はっ! ハァ、ハァ……ふう。やっぱり夢か」
勢いよく起き上がると、足元で寝ていたあんみつが慌てて走り去っていってしまう。
ごめんな、あんみつ。
そのままシャワーを浴びて、歯を磨いて、ドライヤーで髪を乾かす。
一連のルーティーンをやり終えた俺はソファーに向かって寝転がる 。
なんとなく、テーブルに置いてあったスマホを見た。
相変わらずmutterからの通知はカンストしているまま。
本当は、マネージャーとかを雇えば楽なんだろうが、いかんせん面接とか他の人への対応仕方がわからなくてなぁ……。
あんみつは俺の心の機微を読み取ったのか、だらりと垂らした手を舐め、頬ずりしてくる。
「ははは……そっか、そうだよな。いつまでもうじうじしても仕方ない……って
、前にも言ったよな、こんなこと」
「 にゃーん」
「ありがとな、あんみつ。今日は特別にしゃぶーる2本やるよ」
台所からそう伝えると、ボスン、という音とともにあんみつがソファを降りて駆け寄ってくる。
ご機嫌そうに尻尾を振りながら俺の足にすり寄ってくるあんみつ。
思わずだきしめてやりたくなるが、今は我慢だ。我慢。
しゃがみこんでしゃぶーるの切り口をあんみつの口元に近づけてやると、あんみつは美味しそうにそれを食べ始めた。
やがて、結局二本ともたいらげてしまったあんみつは、日の当たる場所に移動して丸くなった。あ、ちなみにしゃぶーるは本数制限はないぞ。まぁ、あまり過剰にあげたらデブ猫になってしまうがな。
「それにしても、猫ってのは自由でいいよなぁ」
俺はぼやく。
だって好きな時に飯を食って、好きな時に寝転がって、好きな時に人のところに行けば構ってくれるから。
それでも、本心から猫になりたいか? と聞かれると微妙だ。
だってテレビやゲームを楽しむこともできないし、ネットだって見れない。
俺はソファーに寝っ転がり、これからのことを考える。
まずは東京エリアの全ダンジョン攻略、なんてものを目指すのも悪くないな。
と思った。すると、スマホが振動して着信を知らせる。
相手は小鳥遊だった。
俺はすぐさま出ることにした。
何故なら、さっきの悪夢の光景が脳裏をよぎったから。
「もしもし!?」
「あ、東雲さん、おはようございます~」
「ああ……夢で本当によかった」
「夢?」
そう尋ねてくる小鳥遊に、俺はさっき見た夢の内容を伝えた。
小鳥遊は真面目に聞いてくれていたが、最後の最後でふふっと笑うのが電話越しにも伝わった。
「大丈夫ですよ、東雲さん」
「…………」
「私たちだって、東雲さんの戦いを見て学んだですっ! だから、何が来ても問答無用でやっつけますから! それに、私たちもうパーティーじゃないですか!」
俺はその言葉に、小さく笑った。
「そっか」
確かに、小鳥遊も皐月もだいぶ強くなっただろう。
皇はいわずもがな。彼の剣技は一種の神秘だ。
時は少しだけ遡る──
俺たちたちは近場のカフェにいた。
神谷町ダンジョン事件のあと、俺たちはパーティーを組むことになった。
最初はかなり渋ったものの、小鳥遊と皐月のとんでもない圧に気圧されてしまい、渋々加入する運びとなったのだ。
隣に座っていた皇が、「大変なことになっちゃいましたね」と、俺の肩にポンと手を乗せる。やっぱりこいつは良い奴だ。自分の強さを鼻に掛けず、謙虚な心で人と接し、上手く立ち回っている。こんな才能の塊が、なぜ今までソロでやってきたんだろう?
