第5話 私にできること


 ずっと、私はできる人間だと勘違いしていた。


 19歳という年齢にして、下層に潜れる実力。

 危ない場面は多少あったにしても、それでも何とか自分で道を切り開いてきたから。


 けれど、そんな矜持は容易く折られてしまった。


 今も、さっきのデーモンからの逃亡劇が忘れられない。

 今の私では絶対に届かない相手がいると、思い知らされてしまったから。


 それに──


「凄い……」


 目の前で戦っている男性──東雲 千紘。

 彼の戦闘能力は、あまりにも常軌を逸していた。

 次から次へと襲い掛かる魔物を、涼し気な顔をして屠っている。


 彼が一度剣を振れば、魔物は次々と肉塊に代わっていく。


 :なにあれ……

 :俺も探索者として長いことやってるけど、あんなバケモノは見たことない


 バケモノ。

 リスナーのコメントを見て、図らずも同じ感想を抱いてしまった。

 相手は見たこともない深層の魔物たち。

 そんな相手に本来なら適うはずもないのに、東雲さんは手傷ひとつ負うこともなくどんどん斬り込んでいく。


 力なく握った棍が、ぷるぷると震えていることが分かる。

 そこには、恐怖という感情もあっただろう。

 けれど、興奮していたのもまた事実。


 私は先程のデーモンに、手も足も出なかった。


 だというのに、東雲さんは涼し気な顔で、先程より数が増えたデーモンなんてお構いなしで、どんどん斬り込んでいく。

 一体どれだけの経験を積めば、あの領域まで辿り着けるというのだろうか


 東雲さんは地を蹴り、壁を走って、魔物の裏に飛び込む。

 そして、一閃。深層モンスターで有名なヘルハウンドが、瞬きした次の瞬間には物言わぬ肉塊と化す。

 サラマンダーの火球などお構いなしと言わんばかりに、手に持っていた剣で火球を切断すると、そのままあっという間に接近して下顎から剣を突き刺す。

 そこを狙ったデーモンの槍攻撃でさえ、背後からの奇襲だというのに完全にいなして反撃。お腹の辺りから肩まで逆袈裟に切り裂かれたデーモンが崩れ落ちる。


 それを見て、分かってしまった。

 今の私は完全にお荷物な存在だと。


 あんな人と共闘? ばかばかしい。

 私がのこのこついていったとして、ただ彼の足を引っ張るだけだろう。

 ただ黙って見ていることしかできないのが無性に悔しい。


 それからものの数分もしないうちに、彼はあれだけいた魔物の群れを殲滅してしまっていた。


「これで終わり、っと」


 東雲さんは手にしていた双剣をピッと振り払い、血糊を落とす。

 それから、優し気な表情でこちらを振り返った。


 今こんな気持ちを抱くのはおかしいが、心臓がドクドクと音を立てて鳴っている。


「ひとまずの露払いはできたかな。多分その様子じゃ大丈夫だろうけど、怪我は?」

「あ! あの、おかげさまで無事です」

「それはよかった」


 東雲さんはそう言うと、にこりと笑う。

 心臓の音がうるさい。


 :嘘だろ

 :え、あれ全部ひとりでやったの!?

 :っていうかこれ完全にスタンピードの前兆じゃん

 :何者か知らんがヤバすぎ!

