第39話 忍び寄る不穏の影

 目黒ダンジョン、深淵。


 人が絶対に足を踏み入れることができない場所に、魔物たちが徘徊している。

 彼らは出会っては殺し、殺されをただひたすらに繰り返している。


 深淵ではいつもの状況だ。

 だが、その日は何かが違った。


 ここ、目黒ダンジョンにはダンジョンを管理している球体が存在する。

 ある程度大きくなったダンジョンには、よくある話だ。

 その日も球体はダンジョン全域をくまなく検閲していた。


 侵入者の発見、モンスターの扇動、などなど。


 そして、その異変は起きた。


 莫大なエネルギーが流れ込んできたのだ。

 それも、白金ダンジョンの方から。


 巨大なエネルギーを浴びて凶暴化する魔物たち。


 キラーワスプはデッドリーワスプに。

 スケルトンはリッチに。

 泣き女はバンシーに。


 球体は考える。どうしたらこれからさらにダンジョンを強化できるだろか、と。


 最高級の頭脳と呼ばれる球体だ。答えはすぐにわかった。

 他のダンジョンを倒し、あるいは踏破させて、そのエネルギーを丸ごと奪ってしまえばいい。


 もっと、もっとだ、もっと私に力を寄越せ。


 球体は喋ることができない代わりに、その丸い体に埋め込まれたパーツをガチャガチャと振りまわした。


 地獄の門は、今開かれる。




 ◇◆◇




「よっ、と」


 俺はお得意の宙返りをしながら、人間の顔をしたカエル型の魔物を狩り殺す。

 今使っている双剣はただの代替品。あしげく通っている内に仲良くなった親方が、新しい双剣を作ってくれている。とはいえ、これはやはりどこまでいっても代替品。

 切れ味は、本来のものとは格が違う。


 そのため、俺は自分の腕が鈍らないようにというのと、複合してある依頼・・・・のために目黒ダンジョンに潜っていたんだ。


 ;目黒ダンジョンとかマ?

 :こないだ探査に行った奴らが一人残して全滅したらしい

 ;え

 ;やば

 ;その人の容体はどうなん?

 ;まだ意識不明で集中治療室にいるとかなんとか

 ;どう考えてもヤバいじゃん


「へー、そんな凄い魔物がいるんだ」


 ;ちがう、そうじゃない

 ;そうだけどそうじゃない

 ;もう何か、お前ならできる気がしてきたよ……

 ;人がたくさん死んで気付いてるのに、不謹慎ですよ!

 ;訴えナスゥwwwww

 ;えびを正して仕事をしなさいwwwwww


「まあまあ、皆おちついてくれ。コメント欄で喧嘩はしないようにな?」


 俺はリスナーたちの火消しに疲れ、トボトボと歩き出した。

 天井から巨大なナメクジが襲い掛かって来る、目視もせずに切り裂いた。


 すっかり病み落ちモードになってしまった俺は、立ちむかっていた敵たちを問答無用で殺戮していく。やがて気持ちが落ち着いた俺あようやくホログラムに顔を向ける。


 ;だっしゃああああああああああああ

 :チョリソー!!

 :思い知ったかアンチども! これが主の実力だ!

 :俺今までアンチしてたけど、こんなもん見せられたら手のひら返すしかない

 ;俺も

 ;信者になるわ

 :毎晩お前のムスコの世話をさせてくれ

 :無表情の殺戮マシンになっているところに惚れました。付き合ってください


 反応は上々。何か危ないことを言ってる奴は放置だ。

 俺は強引に話を切り替えることにする。


「ところで、何か上層にいちゃいけない魔物ばっかりじゃない?」

 

 :確かに

 ;またスタンピードくる?」


 そのコメント欄は一斉にざわざわしはじめる。


 俺は両手の手のひらをパン! と合わせ、こちらへ注目させ。


「大丈夫、スタンピードは起きないよ」


 ;なんでわかるの?

 ;主の第六感すごい当たるから、まあな

 :丁度非常食買いに行こうとしてたらたすかる

 ;どうしてスタンピードじゃないって言いきれるんですか?


「うーん、感覚論的な話になるけど、魔物の魔力って意外と駄々洩れだから感知はできやすいのよ。で、普通スタンピードが起こると種族差とか縄張りとか全部放置して地上に出ようとするわけ。でも、今回は訳が違う。争ってる様子も見られないし、皆自分のテリトリーで過ごしてるみたいだね」


 俺が説明すると、コメント欄が大騒ぎになった。


「おかしい……主の解説のはずなのに分かりやすい……」

「スタンピードってそういう理由だったんだね……」

「じゃあ、このダンジョンは安心なのかな?