ふと気になって俺は、尋ねることにした。
「なあ皇、お前程の強さがあればどこのクランからも引っ張りだこだろ。なんでまた、俺たちのパーティーに入ろうと思ってくれたんだ?」
問いかけた直後、一瞬だけ皇の顔が曇ったのを見逃さなかった。
「あはは……皆さんと一緒に戦えば、僕も強くなれるかなって」
嘘だ。皇の表情を見れば、一発で嘘をついていることが見抜ける。
「で、その真意は? 応えたくないなら、それでもかまわんが」
気付けば、姦しく騒いでいた小鳥遊たちも耳を澄ませ聞いている。
皇は、ぽつりと話し始めた。
「幼馴染が……いたんです」
皇はぎゅっと手を握った。
「それはもう、毎日のように遊びました」
◇◆◇
『ねえ京香ちゃん! 結婚しようよ!』
夕暮れの公園。ジャングルジムのてっぺんに座った少女は、僕の急な告白に一瞬だけ驚くと、まだあだあどけなさのノkる表情で笑った。何故笑うのかと口を尖らせる僕に、少女はジャングルジムから軽々と飛び降りると、僕の目の前までやってきた。
『だってほら、私たちまだ中学生の子供だよ? だから……うーん。お揃いの高校に一緒に行けたら、考えてあげなくもないかな?』
そんな幼馴染のいたずらっぽい笑顔に、僕は心臓を撃ち抜かれたような感覚を覚えた。
それからというもの、僕は必至に勉強した。
元々頭のいい京香とは違って、僕は勉強が壊滅的にできないからだ。
幸いにもサッカー部でそれなりに活躍していた僕は、推薦入試の話をされた。
けれど、僕はそれをあえて固辞した。自分の実力で、京香と同じ高校に入りたかったから。
『大我、ここにご飯置いておくからね、ちゃんと食べるのよ』
『うん、いつもありがとう。母さん』
両親は俺の希望先の高校と、それを選んだ理由を話すと、まるで自分たちのことのように喜んでくれた。それに、勉強を効率よくするためのバックアップも惜しみなくしてくれた。
それから数か月が経ち、僕と京香ははぐれないようにと、互いに手を握って志望校の合格者が発表させるボード前に向かった。
えっと、確か僕の受験ば号は68番だったはずだから……あった!
隣の京香を見ると、マフラーで口元は隠れているけれど、喜びに全身が震えているのが分かった
『大我……私たち』
『ああ、受かったんだ』
『『やったああああああああああ!!』』
僕たちは互いに抱き合うと、全身で喜びを表現した。
中には落ちてしまったらしい男子生徒が忌々し気に舌打ちをしながら去っていくが、幸せの絶頂にいる僕には全く気にならなかった。
それから商店街に向かい、買い食いを倒しんだり、色んな店を見て回ったり、映画を見たり。かなり充実した一日だったのを覚えている。
けれど、平穏なんていうものはいつも信じていたころに崩れ去るものだ。
『魔物だ! 魔物が出たぞおおお!!』
『きゃああああああっ!?』
『早く逃げる準備を!』
『ここはもうおしまいだ!
『早くしろ! 時期に魔物が押し寄せてくるぞ!』
地獄絵図と化した商店街。現れたのはウィーブルという中型の飛竜だ。
ウィーブルたちは手当たり次第に街を攻撃していう。
何故こんなところに?
スタンピードが起きた?
色々な疑問が次々と浮かんでくる。
だが今はそんな場合じゃない。
僕は京香の手を必死に引っ張るが、びくともしない。
どうやら腰が抜けてしまっただけでなく、足も怪我してまっているようだ。
右足には、重そうな看板が京香の足を押し潰している。。
『クソ! なら何か他の手を……!』
『無理だよ、大我。大我だけでもいいから早く逃げて』
『そんなことできるかっ! だって京香さんは……京香は、僕の初恋の人なんだから!!
僕が想いの丈を吐くと、京香は驚いたような顔をし、それから少し顔を赤らめた。
『もう、いまさら言うことじゃないよ……』
『ごめん』
『ふふっ。ねえ大我、ちょっとこっちに来て?』
言われた通り近付いた瞬間、くちびるになにか甘く、やわらかい感触がした。
深く考えずとも分かる。キスをされたんだ、俺は。
『私もね、ずっとずっと前から大我のことが大好きだったよ。こんな残念な結果で終わっちゃうのは寂しいけど、同じ気持ちだってわかって嬉しかった』
ウィーブルの一体が、京香の血の匂いに釣られてやってくる。
『来るな! 来るあァァァァッ!』
僕は必至に石を投げつけるが、ウィーブルはまるで意に介さないように京香の元へ一直線に飛んでくる。
既にヴィーブルは京香の近までやってきていた
『あーあ、せっかく両想いなんだったら、もっと二人で一緒に過ごしたり、デートしたり、思い出を沢山作りたかったなぁ』
京香は寂しそうに笑い、その目から涙をこぼし、そして──
皇の話を聞いて、俺たちは絶句していた。
小鳥遊は号泣し、皐月もさすがに普段のポーカーフェイスを少し崩し、悲しそうな顔をしていた。。
「だからこそ、僕は強くなりたい。守りたいひとを守れるように」
俺は珈琲を一口飲むと、口を開いた。
「いいだろう。歓迎するぜ」
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