第33話 力を合わせれば

「皐月ちゃん、来るッ!」

「がってん」


 バフォメットは高く跳びあがりながら爪を振り下ろそうとしてくる。

 だが、もうそこにはアヤも私もいない。


 左右に展開した私たちは、バフォメットの側面に思いきり攻撃する。


 だが、その攻撃はバフォメットの表皮に少し傷をつけるだけで終わった。


「嘘……効いてない!?」


 アヤが驚愕の表情でそう言う。

 私も同じ気持ちだ。この名刀は、鉄をも両断できるほどに鋭い切れ味なのだから。


「まさか、魔力硬化?」


 バフォメットの攻撃を躱しながら、アヤは私の呟きに反応する。


「自身の魔力に精密な操作をすることで、特定の部位を魔素で覆って硬くしたりできる現象のこと」

「そんな……それじゃあ、あの魔物は……」

「相当手ごわい」


 私は頷く。きっと知能も高いだろう。人間の言葉が理解できるかは別問題としても、その賢さは侮れない。

 

 だが、それがどうしたというのだ。相手がそういう手を使うのならば、こちらも同じことをしてやればいい。

 ヴォンと音を立てながら刀身を覆っていく魔素に、私は微笑んだ。

 訓練した甲斐があったな。最初は上手くいかなくて、何本も無駄にしてお父さんに怒られたっけ。


 過去を懐かしんでいると、バフォメットはこちらに向かって走ってくる。


「悪いとは思うけど、ごめんね」


 冷徹な声と共に剣を横に薙ぎ払うと、バフォメットの体には傷がついた。

 成功だ。バフォメットは不愉快な鳴き声を上げながら後ずさる。


「凄い皐月ちゃん! あれは何をやったの!?」


 :だめだこりゃw

 :俺もなにがなんだかわからないからコメントできんわw

 」月ちゃんが頼もしすぎてずるい

 :二窓してるけどあっちもあっちで大激戦だな

 :どっちも見たいけど俺んちスマホしかないから見れない;;

