第7話 スタンピード その②

「へあ~、流石にちょっと疲れたかな」


 俺は近場にあった岩に座って、小休憩を挟む。

 腰のポーチの中に入っていた水筒の蓋を開けて飲むと、冷たい水が俺の乾いた口を潤してくれるのを感じた。


 :おつかれさん

 :主もようやっとる

 :もう32体くらい殺したところから数えるのやめたわw

 :あれって全部深層級のモンスターじゃん。これ主いなかったらヤバかったんじゃ?

 :あやちゃん、主の言った通り表で避難指示ちゃんとしてくれてるみたいだぞ


「お、そっか。それはよかった」


 やはり小鳥遊は賢い子だ。

 冷静になれば状況判断も的確にやれるし、正義感も持っている。


 それと同時、これから自身の身を襲う面倒くささに気持ちが沈むのも感じる。

 こんなところで休んでる場合じゃないな。

 自分を叱咤して、立ち上がった。


 ふと見渡せば、辺り一面の血、血、血。それから肉塊。

 全部俺が殺した魔物たちだ。


 まあ、もう少しすればその死体も消えてダンジョンに取り込まれるんだろうが。


 何匹殺したっけ……俺もリスナーのコメントと同じように、50体ほど倒してから数えるのはやめた。だって仕方ないじゃないか、あいつら数が多すぎるんだもん。


 :さすがにこれだけやれば、後は遅れてくる討伐隊に任せればいいんじゃないですか?

 :東雲さんが凄いのは充分分かったけど、これ以上は危険ですよ

 :へーきへーき ↑

 :初見さんたち安心しな、この男バケモンだから

 :そうそう、下層・深層程度の魔物なんてちょちょいのちょいよ

 :東雲さんのリスナーさんたち? は心配じゃないんですか?

 :心配っていうか、もうその感覚に麻痺したっていうか……w


 うちのリスナーはもう慣れ切っているみたいだが、小鳥遊のリスナーはそうもいかない。まだ半信半疑みたいだ。ならしょうがない。


「わーったわーった。なら証拠見せてやるわ、これ以上進んで狩ってってやるのも面倒くさいし、っと!」


 言いながら、俺は解体用のナイフを自分の腕に当てて、思いっきり切り裂いた。

 あまりにもベタな手法。そして、危険度が段違いに上がるから本来ならやってはいけない行為。だから、他にダンジョンに誰もいないときにしかやれない荒業。


 ドバドバと溢れ出る血を尻目に、俺は大声で叫んだ。


「やっほー! あたいマジカル戦隊ピュアダンジョンズ、アイドル担当のちひろん、今日も皆のハートを打ち抜いちゃうよんっ!」


 ついでに顔の横でピースするのも忘れない。


 すると、凄まじい数の熱量がこっちに近付いてくるのが分かった。


 魔物の好物は、人間の血肉だ。

 そして、その量が多ければ多いほど、魔物はその鋭敏な鼻で察知してこちらへやってくる。傍から見れば異常者だろう。だが、俺には関係ない。


 :ひろろんてwwwww

 :やばいお腹痛いwww

 :なにやってるのこれ!?

 :マジで頭いかれちゃった!?

 :こwれwはwひwどwいwww

 :みんなこれ絶対真似するなよ、普通に死ぬどころか他の探索者まで巻き込む

 :こんなん痛すぎて真似できねえよww

 :イタいだけになwww

 :もうお前一生コメントすんな ↑


 ある程度血が流れて、魔物の気配も十分なことを察知した上で、俺はポーションを自分の腕にバシャバシャとかけた。

 傷はみるみるうちに塞がっていき、今じゃ傷跡が残らないどころか痛みもない。


 よしよし、作戦成功。


 ここは下層の中でもだいぶ広い方。

 思う存分暴れることができるだろう。


 手始めに大口をあけてこちらに突っ込んできたサラマンダーを口の端から尾の先まで横一文字に切り離す。

 次、毒液を吐いてくるナーガの元へ駆け寄り、毒液を吐く前に頭部を切り裂く。


 次、次、次……。


 それから5分後。

 集まってきたモンスターはあらかた倒した。

 まだ息のあるモンスターに近付きつつ、その頭に剣を突き刺して楽にしてやった。


「ま、こんなもんかな」


 チラリとホログラムを確認し、俺は目をかっぴらいた。


「は、はぁ!?」


 50万人。


 人気のダンジョン配信者でもそうそうお目にかかれない数字が、そこには並んでいたのだ。俺は思わず後ずさりして、近くにあったモンスターの死骸につまづいてすっ転んでしまう。


