第34話 異形の双子
俺たちは顔を見合わせると、それぞれ頷きあう。
安全地帯から出た途端に、黒子たちが一斉に襲い掛かってきた。
「させませんよっ!」
皇が前に出て、黒子たちを薙ぎ払っていく。
皐月もそのサポートをしており、皇が討ち漏らした敵を次々と氷漬けにしていく。
「俺たちも行こう」
「はいっ!」
ふと、D-Cubeを確認すると、同接は300万人に増えていた。
中には外国人のコメントも散見される。クソッタレ! 俺は英語は読めても話すことはできないんだよ!
「邪魔だっ!」
俺はすぐさま手元で短剣を翻し、黒子の喉を裂く。
屍がジュワっと消えていくのを確認した俺は、再び走る。
ふと小鳥遊の方はどうかと見れば、何やらアクロバティックな動きをしていた。
「ほっ、やああああっ!」
棍の先端を地面に押し付け、まるで棒高跳びをしているように黒子たちの頭上を越えると、着地した瞬間に薙ぎ払う。黒子たちは一瞬で蒸発していく。
「ヒュウ」
思わず口笛を鳴らしてしまった。
小鳥遊の戦闘センスは抜群だ。さすが下層ソロ攻略を配信しながらできるだけのことはある。それに、深層や深淵のモンスターとも戦ったことで、だいぶ自信が付いたようだ。
次々と襲い掛かってくる黒子たちを倒し、どんどん扉の方へ進む。
何やら、黒子たちから焦りを感じるようになってきた。
きっと予想通り、あそこが本丸で間違いないだろう。
皇たちの活躍もありがたい。
派手に暴れてくれているおかげで、黒子たちの周囲はどちらかと言えば皇と皐月の方へ向いているからな。
遂に敵の切れ目、扉の前に到着した俺は、小鳥遊と合流。
「さすがにちょっと疲れちゃいましたね」
「まぁ、連戦だもんな。ほら、これ」
「え、いいんですか?」
俺はマジックポーチから清涼飲料水の入ったペットボトルを取り出すと、小鳥遊に渡してやる。マジックポーチには時間経過という概念がないからキンキンに冷えているはずだ。まるでラノベに出てくる亜空間とかマジックバックと一緒の能力じゃないか、と笑った記憶がある。
小鳥遊はおずおずとペットボトルを受け取ると、口を付けた。
こくん、こくんと飲むたびに、汗で光った喉元が艶めかしく動く。
直視していることができずに、俺はコメント欄に逃げることにした。
:あ、こっち見た
:あやちゃんに魅入らないようにしたのバレバレwww
:気持ちはわかるよ
:東雲も"""男の子"""なんだな
:彼はなんでこんなにも顔を赤くしているんだ?(英語)
:外人ニキもよう見とる
:彼は女性の喉の動きに興奮しているんだよ(英語)
:なんだって!? 頭のおかしいやつじゃないか!(英語)
;英語まったく読めんけどなに書かれてるかはだいたい分かるw
:東雲の変態さは世界を一つにする
コメント欄でも散々煽り散らかされた俺は、心の中で涙する。
ちょうど、スポーツドリンクを飲み終わった小鳥遊がお礼を言いながら、俺のホログラムを覗き込んできた。
「ありがとうございました! おかげで完全復活です! って、なんですかこれ……?」
徐々に小鳥遊の声が低くなっていくのがわかる。
「ち、違うんだ。そうじゃない、こいつらが勝手に言ってるだけなんだ。だってそうだろ? 人が食事してたり飲み物を飲んでるところをじっくり見るなんてしない!」
嘘も方便。俺はリスナーに罪をなすりつけて、なんとか小鳥遊の逆鱗に触れないよう慎重に立ち回る。
:ひっど
:裏切られた
:信じてたのに
:犯人は東雲だろいい加減にしろ!
「ふーん、そうですか」
小鳥遊は一応は納得してくれたのか、くるりと踵を返すと扉の方へ向かっていった。
幸い、ここに黒子たちはいない。後ろを振り返れば、未だに皇たちが黒子と戦っている。概算、50体ほど。
ここまで着くにはもう少しかかるだろう。だが、おかげさまで黒子達はこちらに気付いていない。遊撃役を頼んで正解だったな、と安心しきっていたのだが──
「小鳥遊さん、危ないッ!」
「え?」
嫌な気配を感じて大声を出した。
それに釣られて半歩下がった小鳥遊の目の前に、槍が突き刺さる。
突如天井から現れた、二人の人間。いや、魔物だろうか。目は赤く血走っており、荒い呼吸を繰り返している。また、上半身には何も着ていない。
片方は肥満体型の男、先程槍で小鳥遊を突き刺そうとした男だ。
もう片方は、痩せぎすの男。手には両刃剣を持っており、顔をヴェールで覆っている。
察するに、彼らがこの扉のガーディアンというところか。
:デブガリのコンボとか典型的だなwww
:でもけっこうつよそう
:はいはい俺の方が強いから
:黙れガキ
:民度悪いぞー?