 :貧乏人かわいそう


 アヤのコメント欄も賑わっているようで何よりだ。


「魔法使っただけ。それじゃあ、今度はこっちから行こうか……なっ!」


 私は全速力で地面を蹴ると、バフォメットの手前で高く跳びあがり、肩に着地。

 そのまま剣で何発も首筋を切りつける。


「えいっ、えいっ!」

「皐月ちゃん……」


 遠くを見ると、アヤがなんとなくドン引きしている様子が見える。

 折角できた友達に引かれたくないな。

 私は仕方なくバフォメットの背中から降りる。


 それにしても凄い。あれだけ首を切りつけたら、普通致命傷になるはず。

 なのに、バフォメットと来たらピンピンしている。

 弱点は一体どこなのだろうか? 観察しても、それらしいものは見当たらない。


 なんていう化け物だ。

 私は少し恐怖を抱いてしまった。


 バフォメットは二足歩行で直立していた状態から、四つん這いになる。


 ということは、何かをしてくるということ。

 あの姿勢から繰り出される攻撃は……


「皐月ちゃん、避けて!」

「う、うんっ!」


 案の定、バフォメットは突進攻撃をしてきたしてきた。

 動きは単純だが、その分一撃の威力が高い。

 私のもっとも苦手とするタイプだ。


 小走りでアヤが近寄ってくる。


「皐月ちゃん、さっきの技教えて」

「わかった。まずは魔力を体の中で練るの」

「う、うん」

「そしたらそれをじんわりと腕の方に回していく」

「多分できてる、と思う」

「後は、それを手に持っている武器に伝わらせるだけ」

「ふうふむ……これをこうして・‥…できた!?」


 アヤの棍は淡いピンク色の光をまとっている。

 した証拠だ。

 バフォメットがこちらに再び攻撃をしかけてくるのを警戒していたので、説明は雑になってしまった。それなのにもう吸収するとは、アヤはだろうなと思った。


「来る」


 飛び跳ねて喜んでいるアヤに注意を促す。

 アヤは一瞬で真剣な表情に戻ると、棍をバフォメットに向けて構えた。


「次は私にやらせて」

「ん。でも無茶はしないこと」


 バフォメットは再び後ろ脚で地を何度か蹴ると、全力で突っ込んできた。


 向かう標的は、アヤ。


「はあああああああああっ!」


 アヤは棍を脇をしめて引き絞ると、渾身の力を込めて突いた。

 薙ぎ払うか、すれ違いざまに叩くかのどちらかだと思っていたので、私はびっくりして思わず「え?」と言ってしまった。


 バフォメットの額に棍の先端が当たった瞬間、凄まじいパワーと勢いの衝突。

 余波が風となって、私を襲う。バフォメットは今の一撃が効いたのか、大きくもんどりうって転倒する。


 ふと、アヤの顔が険しいものに変化した。

 


 その目線の先、チヒロは──レライエに腹部を貫かれていた。


「東雲、さん……? いやっ、いやあああ!」

「待って!」


 バフォメットは怒りのあまり狂乱し、この世のものとは思えない叫びを上上げる。これは思ったより無理ゲーだ。アヤもアヤでパニックになってしまい、なだめるのは大変だ。


 チヒロはレライエに背後から掌底を喰らい、思いっきり血を吐き出した。

 加勢したいところだが、こちらもバフォメットと戦っているので救援にはいけない。


 早く倒さないと。


「アヤ、早く決着をつけよう。……アヤ?」


 気付けば、アヤが口元を手で多い隠しながら遠方を凝視していた。

 その視線に釣られて見ると、そこはさっき見たチヒロとレライエの戦闘の場所。チヒロはボロボロになりながらも立っていた。

 半狂乱になってチヒロの元へ駆けだそうとするアヤを、私は全力で引き留める。


「なんで!? なんで邪魔するの、皐月ちゃん!?」

「チヒロを信じてるから」

「そっか……。でも許さない……あいつだけは、死んでも殺すッ!」


 私だって気持ちは一緒だ。今すぐにでも行って治療をしなければ、間違いなく死ぬだろうという窮地を助けてくれたチヒロ。こちらをいつも気に掛けてくれたチヒロ。初めて私に「仲間」と言ってくれたチヒロ。


 それが今、ボロボロになって独り戦っている。


 想いが溢れ出て、涙がこぼれ落ちる。

 でも、その間も待ってくれるほどバフォメットは優しくない。

 私は寸でのところで右腕の攻撃を躱すが、余波で飛んできた地面の破片が頬を切りつけた。それからも、しばらくの間バフォメットとの攻防を続く。


「皐月ちゃん……」

「アヤ、大丈夫。後は任せて」

「でも……!」

「チヒロがあの程度で死ぬはずがない。だから、チヒロを信じて見ていてあげてほしいの」


 そう、泣いている場合じゃないんだ。

 私は眼前に立ちはだかるバフォメットを見て、決意を固めた。


 今はこの魔物を倒し、それからレライエに復讐してやる。


 だから、邪魔をしないで。


 私は目を閉じると、呪文の詠唱を始める


「天地震えさせし極寒よ、刹那の凍てつきを煌めかせ、あらゆる外敵を拒む剣とならん。震え跪け──獄雪叫鎖コキュートス


 次の瞬間、氷の鎖がバフォメットに襲い掛かる。

 何とか回避しようともがくが、既に固着してしまったソレを引きはがすことはできない。後は、寒さによってじわじわと衰弱し、死に至るだろう。


 だが、それを待っている暇はない。

 今は一刻でも早く、チヒロの元に移動したかったから。                                                                                         


 私は重力魔法をバフォメットにかけると、氷像は粉々に粉砕した。


「さ、皐月ちゃん……」


 驚いた表情で、アヤはこちらを見てくる。


 ああ、またか……。


 今までに何度も経験した現象だ。私が本気を出して魔法を使うと、皆して恐怖して罵声を浴びせてくる。私は何も悪いことはしていない。だというのに、周りは私の言い分を無視して好き放題言ってくる。