「主のさっきの声聞き直してこいバカ」

「普通のモンスターがより強化されて形態進化とか笑えない


 そのままこのダンジョンと俺にまつわる話を無視して、歩きを続ける。


 何度か戦闘はあった。けれど被弾はナシ。服も破れたりしていない。


 ;被ダメ0か、よえっぐ

 :代替品の剣でようやる

 :主がバケモノすぎるだけ定期

 ;もはや主独りで全国救出できるはず


「っなわけねえだろ! 腕は二本しかないんだからな!?


 ;じゃあ三人目は口で咥えればいいのでは?


「なあ、俺はどこぞの世界一になりたい剣士か?」


 ;www

 ;wwwww

 :w

 ;草

 ;お前ならやれる、ありったけの夢をかき集めろ


「そろそろその話やめないか? 俺、何か方々から怒られる気がする」


 そうして深層も深淵も難なく踏破して、階段を降りた先には──やはり真っ黒な扉があった。その正面は髑髏が彫られており、その後ろにはハルバードと剣がクロスしてた。だが、肝心の文字は見当たらない。


「おっかしいなぁ」


 ;東雲は何してんだ?

 ;多分前回の神谷町ダンジョンのときみたにヒントがないか探してる

 ;なるほどな、サンガツ

 ;にしても禍々しいな

 :なんかめっちゃ嫌な予感がする

 ;奇遇だな、俺も

 ;でもこいつに言っても聞かないんだよな

 

 ざわざわしているコメント欄を放置して、手元と膝に着いた砂を叩き押す。

 

「ま、分かんないならしょうがないか」


 俺は右手に、ほんの少しだけ軽く扉を殴る。


 途端、大型トラック同士がぶつかりあった様な音がして、扉だったものはボス部屋の向こうへとすっ飛んでいった。


 ;ん?

 :はい?

 :え?

 :いや、普通に開けろよwww

 :天然怪力系イケメン、これは流行るぞ!

 ;前からずっと流行ってる件 ↑

 :(´・ω・`) 

 ;どんまい……w

 ;残念だったね……www

 ;まあ元気出せよ


 まずい。リスナーたちが何の話をしているのか全く分からない。

 その結果、愛想笑いをしながらコメント見ていた俺だったが、こちらに赤い光を向けてくる異形に気付かなかった。


 機械のような異形は、淡々と告げる。


『警告、警告、ダンジョン内に侵入者が発生。これより、異常事態対応プロトコル、殺戮モードへ移行します』


 球体は姿形を変え、カマキリのような姿になった。


「なんじゃそりゃ」


 ;これはやばい

 ;生きて帰ってこれなかったやつらがいるのも納得

 ;≪あやチャンネル≫東雲さん、なんでそんな危ない所に独りで行ったんですか!

 帰ってきたらお説教だけど、応援はしてます!

 :あやちゃんもよう見とる

 ;≪皐月のだらだら探索≫無事に戻ってこなかったら、私がころす

 ;≪Taiga≫東雲さん! 絶対死んじゃダメですからね! 絶対ですよ! まだ教えてもらってない剣術も沢山あるんですから!

 :東雲のパーティメン大集合やん

 ;草

 ;全然笑える状況じゃないけど、これは笑っちゃう


 俺はロボットカマキリの腕を躱しながら、コメント欄ちらりと見る。

 中には、今日置いてけぼりにしてしまった罪悪化がチクリと胸をしげきするが、やはり連れてこなくて正解だと思った。


 成人女性ほどの蜂、デッドリーワスプ。

 厄介で多彩な魔法を使いこなしてくるワイト。

 ありえない声量で絶叫し、周囲の魔物を寄せ付けるバンシー。


 どれもこれも面倒なやつばかりだった。


 そしてそれは今、俺ん目の前に立っているカマキリ野郎も例外じゃない。

 一発でもまともに受ければあの世行き。

 加えてこちらの攻撃は簡単に跳ね返されてしまう。


 なら、やってやる。

 ブネをやったあの時のように……!


 ガチリ、と自分の中のリミッターを外す。

 このリミッターは10個まで制限いう制限があり、使い過ぎれば体はボロボロ。

 死に至ると言われている。ハッ、それがどうした。


 :なんか東雲の雰囲気変わったくない?

 :たしかに。なんか周りの空気が陽炎みたいにゆらゆら揺れてる

 :主……また使ったのか

 :え、何か知ってるの?

