第40話 危険因子


 ここは東京都中央区にあるセーフハウスだ。

 誰にも聞かれたくない、聞かれてはいけないことに関して話し合いをするとき、議員や政府高官たちはここに集まる。


 先頭に立っていた女性は、コホンと一つ咳払いをして、議員たちの注目を集める。

 戸村とむら 絵梨えり、それが彼女の名前だ。

 まだ若く、顔から体まですべてが引き締まっており、どこか冷たい印象を受ける。


「では、早速本題に移りましょう。何故、私たちがここに呼ばれたか。おわかりですか、重野迷宮庁長官」

「ああ、まさかたった一人で暴走スタンピードを抑えるとはな……」

「馬鹿な!」

「嘘をつけ!」

「たったひとりでスタンピードを何とかするなんてできっこないだろう!?」


 絵梨は頭の固い老人たちに溜息を吐くと、次のステップへ移行する。


「それだけではありません。こちらもご覧ください」


 そう言って絵梨が写したのは、緑色の翼を生やした巨大な悪魔と互角以上に戦っている青年だった。それも、防具なんてものは一切装着せず、少しでもかすれば即死というイカれた立ち回り。更に、巨人は突如として強大な龍へと変貌し、青年にありったけの攻撃を叩きこむが、まるで意に介さない、風のように攻撃を擦りぬけ、ドラゴンの腹部を切りさいた。


 そしてなんとその後、青年は巨大な龍の足や尻尾、腕を綺麗に切断して見せたのであった。もはや抵抗もできなくなったドラゴン に、青年は剣を一閃させた。


「他にも証拠映像はございますが、ご覧になられますか?」


 だが、誰も言葉を発する者はいない。

 官僚たちは気付いてしまったのだ。青年の──東雲の凄さに。


 今、会議室は静寂に包まれている。それもそうだろう、今やファンタジーが隣り合ったと言っても過言ではない世界から見ても、ドラゴンの目撃所法は極端に少なく、異例の事態なのだから。。


 それを、あんなラフな服装とやる気のなさそうな青年が勝利したなど、この目で実際に見ても現実感が沸かない。故に、彼の扱いをどうするべきかを面々は考えているのである


「国直属の探索者にしては? 契約報酬は多少色をつけてもこの際かまわない」

「それはダメだ! そんなことをしては、他の探索者たちの反発を招く!」

「しかしだな、彼をこのまま野ざらしにしておくのもよほど危険だろう」

「それだけではない。もしも外国に先手を取られ、そちら側に寝返ってしまえば……!」

「まるで、核弾頭だな」

「芹沢総理?」


 そう尋ねられた男──芹沢せりざわ 厚国あつくには、現代日本の総理大臣だ。芹沢は葉巻の煙をくゆらすと言った。


「たった一人で数多の魔物を瞬く間に消し炭にしてしまう強力な魔法を使い、さらには、彼には公開してない奥の手がまだまだあるはずだ。そう考えれば、歩く核爆弾といっても過言でないだろう」


 芹沢の一言に、会議室が再びしん……と静まり合えってしまう


 そんな中、一人の議員が手を上げた。


「ん? どうしたね、中曽根くん」

「お、恐れながら、私は彼が危険因子である可能性もあると考えます。もしもう裏切られたりしたら……」

「ふむ。君の言うことにも一理ある」


 芹沢がそう言った瞬間、何人かの議員が安堵したような表情をこちらへ向ける。

 だが、芹沢は机を机を叩くと、立ち上がった。


「皆の気持ちはよく分かった。だが、思い出して欲しい。彼がスタンピードをたった一人で抑えたこと。彼が通常ならばまず潜れない深淵へと入り、希少な鉱石や魔物の素材などを我々政府に提出してくれたこと。そして何より、災厄の化身と呼ばれる悪魔を二体も討ち滅ぼしたこと。……これが、これが人類に仇名す存在におもえるか──ぐっ!?」


 芹沢が急に心臓に痛みを感じ、苦痛に顔を歪めていると、絵梨が即座にこちらへやってきて背中をさすってくれた。彼女に礼を告げると、芹沢は椅子に座りなおした。

 芹沢は自分がもう長くないことを察していた。だからこそ、今こうして生きている内にこの日本が傾かないように尽力を尽くすほかないのだ。


「彼に政治的圧力をかけることは好ましくない。いずれ軋轢が生じて争いが起きた場合、それでどれほどの被害が出ると思う? 


 全員が難しい顔をして思案していたが、それは好ましい兆候だと芹沢は微笑む。


 普段、国会では野党に議題の本質をずらされ、くだらない揚げ足取りが続く。

 だが、この場ではそういった野次を飛ばす輩は一人もいない。


「それでは、あえて訊こう。君たちはどうしたい・・・・・・・・・?」


 すると、ぽつぽつと声が上がり始める。


「彼は縛られるような質の人間ではない……」

「我々政府の子飼いにするよりも、自由にさせたほうがいいことがある、か?」

「確かに、言われてみればその通りだ。彼を縛り付けてしまっては、有事の際にも面倒臭い格式ばった手続きのせいで出遅れてしまい、間に合わず犠牲者が多く出てしまう可能性もある」


 芹沢は辺りを見回すと、満足したように葉巻を咥える。


「皆、意見は一致したということでいいかな?」


 議員たちは頷く。そこには、不満な表情を持つものなど一人もいなかった。


「それでは、解散としよう。ここまでご足労いただき、感謝する」


 芹沢の言葉に従って、官僚たちがぞろぞろと出払っていく。

 後に残ったのは、重野迷宮省長官と戸村絵梨 、それから芹沢総理大臣だけとなった。


「……よろしかったのですか?」

「なにがだね?」

「彼を野放しにすることが、です」


 絵梨がそう問いかけると、芹沢は煙を吐きだして言った。


「もちろんだとも。実力云々以前の前に、彼は立派な我が国の国民。それを鳥かごに入れて閉じ込めるなど、私の中の美学と倫理観に欠ける」

「彼ほどの人材、本来であればどんな手法を用いてでも、こちらへ引き入れたかったのですがね」


 芹沢はその言葉にフッと笑うと、窓の外を眺めた。


「心配いらないさ、重野君。彼の実力は、個でも千の軍隊を相手に戦うことができるだろう。そして、彼ならば今我々が抱えている疑問や問題をあっけなく解決してくれる、そんな気がするんだ。だからこそ、私たちは最大限彼のバックアップに徹しようと思う。下手に刺激して噛みつかれるより遥かにマシだからな」

「そう……ですね。彼の強さは本物だ。分かりました、総理。それでは私は、次の仕事があるのでこれにて失礼します」

「ああ、ご苦労」


 重野は一礼して去っていく。


「東雲 千紘、か……。まさか、彼女 ・・の弟子がここまで活躍するとはね……。きっと君のことだ。驚くよりも、ゲラゲラと笑いながらあの世で仲間たち自慢しているんだろう。なぁ? 亜里沙アリサ


 芹沢はかつての仲間の存在を思い出し、葉巻を消すと、部屋を退出するのであった。






 ─────────────────────


 あとがき


 これにて第二章終了です! いやぁ、稚拙な文章力で誤字脱字も激しい中、ここまで読んでくださった方々には感謝の言葉もありません!


 また、♡やフォローありがとうございました!

 そのおかげで、筆を折らずに続けられているんだと思います!


 また、質問コーナーやキャラクターの設定が知りたい方はコメントで教えていただければ可能な範囲で回答します! 勿論、普通の感想でも涙を流して喜びますよ!


 それでは、次回は第三章でお会いしましょう~!

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