 :かわいい

 :東雲ドジっ子属性萌え

 :うーん、このギャップwww

 :俺二窓してるけど、外で凛々しく警護してるあやちゃんと違ってこいつときたら……w

 :もう俺らのことなんて気にしなくていいから、主は主で集中してやっとけw


 普段の連中とは違う俺へのイジリに、思わず赤面してしまう。

 だけど、こんなもんじゃ終わらないよな。


 暴走スタンピードの脅威はこれだけで収まるほど甘くない。


 たまたま血気盛んな奴らが集まってきただけで、もっと凄い数の奴がいるはずだ。

 だが、もしもそうでなかったら・・・・・・・・

 そんな俺の不安を煽るように、大きな咆哮がダンジョンの奥で響き渡った。


「ッ!」


 それを聞いた瞬間、俺は再び地を蹴り出す。


 今回の一連の事件、どうにも怪しいと思っていたんだ。

 神谷町は洞窟型のダンジョン。必然、彼らに縄張りのようなものはない。


 相手が人間だろうが魔物だろうが、容赦なく生命の奪い合いをする。


 明確なルールのようなものはないが、互いに協力し合うのは同種の魔物だけだ。

 それが、一致団結して戦っている。何かがおかしい。

 だが、今ので辻褄があった。あの咆哮、恐らくは竜種の鳴き声だ。


 魔物が利害関係の一致で共闘しているとしたら?

 魔物が操られているとしたら?

 魔物が餌として自らの身を捧げに行っているとしたら?


 それなら頷ける場面もある。


 上層から下層の魔物は、あの鳴き声を聞いて逃げるどころか、むしろ向かっていってしまったのだろう。現に、俺も先程の鳴き声を聞いたあとに、正義感や倒すべき相手とも違う認識を持ってしまった。


 ああ、もっと近づきたい。

 近付いて一目見てみたい。


 そんな気持ちだ。


 深層の魔物や俺が抵抗できたのは、恐らくタフネスの強さゆえだ。


 だからこそ、深層の魔物はこぞって脱出しようと下層にまで出てきていた。

 結局彼らは俺に狩られたが、彼ら自身には何の悪意もなかったのだ。


 だからこそ、人はこう呼ぶ。暴走スタンピードと。


 道中、すれ違う魔物は全て切り伏せた。

 よしんば彼らが被害者だったとしても、地上に出ていい理由にはならないから。


「クソッ……!」


 走りながら、悪態を吐く。


 道理で他の探索者の姿も見えないわけだ。

 大方、あの鳴き声の主に釣られて深層を目指した結果、その正体に喰われたか他の魔物の餌になったのだろう。


 :主のこんな切羽詰まった顔、久々に見た

 :そんなにヤバいん?

 :多分、この感じ相当ヤバいんだろうな

 :っていうか早すぎて見えない

 :俺も一応探索者だから知識として知ってるだけだけど、主がここまで倒してきたやつ全部深層モンスターだよ

 :ファッ!?

 :え

 :マジ?

 :東雲さん相当なバケモンだな


 コメント欄も賑わっているようだが、今はそれを気にしている様子もない。


 なんとか深層の最奥手前まで辿り着いた俺は、一旦キューブに目を向ける。


 :あ、こっち見た

 :やっほー!

 :主、ひとりで大丈夫か?

 :動き止まったってことは、スタンピード収まったってこと?

 :すごいよ東雲さん!

 :主、まだ何かあるみたいな顔してるな

 :え

 :え

 :え

 :はい?


 流石は昔から俺の配信を見てくれているリスナー。

 小鳥遊のリスナーたちは困惑しているようだが、大正解だ。

 俺は深く深呼吸をすると、キューブに向かって言った。


「大正解。多分この奥に、今回の一連の事件の犯人がいるわ」


 次の瞬間、またしても聞こえる咆哮。


 :なにいまの

 :まさかドラゴン?

 :何かこう、体がゾワってした

 :わかる。俺もちょっと嫌な気分になった

 :どうしよう、なんかダンジョン潜りたくなってきたんだけど

 :やめとけ、自殺行為だぞ。でも気持ちはわかる。俺も今の咆哮聞いてから無性にむずむずする

 :さすがにふざけてる場合じゃないみたいだな、主、なんとかしてくれ

 :≪彩矢チャンネル≫東雲さん、死なないで!


 そのコメントが目に留まった瞬間、俺は頷いた。


「任せとけ」


 そして俺は踏み出す、地獄の一歩へと。

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