望まぬ大バズり、万年底辺ダンジョン配信者の俺には荷が重かったようです!

城戸なすび

第一章:底辺ダンジョン配信者、バズる

第1話 底辺ダンジョン配信者、東雲 千紘

「ぷあ~、しかし暇だねぇ」


 薄暗いダンジョンの天井を眺めながら、俺──東雲しののめ 千紘ちひろは呟いた。

 現在、俺は東京都・神谷町に発生したダンジョンに潜っている。


 ダンジョン発生の起源は数十年前。

 日本のみならず、全世界中でその現象が目撃された、『紅い月事件』の最中に始まったと言われている。


 ある日、突如として世界は不気味な紅い月・・・に照らされた。

 その現象は三日三晩続き、人々は終末の始まりだと言って恐れた。

 太陽は隠れ、永い夜の中、真っ赤な月だけが煌々と輝いていたのだ。

 当時の人たちの心境は、推して知るべし。


 更に、超常現象はそれだけではとどまらなかった。

 二日目の夜、世界規模で大地震が起きたのだ。

 その被害は甚大で、死傷者の数は数千万人規模にも登ったと言われている。

 それだけで、今までの長い地球の歴史の中でも、未曽有の大災害とも言えよう。

 しかし、大地震の直後、世界が大混乱に包まれている最中、それ・・は現れた。


 地面から山のように隆起した、あるいは、地中にぽっかりと穴を開けて発生した、謎の空間。それは『迷宮ダンジョン』と呼ばれた。


 始めは、各国の軍隊が派兵された。

 厳重な装備に身を包み、ダンジョンへと潜っていった勇気ある者たち。

 しかし、探索から少しして彼らはこぞって逃げ帰ってきた。


 重症者、軽症者、阿鼻叫喚の地獄の中で、彼らは口を揃えてこう言った。


「あの中は人が足を踏み入れていい場所じゃない。あそこには、化け物がいる」


 ──と。


 当然、証言したのは生きて帰ってこれた者たちだけだ。

 中には、帰れなかった者もいる。いや、その数の方が多いだろう。


 一体、彼らはどんな凄惨な光景を目撃したというのだろうか。


 この事態を重く見た政府は、各国の結びつきを強化。

 くだらない諍いや争いも全て止めて、ダンジョンの解明に心血を注いだ。


 特殊部隊や、地獄のような調査を終えてなお、国への忠誠心の高い兵士を集め、ダンジョンの攻略に当たったのだ。


 長い時間を掛けて、はたしてその試みは成功した。


 その結果分かったことは、大きく分けて三つ。


 ダンジョンには、魔物と呼ばれる凶悪な生物が存在すること。

 ダンジョンには、不思議な力が流れており、その環境に適応した者は身体能力の向上や、超自然的な力を得ること。

 ダンジョンには、地球で観測されたことのない未知の物質が多数眠っており、その資源は今までの産業に大きな革命をもたらすこと。


 そうした先人たちの努力のおかげで、今やダンジョンとは、我々人類の社会と切っても切り離せない関係へと進化した。

 危険はあるが、そこで得られる資源は人類の進化と発展に大きな進歩をもたらしてくれるものなのだ。


 幸い、人々とて何もせずに過ごしてきたわけではない。

 色々な安全マージンが確立され、民間人にもダンジョンが解放され、多くの人々が探索者になった。そんな探索者の中には適合者として覚醒し、その子供にも力が遺伝されたりと、少しずつだが進化している。


