第4話 続く最悪
目の前で恥ずかしそうにもじもじしている美少女を見つめて、俺はしばしフリーズする。そりゃそうだ。小鳥遊 彩矢なんて言えば超が付くほどの有名人。
俺だって配信を見たことがあるくらいだもの。
どうしたものかと頭を捻った結果、出てきた答えは一つ。
逃走。
情けないと思うことなかれ、目の前にいるのは大人気ダンジョン配信者。
片や俺は無名のぽっと出の底辺ダンジョン配信者。
格が違い過ぎるのだ。
向こうの厄介ファンに恨まれても面倒だし……。
しかし、もう一つの考えが頭の片隅でその存在を主張しているせいで、行動を実行に移すことができないでいた。
イレギュラー。
俺が倒したデーモンは、本来深層に出てくる魔物だ。
下層にいていい存在じゃあない。
それに、ここまで魔物が出てこなかったことも結び付けて、どうにも変だ。
何やら嫌な予感がする。
:おい主、彩矢ちゃんほっとくなってw
:ちゃんと自己紹介して!w
:えー、主、美少女を前に完全童貞ムーブをかましております(笑)
「あん?」
ふとコメント欄に目をやると、数少ないリスナーたちが俺のマナーを嗜めているのが目に付いた。
やっべ! そういや俺、名乗るだけ名乗らせて何も言ってないじゃん!
「あ! え、えっと、すいません! 俺は東雲 千紘っていいます、底辺ダンジョン配信者やらせてもらってます! ッス!」
慌ててそう言うと、小鳥遊に頭を下げる。
その様子を見て、小鳥遊はふふっと笑った。
「はい、東雲さんですね。ありがとうございます」
「おぅふ……」
:おぅふ、てwww
:気持ちは分かるがちょっとは抑えろw
:通報しました
:草
:こればっかりは主に同情。美少女の眩しい笑顔は陰キャに効く
リスナーも若干の呆れを見せつつも、同情を寄せてくれる。
そうだよな、こんなの陰キャには刺激が強すぎるわ。
っと、今はそれどころじゃない。
「小鳥遊さん、できるだけ早くこのダンジョンから出たほうがいい」
俺は真剣な顔を作ると、小鳥遊にそう言った。
「え? それはどういう……いえ、そうですね、東雲さんの言う通りなのかもしれません」
「ああ。感じたろ、今このダンジョンを取り巻いてる空気感は異常だ。多分、さっき起きたイレギュラーは前座にすぎない。これからもっと酷いことになる」
予感めいた警鐘。
だが、きっとこの嫌な予感は当たるだろう。
深層からモンスターが出てきたことを考えると、これから起きるのは──
「
「ああ」
小鳥遊の言葉に、俺は頷く。
:マジかー、予想はしてたけど
:けっこう笑えない状況になってきてるじゃん
:これどうなんの? 実際スタンピード起きたら避難指示?
:だけで済めばいいな。最悪犠牲者が多数出る ↑
小鳥遊の方を見ると、彼女もキューブに目をやっていた。
どうやら、向こうのコメント欄もざわついてるみたいだな。
小鳥遊は何やら逡巡する様子を見せ、それからこちらを見た。
「東雲さんはどうするんですか?」
「もっと奥に行って食い止める」
:知ってた
:言うと思った
:さすが主
:っぱそれでこそよ
:主なら大丈夫っていう安心感があるわ
俺の発言に小鳥遊はハッと目を見開くが、俺のリスナーたちは乗り気だ。
当然。
「そんな、危険です!」
小鳥遊は身を乗り出して抗議してくる。
だが、その反応も想定済みだ。
「ここで逃げ帰ってどうなる? どうせ
一度
何百という数の人が死に、街は破壊され、人々が元の生活を取り戻すのには長い時間が必要となる。そうならないためにも、今ここで食い止める必要がある。
小鳥遊とて、探索者になってからそこそこ長い期間やっているはずだ。
頭では理解しているはず。
だからこそ、さっきまでのおどおどした態度はやめて、ハッキリと告げる。
ふと、小鳥遊のキューブから放射されているホログラムが目に映った。
:この人の言ってることが本当ならヤバいんじゃ?
:無いとは言い切れない
:あやちゃんの手前、かっこつけてるだけなんじゃないの?
:口から出まかせだろこんなん。一回イレギュラー起きただけで妄想甚だしい
:だよな、スタンピードなんて簡単に起きるはずない
:たしかにさっきの動きは凄かったけど、さすがにね……
どうやら疑われてるみたいだな。俺は鼻で笑った。
誹謗中傷大いに結構。どうせ、有事の際には何もできない腰抜けの集まりだ。
それよりも、早く動き出さなくては。
伝えることは伝えた。
俺は立ち上がり、小鳥遊に背を向けて歩き出そうとする。
「ま、待ってください!」
「?」
「私も行きます」
小鳥遊は遅れて立ち上がり、武器を拾って言った。
「駄目だ」
「な、どうしてですか!?」
「さっきの戦いで分かっただろ、これは小鳥遊さんの手に負える問題じゃない」
伝える言葉はあえて、きっぱりと。
小鳥遊は悔しそうに唇を噛む。
「でも……でも……っ!」
そうこうしている内に、前方に
「チッ」
軽く舌打ちをして、俺は腰から双剣を抜き払った。
眼前に広がるのは、通路を埋め尽くしてその更に向こうまで広がる魔物の群れ。
そこそこの数の魔物がいるな。
ヘルハウンド、サラマンダー、それにデーモンまで。
ざっと見て30体前後といったところか。
群れを組んで襲ってくるタイプじゃない。それに、この数も異常だ。
やっぱり、危惧した通りスタンピードの前兆だったか。
「東雲さ──」
「下がってろ! 守りながらじゃ、流石に戦える自信がない!」
慌ててこちらに駆け寄ってこようとする小鳥遊の気配を察知して、声を荒げた。
予定より少し早くなってしまったが、やるしかないだろう。
「んじゃまぁ、やりますか!」
:来るぞ
:期待
:ワwクwワwクwしwてwきwたwww
:やったれ!
:何か月ぶりだっけ、8か月?
:1年前くらいだった希ガス
:あー、そういやあの頃の主、荒れてたなぁw
:おまいら集中しろ! また新しい伝説が始まるぞwww
:盛り上がってまいりましたァ!
リスナーの反応も上々。
珍しく全員がコメントしてくれているのを見て、口角が釣り上がるのを感じる。
地を蹴り、駆け出すのと同時、こちらを認識した魔物の群れが一斉に声を上げた。
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