第8話 スタンピード収束

 ダンジョンの階層と階層のつなぎ目。

 通称ボス部屋。


 もちろん全てのダンジョンにそういったものがあるわけではない。

 が、ここ神谷町ダンジョンには存在する。

 本当は自分の実力、タイミングでここに来たかったのだが……今さら過ぎる願いだろう。


 ダンジョンの中央に鎮座するは、巨大な青紫色の竜。

 いや……あの風貌は竜じゃなく龍だろうか?


 まぁ何でもいい。俺は双剣を抜き払うと、だらりと腕を垂れ落として構えを取った。今の俺の状況では、最強の戦法だ。


『グオオオォォォ……』


 龍はのそりと首を持ち上げ、こちらを睥睨する。

 その周りには、池と見間違うほどの赤い血だまり。

 中には、ちらほらと探索者が身に付けていたであろう武器が転がり落ちている。


「やっぱ犯人はお前か」

『…………』


 龍は当然のことながら何も返事をせず、ただじっとこちらを見つめている。


:ドラゴンとか初めて見たわ

:それなすぎる。だってドラゴンなんてダンジョンができた今でも空想上の生物って扱いだろ?

:いうて深層なんてほとんど誰も来たことないから情報が出回ってない

:いくらボス部屋といえども、倒した敵はリスポーンしないはずじゃ

:ってことは、主が初のクリア者になるのか!?

;フラグやめれ

:東雲さん、さすがに無理ですよ! 逃げたほうがいいですって!

:もうここまでよく頑張ったよ! あとは他の奴らに任せろ!


目まぐるしく流れていくコメント欄の中から、見かけたアカウントをちらほらと見つける。どいつもこいつも、俺がこうなる前から見てくれていた奴らだ。


「ハッ、嫌だね。こんなところで逃げちゃ男が廃るわ。それに、ここで背を向けたところで攻撃がビターン。そこらの探索者と同じ末路になるだけだ」


:もう何も言うまい……

:主、良い奴だったぞ……

:フェリアたんのためにも生きて帰ってこいよ!


「おうともさ!」


リスナーのコメントで脳裏に浮かんだのは、最愛の美女、フェリアたん。

まだ育成も途中で、見れていないキャラエピソードだってあるんだ。しかもフルボイス付きで。


それを堪能するまで、俺は死ぬわけにはいかない。


「来いよクソトカゲ。先手は譲ってやる」


俺は剣を肩に担ぎながら、顎をしゃくって龍に挑発する。

言葉が通じたのか、それとも俺の挑発が癪に障ったのか、龍は怒り狂った鳴き声を上げてこちらに突進してきた。


とはいえ、相手の大きさは二十メートル前後。

でっかいアパートが突進してくるようなものだ。

だが俺は、あえて剣で反撃しない。


「ぬん……ッ!」


両手を使って、龍の顔面を受け止める。


:は?

:いやいやいやwww

:嘘でしょ?

:何が起こってるの!?

:い つ も の

:舐めプにもほどがあるwww

:人が死んでんだからネタに走るな!w


「ネタじゃねえよ! だってこいつめっちゃ硬そうだし、普通に戦ったら剣が刃こぼれしそうじゃん!?」


そう反論する俺だったが、


:だからって普通の探索者は素手でドラゴンと相撲しないんよwww

:コメント欄読んでないで集中しろ!w

:こっちが気絶しそうになるわ、心配でwww

:初見だけどなにやってるんですかこの人……

:ドラゴン素手で受け止めてる ↑

:俺、探索者としての自信なくしそう……

:探索者ニキ元気だして、こいつが異常なのはいつものことだから

:俺いま手元に魔物図鑑あるから調べてるけど、そいつディーバドラゴンっていうっぽい

:どんなやつなん?

:歌で獲物を惹きつけてそのまま捕食するらしい

:え、じゃあさっき俺が無性にダンジョン行きたくなったのって……

:可能性あるね、まあ俺からしたら全然歌には聞こえなかったけどwwっw


へえ、ディーバドラゴンっていうんだ。

でもまぁ、魔物図鑑に載ってるってことは、大した奴じゃないのかもしれないな。


「それじゃ、お相撲さんごっこは終わりですよ、っと!」


俺は腕に力を入れて、ディーバドラゴンを空中高く放り投げる。


『ゴアアッ!?』


壁を蹴って驚いた表情のディーバドラゴンの上空まで跳ぶと、偶然目が合った。


「下へ参りまーす!」


そのまま落下エネルギーを利用して、ディーバドラゴンの白く無防備な腹にかかと落とし。更には空中でくるんと回転して、両手で連撃を繰り返す。


「ホラ、ホラ、ホラホラホラァッ!」


かくして地響きが鳴り響き、土ぼこりが目に入る。


「いって……ふええ、目に砂入っちゃったよぉ」


ごしごしと目を掻きながら、ディーバドラゴンの元へと近づいていく。


:…………

:…………

:………

:……………………

:え?