 そんなこんなでダンジョンが我々一般人にも身近となった今、世間で人気なのはダンジョン配信だ。


 やはり身近な存在になったといえども、普通の人にとってダンジョンとは危険なもの。入れば命の危険があるリスクを冒してまで、探索者になろうという人はまだ少ないのだ。


 それでも、好奇心というものはある。


 彼らは、その好奇心のため、ダンジョン配信に目を付けた。

 探索者の目線を通じて、ダンジョンに潜っている様子を見て、それに対してコメントをする。

 時には、凶暴な魔物とのハラハラする戦闘や、探索者の死など、ショッキングな光景を目にすることもある。それさえも、一種のエンタメとして世間に浸透していったのだ。


 話は冒頭に戻る。


 俺、千紘もまた、そうした配信をする側の人間なのだ。

 といっても、人気配信者じゃあない。


 ふと、目線を横にやる。


 ふよふよと浮かぶ四角い箱、D-Cubeダンジョンキューブ

 その一面にある、丸いレンズから放射されるホログラムが、配信の様子を映してくれる。


 表示されている視聴者数は、9人。

 チャンネル登録者数、20人。


 所謂、底辺配信者というやつだ。


 それもそのはず、だって俺あんまトーク力無いし。

 なんなら魅せプだってできやしない。


 配信界の先輩方みたいな、類な稀なルックスも、見てて惚れ惚れするような戦いも、俺にはできやしないのだ。


 だが、それでよかった。


「なぁ、暇すぎるんだけど。モンスターどこ?」


 :草

 :うーん、安定のぼっちw

 :配信始まってから1時間、未だにモンスターとの遭遇ゼロ……w

 :ここって下層だよな?

 :かわいそうに……www


「うっせ!」


 質問を投げかけると、途端に煽り散らかしてくるリスナーたち。

 それを見て、俺は苦虫を噛み潰したような顔をした。


 けれど、内心は心地いいと思っている自分がいる。


 俺はこんな風に、少人数の気心知れた奴らと、適当に茶化しあいながら絡むのが好きみたいだ。なにせネット上の顔も名前も知らない奴ら。余計な気を遣わずにプロレスができるってことだしな。


「へーへー、俺はどうせ人間どころかモンスターにすらモテない万年ぼっち陰キャですよ」


 :卑屈やなぁw

 :始まったぞ、主のめんどくさいモード

 :主、大丈夫? 雄っぱい揉む?

 :主聞いて! ライブルのフェス、8万爆死したwwwww


「うっは、お前! そんな大金突っ込んで引けないとかマジィ!? ちな俺はフェリアたん当てました~、うぇーい!」


 リスナーが持ち掛けてきた話は、今流行りのソシャゲ、ライトブルー・ファンタジア、通称"ライブル"のガチャ大爆死報告だった。


 今回の目玉はフェリアという新キャラクター。

 淡い紫色の髪に、ピンクの瞳をした美少女だ。

 更に声優もとんでもなく豪華。実装発表された時は、SNSがお祭り騒ぎになり、トレンド1位を掻っ攫ったのを覚えている。


 当然、実装当日は俺も魔法のカードを片手に召喚の儀に挑んだ。

 結果、なんと単発で引き当てることに成功したのだ。


 :はぁ!? 魔剤!?

 :クッソこいつマジ腹立つwww

 :主の引き運の強さなんなん!?

 :俺今5万円……ここまで来たら引き下がれないよな

 :天井10万だっけ。頑張れよ! ↑

 :俺もあと2万課金するべきかなぁ……

 :えー、ゲームの引き運は良くてもダンジョンでは未だに魔物に出会えません、とw


「っだよ、お前嫉妬か!? こんなん本気出せばすぐだわ、もうすぐ見つかるっての!」


 折角いい気分になってたってのに、この野郎。


 :でも、なんかちょっと変じゃない?


 そんなコメントが目に付き、俺は首を傾げる。


「ん、変? なにが?」


 :だって主、ダンジョンの入り口からここまで配信してたじゃん? それだけの距離移動してて、魔物の一匹も見えないっておかしくないか?

 :たしかに

 :それはそう

 :うーん、言われてみれば


 同意するようなコメントが続く中、俺も足を止めて少し考える。

 まぁ、確かに変な話ではあるんだよな。上層からここに来るまで、モンスターの影も気配も見えなかった。こんなことは初めてだ。


「イレギュラー、とか?」


 :それはヤバい

 :だとしたらまずくね?

 :素人ながらに何か嫌な予感するわ

 :主が言うと洒落にならんからやめれ


 イレギュラー。

 読んで字の如く、想定外のできごと、異常という意味だ。

 ダンジョンで偶に発生する現象で、大抵ロクなことにならない。


 ダンジョンは不気味なほどに静まり返っている。


 そういえば、他の探索者とかも見かけなかったんだよな。

 普通、上層とかなら何人か見かけるもんだけど。


「まぁ大丈夫だべ、気のせい気のせい」


 努めて明るい口調でそう言いながら、探索を再開しようとしたその時だった。


「きゃあああああっ!」


 ダンジョンのどこかで、悲鳴が聞こえた。

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