 :さっきはアンチコメしちゃったけど、どう見てもあれは本物

 ;俺も探索者だからわかる。あの人はヤバい


 リスナーさんたちもびっくりしている。


 東雲さんは軽く息を吐くと、こちらの方へやってきた。


「これで分かったろ、もうじき暴走スタンピードが起こる」


 もはや誰も、彼の実力を疑う者はいないだろう。

 私は震えながら頷いた。今の私は完全にお荷物だ。


「なにか、なにか私にできることはありませんか?」


 それでも──それでも何か役に立ちたい。

 このままここで指を咥えて見ているなんて、私にはできない。


 東雲さんは一瞬困った表情を見せると、ぽりぽりと頭を掻いた。


「んー、それじゃあ、ダンジョンの外に出て皆に危険を周知してくれないか?」


 その発言に、一も二もなく私は頷いた。

 本音を言ってしまえば、彼の傍で戦いを見ていたかった。

 でも、それが彼の足を引っ張るのは目に見えている。


「多分、小鳥遊さんほどの影響があれば、皆疑うこともなく従うはずだからさ」


 そう言ってにこりと笑う彼の顔からは、もう先程の鬼神のような表情が完全に消え失せていた。


「分かりました。ダンジョンの内部のことは任せます、でも、本当に大丈夫なんですよね?」

「もちろん」


 爽やかな笑顔でそう言われてしまえば、もう何も言うことはできない。

 私は頷くと、言った。


「わかりました。でも、絶対に死なないでくださいね!」

「任せてくれ」


 それだけ言うと、私は一目散に来た道を引き返して走り始めた。

 それから少しして、また魔物の鳴き声。

 きっと第二波が来たのだろう。心配な気持ちを抑えて、私は走り続ける。



 ◇◆◇



 あれから、なんとかダンジョンの入り口まで戻ってきた。

 やっぱり、魔物との遭遇はないままだった。


 外に出れば、夏日ということもあり眩しい日差しが容赦なく襲ってくる。


 私は肺にいっぱい空気を吸い込んで、それから叫んだ。


「皆さん! まもなく、この神谷町ダンジョンでスタンピードが起きるかもしれません! 急いで避難してくださいっ!!」


 その声に、通りを歩いていた人たちはざわめく。

 当然だろう、いきなり現れた少女が、とんでもないことを言っているのだから。


「なんだあの子……」

「え、今スタンピードって言ってなかった?」

「質の悪い冗談だろ、ほっとけって」

「いや、でもあの子見たことあるよ。もしかして……小鳥遊 彩矢ちゃんじゃない!?」

「ほんとだ! すっげー可愛い!」

「え、でも彩矢ちゃんほどの有名人がそんなこと言うって……まさかほんと?」


 ざわめきは次から次へと隣の人へ浸透していき、やがてそれは大きな混乱になった。


「うわあああ、逃げろ!」

「ちょっと待ってよ、置いてかないで!」


 人々は慌てて避難行動を始める。

 普段ではありえない現象に、皆パニックとなったのだ。

 幸いなことに、周囲には警察や探索者の姿もあり、避難誘導を手伝ってくれている。


 できることはやった。


 D-Cubeに目を通すと、コメント欄も大騒ぎだ。


 :やべえええ

 :ひとまずあやちゃんが無事でよかった

 :でもさっきの人大丈夫かな?

 :中で何が起こってるか知りたい

 :マジであの人何者なんだ

 :底辺ダンジョン配信者って言ってたよな?

 :特定班仕事まだ!?


 普段なら、配信で他の人の話題を出すのはご法度だ。

 だが、今回に限ってはそうも言えない。

 東雲 千紘。あの不思議な青年には、まだちゃんとしたお礼も言えてないのだ。


 もしかしたら、とダンジョンの入り口で警備をし、いつでもダンジョンから魔物が現れても対処できるように棍を構えつつも、彩矢はコメント欄を見続ける。


 :あった! もしかしてこれじゃね!? URL...

 :有能

 ;有能

 ;よくやった

 ;ナイスすぎる

 :うおおおやべえええ


 リスナーの一人が、東雲さんのチャンネルを見つけたらしい。

 本来ならスパムの可能性もあるので迂闊に踏まない私だが、今回ばかりはそうも言っていられない。藁にもすがる思いでリンクをタップすると、そこには先程まで見ていた風景が広がっていた。


 東雲さんは……魔物の死骸の山の中で、一人平然と立っていたのだった。



 ─────────────────────


 あとがき


 初めてのジャンルに挑戦なのですが、なかなか難しいですね。

 ですが、しっかり完結させられるように頑張りたいと思います!

 もし面白い、気になると思ってくださった方は、☆をくれなどというおこがましいことは申し上げませんので、♡やフォローだけでもお願いします!

 執筆速度が倍になりますので!


 そして、次回からはしばらく東雲くん目線での話で続けていきます!

 途中で掲示板回などは挟みますが、視点の変更はしばらくありません!

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