:え?

:え?

:いやいやいや

:なにいまの

:ヤバすぎ

:なんでこの人平然としてるの

:これはヤバい


ひとまずコメント欄は無視!

やがて砂煙が晴れると、息も絶え絶えなディーバドラゴンがそこにはいた。

恨みがましい目でこちらを見てくるが、そんなものはお構いなしである。


だってこいつ、人のこと喰っちゃったし。

それに、こいつのせいで暴走スタンピード起きちゃったし。

何かもう、色々自業自得としか言いようがない。


とはいえ若干。ほんと~~~~~うに若干、可哀そうな気がしないでもないので、せめて一太刀で終わらせてやることにする。


『ガ……ゴア……ガアアアアッ!』


すると、ディーバドラゴンは口になにやら青い炎を作り始め、俺めがけて発射してきた。まぁ、手負いだし避けるのは簡単なんですけどね。


最後の一撃を避けられたことに絶望したのか、ディーバドラゴンは全てを諦めたかのように首を地面に倒した。


「うんうん、素直な子はお兄さん好きだぞ~」


ニコニコと笑いながらディーバドラゴンの首筋目掛けて、剣を振り下ろした。

鱗に覆われていない無防備な首だったため、刃は容易に入った。


一瞬で絶命したディーバドラゴンの死骸の横に座り込み、パーカーのポケットに入ったタバコに火を点ける。これでやっと一息つけるな。


「フゥ~……」


コメント欄を見ると、あれよこれよと大騒ぎ。

ま、無理もないか。ディーバドラゴンを倒したあたりで、胸の中のモヤモヤも晴れたし解決したと見ていいだろう。


:暢気にタバコ吸ってて草

:おい主、責任説明果たしてやれよw

:これがいつもの主

:分かるよ、一仕事した後のタバコって格別だもんな

:何がどうなったんですか!?

:え、マジでディーバドラゴン倒したの?

:A級探索者だけどマジで何が起きてるかわからない


「あー、間違いなく死んだよ。ほら」


俺はぐったりとしているディーバドラゴンの腕を掴んで、パタパタ上げ下げして見せる。まぁ、思ったほどの強さでもなかったわな。ちょっとがっかり。


:死体で遊ぶなwww

:そのうち動き出すんじゃないかってヒヤヒヤしてる

:生きててもまた速攻で主があそ……ゲフン、倒すべ


ウチのリスナーも大分慣れてきてるな。

最初の頃なんて、今の初見と同じようなリアクションしてたのに。


煙を吐きながら、天井を見上げる。


ダンジョン内には、無数に煌めく不思議な鉱石が眠っている。

だから、ランタンやら松明トーチなんて必要ないのだ。


改めて、幻想的な光景だなぁと思う。

まるでファンタジーのようだ。そんなことを言ってしまえば、ダンジョンに出て来る大概の魔物もそうなんだけどな。


「あ、そうだ」

 

 思い出したように俺は言う。


「小鳥遊さんどうなった?」


:あー

:さっき一瞬コメント欄にいたよな

:でもあっちの配信も大盛り上がりしてる。主に悪い方向だけど

:そりゃスタンピードが起きるかもなんて言ったらそうなるか

:まぁ炎上してるわけでもないし大丈夫だべ

:今はスマホ見てないみたいだよ、避難誘導で大忙し


うんうん。それが聞けて何よりだ。

だけど、もう一つやることが残っている。


「悪いんだけどさ、ここ、今小鳥遊さんのリスナーもいるでしょ? 誰か小鳥遊さんに鳩飛ばしてくれないかな? こっちは片づけましたーってさ」


:了解!

:まかせてください

:ちょっと行ってきます!


恐らく小鳥遊リスナーの人たちが解決しに行ってくれたようだ。

内心で感謝するが、それ以上に厄介なことを思い出して思わず頭を抱えてしまう。


「あああああ……これからどうすっかなぁ」


問題は解決した。これで普通の探索者たちもまた、このダンジョンに潜ってくることができるだろう。さっき見つけてしまった探索者連中の遺族たちは悲しむだろうが、それこそ知ったこっちゃない。もちろん、気の毒には思う。けど、俺にしてやれることは何もないのだ。


それに、深層フロアのボスも倒してしまった。

これからは探索者たちも気軽に深淵に挑めるようになるわけだし、死人もバンバン増えるだろうなぁ。でも、俺のせいじゃない。


あと問題なのは、小鳥遊 彩矢だ。

なんとなく、彼女とはこれからも関わることになりそうだ。

俺としては勘弁願いたいというのが事実。陰キャはソロプレイが至高なのだ。

あんな国民的美少女と近くにいるだけで、気が滅入ってしまう。


「ま、悩んでても仕方ないわな! やれることをやるしかない!」


俺は立ち上がると、先程までディーバドラゴンが鎮座していた場所に向かい、ドッグタグを拾い集めた。血の粘り気が鬱陶しいが、そんなことを言ってちゃ探索者なんてやれないしな。

無事にドッグタグを集め終えた俺は、ボス部屋を後にする。


それから歩くこと1時間半。ようやく太陽の光が見えてきた。

といっても、その色はオレンジ色。もう夕方になってしまったようだった。


小鳥遊が事態の収束を広めてくれたおかげか、ダンジョンに入る前と変わらない活気がそこにある。誰もがほっとした顔をして、街を歩いていた。


「東雲さんっ!」


不意に、誰かが横から抱き着いてくるのを感じた。

この声、聞き忘れようはずもない。小鳥遊だ。

こんなに人目があるところでやられるのはちょっと勘弁願いたい。


だが、小鳥遊はそんなものおかまいなしとばかりにぐりぐりと頭を擦りつけてくる。

まあ、当たってるのは頭だけじゃないんですけどね! 見た目に反して何この大きさ!


「あー、はい、まぁ、お疲れ様です」


緊迫した空気が抜けたからか、俺の口調もいつも通りのものに戻っていた。


:美少女に抱き着かれるとか裏山

:これはご褒美にしてもお釣りがでるレベル

:っし、俺もいっちょ探索者になって本気出すか……

:やめとけ、お前みたいなのじゃ上層で死ぬのがオチだw

:俺いままであやちゃんのガチ恋勢だったけど、あんなの見せられたら妬くこともできないわ……レベチすぎる

:それな

:わかる。東雲ならあやちゃんとくっついても血尿と血便と血涙だけで済むわ

:重症定期


小鳥遊をほっといてコメント欄を読むと、まぁまぁ適当なことみんな言ってくれるじゃないの……。別になんでもいいけど。小鳥遊が見たら気を悪くしちゃうからやめな?


俺は上空を見渡すと、溜息を吐いた。

遠くではカラスが鳴いている。


こんな光景を、あと何回見られるのかな……。


感慨にふけっていると、体を離して小鳥遊がこちらを見た。


「ん、どうしました?」

「あの、その、よかったら今度ごはんでもいきませんか!」

「へぁい!?」


予想外の攻撃に、思わず変な声が出てしまった。


冗談じゃない。別に全く俺にそんな気はないが、傍から見ればデートのお誘いそのものだ。ギギギ、と首を動かしてコメント欄を見ると、『草』だの『いっけえええ!』だの、押してほしくもない背中をガンガン押してくるリスナーたちのコメントが目に入る。


俺は咳払いをし、なるべくにっこりとした爽やかな表情で小鳥遊に告げる。


「た、小鳥遊さん? あなた人気絶頂中のダンジョン配信者アイドルだってこと、お忘れで?」

「いいえ? 忘れてないですよ?」

「そ、それならリスナーの皆さんは? ほら、男の影があると皆怒り出すんじゃ」

「そのことなら大丈夫ですっ! 皆、応援してくれてますから!」


小鳥遊はそう言って俺に肩を密着させると、見やすいようにホログラムを操作してくれる。


:男見せろ東雲ェ!

:リスナーが女の子の配信者を他の男とくっつけたがるとか前代未聞で草

:いけー! 押し倒せー!

:やってみせろよ千紘、なんとでもなるはずだ

:お前以外だったら殺してたけど、お前ならいいよ

:むしろ東雲しかいない定期

:断ったらお前のこと燃やすよ。徹底的に


「いやこわっ」


特になんだよ、最後の燃やす発言。ヤバすぎだろ。


「ねっ?」


その横では、可愛らしく微笑んで首を傾げる小鳥遊。

その笑顔を見て、断って悲しむような真似はさせたくないと思ってしまった。

いや、それは言い訳だ。こんな美少女と関われる機会を得られたのだ。


俺は頷いて、了承の返事をするのであった。


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