:ごめん
;ごめんなさい
;謝れてえらい
小鳥遊はスッとバックステップして、俺の隣に立ち並ぶ。
「困ったことになっちゃいましたね。どうしましょうか?」
「それは俺も知りたいよ。けど、倒すしかないだろう」
小鳥遊は頷くと、了承の言葉を口にした。
「そうですね。ただ、二人同時となると……」
「手分けして戦おう。小鳥遊さんはあの巨漢の方を頼めるか? 俺のナイフじゃ、あの分厚い体を切れる自信がないんだ」
「分かりました。任せてください」
小鳥遊は頷くと、駆け出していった。
それに合わせて俺も、常備していた投げナイフを痩せぎすの男に向かって投げる。
が、これはいともたやすく弾かれてしまう。
「ま、そうなりますよね……っと!」
双剣を抜き払い、痩せぎすの男にラッシュをしかける。
抉り上げ、突き、横薙ぎ、袈裟斬り、足払い。
しかし、痩せぎすの男は相変わらずの無表情で淡々と俺の攻撃を防いでいる。
驚くべき反射神経だ。だが、そこで俺はあることに気付く。
薄いヴェールの向こうにある目。その表情が死んでいることに。
「まさかこいつ、もう……!?」
そう思った次の瞬間、痩せぎすの男が蹴りを入れてくる。
なんとか剣をクロスさせて盾にして衝撃を和らげたが、鋭く、そしてとてつもない威力だ。近場の探索者ショップで買っただけなので、あとどれだけ保つかわからない。
極力、攻撃はもらわないようにしなくては。
:つっよ
;え、これ東雲が配信してたなかで一番の強敵じゃない?
:そんなことはないぞ。主が死にかけたやつとかもいる
:東雲が死にかける? どんなやつだよそれw
:スノードラゴン×2とかもそうだったけど、樹霊王とかかな
:あーなつかしいw
:樹霊王ってなに?
:足立ダンジョンのラスボスだったやつ。近付くと串刺しにされるし離れると串刺しにされる
;結局串刺しじゃねえかwww
ちらりと横を見ると、小鳥遊は安定して戦えているように見えた。
互いにリーチの長い武器を使っているため、防御は容易だ。だが、攻め手には欠ける。だが、それすらも考慮して小鳥遊は巨漢の体に次々と打撃を浴びせていく。
あの様子なら大丈夫そうだ。
痩せぎすの男に再び目を戻す。
男は、手をだらりと垂らしてゆらゆらと揺れていた。
何ともいえない不気味さだ。
何をしてくるか分からない以上、こちらから仕掛けるのは愚策。
大人しく待っていると、痩せぎすの男は急にこちらへ向かって走り出した。
そして、両手を鞭のようにしならせながら俺の全身を襲う。
防御できる角度は防御したが、あまりにも変則的な攻撃に何発もダメージを貰ってしまう。その鋭いビンタは俺の皮膚を削り取り、その度に激痛と避難信号が脳から発せられる。
だが、今こそがチャンスなんだ。
全身を襲う痛みに耐えながら、俺は機会を窺う。
そして──視えた。
痩せぎすの男が攻撃を下そうと両腕を同時に挙げた瞬間、俺は双剣を奔らせる。
「ここだッ!」
双剣は見事に心臓と首に突き刺さる。だが、血は出てこない。
「やっぱりゾンビにされてたのか……」
魔物の中には、ゾンビという種類がいる。
彼らは迷宮で死んだ者の慣れ果てとも呼ばれ、忌み嫌われている。
俺と小鳥遊が相対している敵もどうやらそのようだが、これほどの強さを持つ奴がそう簡単に死ぬとは思えない。いくら誰がいつ死んでもおかしくないと言われている迷宮であろうと、だ。つまりこれは、人為的に行われたこと。
「今楽にしてやるからな」
首と心臓に刺さったナイフを気にする様子もなく腕を突き出してくる痩せぎすの男。だが、それはもう見切った。
するりと半歩ずらして避けると、俺は首筋に刺さった短剣を思いきりねじ込んだ。
痩せぎすの男は首と胴体を切り離され、最初の方こそビクビクと痙攣していたが、やがて動かなくなった。
隣を見れば、小鳥遊も巨漢の頭部を潰しているところだった。
割とバイオレンスなことをするんだな、と思いつつ、人のこと言えないか、と思い直して小鳥遊に近づく。
「おつかれ」
「あ、東雲さん! お疲れ様です!」
小鳥遊はにっこりと微笑むと、挨拶を返してきた。
もう俺には美少女耐性が付いたんだ。こ、こここ、こんな程度ではやられないぞ。
見れば皇たちも片づいたようで、手を振りながらこちらへ歩いてくる。
黒子たちの姿は、もうどこにもさっぱり見当たらない...
「東雲さん、ご無事でしたか!」
「ええ、まあ」
「チヒロ、わたしも頑張った。ご褒美を所望する」
「あー、へいへい。よく頑張ったな」
「んふー」
皐月は満足そうな声をだし、目を閉じてされるがままになっている。
「むぅ……!」
そんな様子を見ながら、小鳥遊は焼きもちを焼いて顔を真っ赤にしていた。
「あはは、皆さん仲が良いんですね」
場の空気をとりなそうと皇は明るい声を出すが、俺たちは首を横に振った。
「いや、まだ出会ってから少ししか経ってないぞ?」
「そうですね、私もびっくりです。まさかこんな短期間で人のことをす、す、す、わー! やっぱりなんでもないです!!」
「私は今日出会ったばっかり」
「ええ!?」
俺たちの返事に、皇はオーバーリアクションで驚いてみせる。
「す、凄いなぁ……僕なんて仲間ができたこと一度も……あ、いや、今のは忘れてください」
「? そうか、分かった。そう言うなら聞かなかったことにするよ。よし、それじゃそろそろ行きますか! こんなヘンテコ現象を生み出した馬鹿をぶっ倒しに!」
その掛け声とともに、俺は赤い重厚な扉を押し開けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます