第6話 スタンピード その①

 小鳥遊が去ったあと、俺は魔物の死骸の上で一つ溜息を吐いた。

 別に苦戦したとかそういうわけじゃない。

 ただ、なんとなく面倒くさかったなーとか、そんな感情である。


 ヘルハウンドはアキレス腱を切って動かなくなったところで首から切り離して終わり。サラマンダーはアホみたいに火球を吐いてくることしか脳にないため、接近して顎下から剣をぶっ刺して終わり。デーモンは言わずもがな。


 まあ、おかげで準備運動にはなったかなと言ったところだ。


「ま、これじゃ終わらないよな」


 :相変わらず主やばすぎwww

 :俺も前は探索者やってたけど、この物量相手にソロは正気の沙汰じゃないんよ

 :有識者ニキおっすおっす

 :ネキかもしれないだルォン!?

 :主なら、あるいはワンちゃんある……ってコト?


 コメント欄の反応も上々。

 彼らは、俺が配信を始めた頃から来てくれている、いわば古参だ。

 こんな奴らよりもっとヤバい魔物を相手にしたこともあるので、この程度じゃ驚かない。


 まったく、今相手にした魔物は全部深層級の魔物だっていうのに、落ち着いて見てやがる。それがありがたいっちゃありがたいんだけどな。


 とはいえ、気は抜けない。

 デーモンもそうだったが、今のはオードブル。

 メインディッシュはまだまだこの先にいるだろう。


「んじゃまぁ、とりあえず深層行くか」


 :まあそうなるよな

 :俺にわかどころか探索者経験ないけど、そうするべきなのはわかる

 :死ぬなよ、主!


「わーってるわーってる」


 心配してくれる声に適当に返すが、深層なんて余裕のよっちゃん。

 今までに何度も潜ったことがあるんだ。そうヘマはやらかさないだろう。

 まぁ、そんな油断が命を落とすこともあるので、警戒は必然だが。


 深層に入ると、そこはいつものダンジョンのように魔物の唸り声や鳴き声が響き渡っていた。どうやら、当たりみたいだな。それでも、上層から下層までモンスターが出ないことなんてありえないんだけどな。


 その疑問は一旦頭から追い出すことにする。

 どうせ今からその元凶は探すことになるんだし。


 そう思いながらコメント欄を見て、俺は硬直した。


 :あやちゃんのところから来ました!

 :デーモンをソロで討伐するバケモノがいると聞いて

 :ここってまさか深層ですか!?

 :スタンピード食い止めるってほんとですか!?

 :あやちゃんのこと助けてくれてありがとう!


 あやちゃん。

 恐らく小鳥遊のところのリスナーだろう。

 表で周辺警護をしてくれている小鳥遊の配信から、こちらになだれ込んできたというわけだ。


「あー、えー、えっと」


 途端に、俺はしどろもどろになってしまう。


 :祭りキター!!!

 :凄いじゃん主、同接見てみろよwww

 :今夜はお赤飯だな


 コメントに釣られてホログラムを見ると、同時接続数が凄いことになっていた。


「うぇ!? じ、10万!?」


 しかもそれは、更新するたびにどんどん増えていく。


「あー、無理。やばい、助けてお前ら。これ以上は俺の心臓がもたない」


 俺は若干過呼吸気味になりながら、自分のリスナーたちに助けを求める。


 が、


 :こんなチャンスまたとないじゃんw

 :主の意向で今まで拡散せずにいたけど、これはもう止めようがないwww

 :え、東雲さん緊張してるんです? かわいいですね!

 :東雲てぇてぇ


「だーっ! もう!」


 頭を抱えて叫びだしたくなる状況だというのに、首筋にチリッとした気配を感じた。

 魔物が近づいてきている。


 瞬時にモードを切り替えて、魔物の迎撃をすることに。


『ガルルルルァ……』


 そこにいたのは、ライカンスロープ。

 獅子の頭に毛むくじゃらで四つん這いの人間の体を合わせたモンスターだ。

 体長は6メートルほど。見上げるのも首が痛くなるので億劫だ。


「おっ、今日まだ出会ってないモンスターはっけーん」


 :のんきに言ってる場合じゃないって!

