第2話 イレギュラー
突如として響き渡った悲鳴。
紛れもない。人間の声だ。
「何だ今の!?」
予想外の音に、思わず身をビクッと縮こまらせてしまう。
:人の悲鳴じゃん
:どう考えても普通の状況じゃない
:おい主、どうすんだよ!
:え、助けに行った方がよくない?
:お前ならやれる!
視界の端で、コメント欄が流れていく。
どう考えても緊急事態だ、考えてる暇なんてないよな。
「クソッ、ちょっと画面揺れるぞ!」
申し訳程度に断りを入れて、俺は駆け出す。
悲鳴の位置的に、そう遠くはないはず。
ゴウッと風を切る音と共に、ダンジョンの景色が目まぐるしく変わっていく。
「間に合え、間に合え、間に合え……!」
走ること数分、見つけた。
そこにいたのは、若い少女。
足を切られたのか、太ももあたりから血を流して座り込んでいる。
その表情は真っ青で、恐らく腰が抜けたのだろう。
遠くには武器が転がっており、救助の必要性なんて聞く必要もない。
そして、その視線の先にいたのは──
「……デーモン」
身長4メートルほど。真っ赤な肌に、肩辺りまで伸びたボサボサの黒い毛。
爛爛と輝く黄色い目には、縦に割れた瞳孔が不気味にギョロギョロと動いている。
デーモンは顎の下まで着きそうな舌をデロリと垂れ流しながら、下卑た声で嗤った。
『ガッガッガッガッガ』
そして、右手に持っていた二股の槍を掲げ、少女に向かって振り下ろそうとし──
「はいストップ」
『……ガ?』
右腕を肩口から斬り飛ばされた。
間抜けな声を上げながら、自分の身に置かれた状況が理解できないようで、そのままフリーズしている。そして、その隙を見逃すほど俺は馬鹿じゃない。
「これでおしまい、っと!」
全身に無数の斬撃を浴びせる。
デーモンは一言も発することなく細切れになり、バラバラと崩れ落ちた。
多分何があったかも分かってないだろう。
:ファーwww
:今日も絶好調やんw
:ナイス、主!
:にしても下層でデーモンとか、ヤバくね?w
:それな ↑
勝手に盛り上がっているコメント欄を横目に、少女の様子を確認する。
見たところ、足の切り傷以外に大した怪我はしていないようだ。
逃げてる途中にすっ転んだのか、頬に土汚れが付いてたり小さな擦り傷はあるが、まあ大事ないだろう。
いやぁ、間に合ってよかったよかった。
「え、あ……」
少女は今目の前で起きたことが信じられないと言うように、目を白黒させながら俺とデーモンの死骸を見比べている。
無理もないか。
なんせ、デーモンと言えば
俺はしゃがみこんで、少女に目を合わせた。
「えっと、まぁ、とりあえずこれで大丈夫だと思います。あ、傷の手当だけ失礼しますね。ッス……」
そのまま、少女が何か言う前に腰のポーチから桃色の小瓶を取り出し、少女の露わになった太ももに遠慮なくぶっかける。……なんて乱暴なことはせず、慎重に垂らしていく。
「う……っ!」
トポトポと音を立てて零れ落ちていく液体に、少女は一瞬痛みで顔を歪めたが、次の瞬間には、驚きに目を見開いていく。
「嘘、怪我が……痛くない……!?」
「あー、まぁポーションなんで、ハイ……」
:出たよ主の陰キャっぷりwww
:俺らと話す時は何ともないのに、対面になった瞬間これだもんなーw
:可愛い! 主、抱いて!
:久しぶりに主が他の探索者と話してるとこ見たけど、安定のコミュ障!w
:あれ、俺その子知ってるかも
「うるっせ! 誰が陰キャだ、誰が! ほっとけい!」
やいのやいのと言ってくるコメント欄にキレ散らかした後、俺は溜息を吐いた。
いや、なんつーか、苦手なんだよな。面と向かって人と話すの……。
だから、陰キャってのもあながち間違いじゃない。それどころか、ドストライク過ぎて返す言葉もないというのが正直なところではある。
それよりも、何か気になるコメントがあったな。
「ってか何、知ってるって。どゆこと?」
俺は首を傾げて、キューブに向かって問いかける。
:あー! やっぱりそうだ、おい主! その子超が付くほどの有名人だぞ!
:言われてみれば俺も知ってる! 今流行りの大人気ダンジョン配信者、
「え、嘘」
言われて、バッと少女の方に顔を戻す。
すると、少女は顔を赤らめながら、ぺこりと小さく会釈してきた。
「あの、助けていただいてありがとうございました。私、小鳥遊 彩矢っていいます」
……嘘ん。
俺は電撃が頭のてっぺんから爪先の先っちょまで駆け抜けるような衝撃を受けた。
小鳥遊 彩矢。
それは、ダンジョンについて少しでも興味がある人間なら誰でも知っている、今話題の人物だ。
天性のルックスと称されるほどに可愛らしい外見、人を惹きつけて魅了する声、ずば抜けた身体能力でダンジョンを攻略する様はギャップを生み、配信ランキングでは常にトップを取り続けている人物。
大人気ダンジョン配信者、小鳥遊 彩矢。
その人が今、俺の目の前にいた。
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