 :主の命を削る技

 :最強の力を得る代わりに体をどんどん蝕むクソ技だよ


 俺は5までギアを上げ、カマキリ野郎と対峙した。

 しかし、いざ殴りかかろうとした瞬間、心臓に激痛が走り、呼吸が困難になる。

 カマキリはその鋭利な爪で隙ができた俺を引き裂こうとし──


『!?』


 俺に素手で爪を止められた。

 慌てて逃れようとするが、そんなのは知ったこっちゃない。

 こうなりゃこっちのもんだ。


 それにしても、なんでこんな面倒臭い状況になったのか。


 目黒ダンジョンで怪奇現象?

 行方不明続出で一時封鎖?

 調査しに行って異常があれば排除?


 お偉いさんにそんな話をされても「はぁ、そっすか」としか返せない。

 それでもアタッシュケースいっぱいに敷き詰めた現金を見せられた瞬間、頷いてしまった自分が恨めしい。結局人は欲望には逆らえないんだ……。


『既存形態の戦いでの危険性を判断。生命変態トランスフォームを実行します』


 今度は赤い鳥になって天井付近まで飛び上がった。

 その姿はまるでフェニックス、いや、あるいは朱雀というべきか。

 鳥は複数の大炎球を放ってくる、が、そんなものは幾らあてずっぽうに撃ってもかすりやしない。


 それに──


 俺は火球の間に身を潜めて、こちらにわざわざ突っ込んでくる鳥を発見していた。

 俺は鳥の首をひっつかむと、思いっきり地面に叩きつけた。


「賢いAIみたいなん言動してるのに、案外バカなんだな、お前」

『緊急プロセス、実行開始、エラー。形態変化プログラムが起動できません』

「今さっきお前の体内に妨害魔法を流したからな。俺の使える数少ない魔法の一つだよ」

『エラー、エラー、エラー、エエエエラー、エラー」


 壊れたロボットのように同じ文言を繰り返す鳥を見て、俺はその首筋と心臓に剣を突き立てた。復活してこないってことは、どうやらフェニックスではなかったというわけだな。つまりは朱雀か。


 ;きたああああああああああああああああああ!!

 ;やったあああああああああああああああ

 :信じてパンイチで見てた甲斐があった

 :目黒ダンジョン初制覇おめでとう!!

 ;こーれマジで日本ダンジョン史に載るレベル

 :酒wがwうwまwいwww

 :≪あやチャンネル≫凄すぎます! わたし、つい見惚れちゃいました!

 :早う収益化通ってくれーーー

 ;分かる! 投げ銭したいんじゃあああ!


「いやいや、お前ら。別に収入は探索で得た素材と広告費で稼がせてもらうから大丈夫だよ。自分の金は大切にしな?」


 俺は朱雀の死体を回収しながら、にこりと笑って答える。


 画面越しだと普通に接せるんだよなぁ、俺……。

 どうしてリアルで会うとキョドっちゃうんだろう。


 ;ぐう聖

 :ワイと同じ匂いがしてたのに……どうしてや、東雲ェ……;;

 :儲かってようが貧乏だろうが投げるのが配信界隈なんだよ!


「ええ……」


 どうしても投げ銭してくれたい人々を宥めること10分間。

 俺はポータルで外に出る間に、ダンジョンの最奥部にあるお宝部屋へ。

 そこは神谷町ダンジョンの宝物庫と見た目がそっくりだ。


 俺はワクワクしながら宝箱を開ける。

 脳内では、デルタの伝説というゲームで宝箱を開けるときの曲が流れていた。


 そして、一瞬眩い輝きを放ったあとに出てきたのは……


「…………………笛?」


 美麗で洗練されたフォルムのそれは、まさしくフルートという他なかった。


「なんでだよっ!」


 俺は地面をドスドスと蹴り付けて、少しでも鬱憤を晴らそうと試みる。


 コメント欄もコメント欄で大騒ぎだ。


 :かわいそうにw m9

 :ソシャゲに運を捧げつくした男。

 :これはグロ動画

 :またしてもガチャ失敗かぁw

 :でも目黒ダンジョンなんてけっこうなデカさだろ? そこからしょぼいアイテムが出るのっておかしくないか?

 :たしかに

 :一理ある

 ;うん

 ;そうだね

 ;東雲、ちょっとその笛吹いてみてくれない?


「いや、やめとくよ。何か今使うタイミングじゃない気がする。それじゃあ皆、今日も見にきてくれてありがとう! そんじゃ、またね~」


 そう言ってフルートをしまうと、上機嫌になった俺はポータルに入った。

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