 :東雲さん、さすがに危ないんじゃ!?

 :安心しろ初見さんたち。こいつ何回も狩ってるから

 :最初の方は前脚で目やられて「目がああああ!」とかふざけてたなw

 ;なんでそんな楽観的なんですか!?

 :そりゃあね……

 :だって主だもん


 ライカンスロープは高く飛び上がるとその鋭い爪を使って壁に登り、勢いよく前脚についたブレードを使ってこちらを切り裂こうとしてくる。


 が──


「ほいっと」


 俺は難なく右手に持った剣でその爪攻撃をいなし、お返しと言わんばかりにがら空きになった横腹に左手のナイフを抉り入れる。


『グルギャアアア!?』


 うんうん、中々の痛手になったみたいだな。

 俺はジャンプして未だ痛みにもがき苦しむライカンスロープの上に飛び上がると、首筋にナイフを突き刺した。


『…………』


 程なくしてライカンスロープは撃沈。

 再びダンジョンに静寂が訪れた。


 :おわあああああああああ!

 :深層級のモンスターをこうもあっさり……

 :はは、俺もう探索者やめるわ……

 :落ち着け ↑

 :こんなの世界の上位者の中でも上澄みの上澄みだろ

 :なんで今まで日の目を浴びなかったのか

 :ああ、うん、それはまぁね

 :主に厳しい緘口令しかれたから……


 それを見る俺は、もはや諦めの境地。

 人が来るようになってしまった以上、俺にはどうすることもできない。

 まぁ、どうせ小鳥遊ブーストのおかげだろう。皆すぐに離れていくさ。


 気を取り直して、探索再開だ。

 既に小鳥遊と離れてから数十分。彼女が俺の意志をしっかり汲み取ってくれたのなら、今頃は外で避難誘導に当たってくれているはずだ。


 いくら暴走スタンピードとはいえ、一斉に全ての魔物が襲い掛かってくるわけではない。だからいくらか、歩行スピードでも優位がある。


 さっきまで暇だったというのに、おかげさまで楽しくなってきた。

 俺はもしかたしたら──いや、もしかしなくても戦闘狂なのかもしれない。


 今度は同時に魔物が現れた。

 デーモンとライカンスロープだ。更に厄介なことに、デーモンはライカンスロープに跨っている。デーモンライダー、たしかそんな名前の奴だったはずだ。


『ガッガッガッガッガ』


 デーモンは相変わらず気持ちの悪い笑い声を上げながら、ライカンスロープに指示を出すと一目散にこちらへ向かって駆けてくる。その速さは、時速120キロを優に超える。まるで高速道路でかっ飛ばす自動車並みの速度だ。


 だが、それがどうした?


「はいはい」


 素早い動きというのは、往々にして衝突したときに余波がやってくる。

 俺は掌底をライカンスロープに当ててやる。その勢いでライカンスロープの顔面はぐしゃぐしゃに陥没し、後ろに乗ったデーモンも吹っ飛ばされた。


 後はゆっくりと近付いて、デーモンの首に剣を突き刺して終わりだ。


 :はいいいい!?

 :え、いまあの魔物のこと素手で殺したよね!?

 :なにこれ、どうなってるの!?

 :知ってた

 :まあ何度か見たことあるしな、主のこれw

 :ライカンスロープくんかわいそう

 :え、ライカンスロープってあのライカンスロープ!?


 俺のリスナーたちは冷静な一方で、小鳥遊のリスナーから流れてきたコメントは驚き一色で染まっているらしい。まぁ、無理もないと思うよ。

 だってプリ──もとい、暴走自動車が全力でアクセル踏んだのを片手で止めたようなもんだしな。


 それからも度々集まってきた魔物を危なげなく倒しながら、深層のダンジョン探索はするすると進んでいくのであった。

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