 深呼吸をして、覚悟を決めてからアヤを見る。

 だが、次の瞬間アヤの口から出たのは思いもよらない言葉だった。


「皐月ちゃん! 凄いよ! あんな魔法、初めて見た! 皐月ちゃんって凄い子なんだね……!」

「な……ど…………して」

「うん?」

「どうして、そんなに優しくしてくれるの? 私、今までいっぱいこの力のせいで傷つけられてた。だから、アヤもきっとそうなんじゃないかって……


 そう言うと、アヤはぷくっと頬を膨らませながら私の元に近付いてきて、両手で私の顔を挟み込んだ。


「皐月ちゃんは強くていい子だよ。嫌な思いも沢山したかもしれないけど、それでもへこたれずに頑張ってる。それに、あんなに綺麗な魔法初めて見たもの。怖いとか、気持ち悪いとか、そんな感情は一切湧かなかったよ?」


 それを聞いた瞬間、心の波がダムのように結界するのが分かる。

 頬をつぅ、と涙が流れ落ち、泣いているのだと理解した。

 本当なら号泣したい。この心優しい女性の胸を借りて、思いっきり泣きたい。


 けれど、まだやることが残っている。


「ありがとう。アヤ、チヒロを助けに行こう」

「うん、そうだね」


 そして、真剣な表情二人が足を向けた先では──


 チヒロは、満身創痍で立っているのもやっとなはずなのに、レライエと互角に戦っていた。

 さらには、その超人的な反応速度でレライエの攻撃を読み切り、完全に避けて自分は一撃を入ている。これには流石に私たちは驚いた。

 お腹に空いた大きな傷口。額からも血が流れており 、片腕を損失したレライエは苛立ちが募ったのか、まだ残っているもう片方の腕をダラリと垂らし、怨嗟の目でチヒロを睨んでいる。


 激しい拳の応酬はまだおこなわれて いた。


 レライエの顔左半分が陥没した思えば、今度はチヒロが鼻を殴られて鼻血を出す。

 そうしたやりとりが暫くしばらく続いた後、先に限界を迎えたのはレライエだった。ナイフで切り裂かれ、青紫色の血を流しながら倒れ伏す。


 何を話しているかは気になり、耳をすませる。


「ここにもはや財宝はない。あるのは、私を見事討ち果たし栄誉だけだよ……ハハハ」

「そっか。お前も相当強かったよ」

「フ……良い戦いだったよ」


 すっかり性格が軟化したレライエに、チヒロは言葉をかけてやる。

 もしかすればレライエの魂よりも、今の穏やかな彼の方が本来の魂の方が強かったのかもしれない。レライエは少しの間チヒロと話すと、やがて息絶えた。


声をかけるなら今だ。


「たいへん。チヒロ、すっごい血の量! このままじゃ、死ぬ」


 私の発言を受けて、アヤの顔は真っ青に染まる。


「そ、そんな! 何か打つ手はないんですか!?」

「あるにはある。けど、まだあるかはわからない」

「いいから、教えてください!」

「さっきチヒロが私を助けてくれたときのポーション。あれさえあれば、なんとかなる、とおもう」


 確かに本数はまだ残っていたはず。

 チヒロは腰のポーチからポーションを取り出して蓋を開けると、中身を飲み干す。


 すると、傷口がみるみるうちに塞がっていった。


 安堵するのもつかの間、レライエのその死体が変形して生まれてきたバケモノ。

 

 これについてはもう語る必要もないだろう。チヒロはわたしたちを守るためにたった一人で戦い、悪魔を撃破した。

 レライエの魂は、今度こそ安寧に還っていったのだろう。



 ◇◆◇




「皆……うん。うん……今は信じるね」


 小鳥遊はキューブに向かって話しかけている。

 ああ、そっか。あんまりリスナーとの交流がないのは、私だけだったなあ。


 若干の恥ずかしさはある。

 自分には、小鳥遊のような強さも、可愛さも、東雲の実力にも及ぶことなんて到底ないのだから。


 だが、今はそんなことを考えている状態じゃなかった。

 チヒロは空虚な目をして、虚空を眺めている。

 もう倒れる寸前だろう。


 そして私たちの存在に気がつくと、いつも通りの呑気な笑顔でこちらに手を振ってきた。


 それを見て、私はホッとする気持ちになるのだった。

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