四 書状①
「”災禍”、」
いつものように呼ばれて、柵の方をチラリと見る。
この呼び方も預言とやらからきているんだろう。腹立たしいことに。
鉄格子の向こうに男が一人立っていた。
いつもの世話役の男ではない。
あの日から、アヤセは見かけなくなった。
代わりに来るのは、老若男女さまざまで、態度も十人十色だった。
こちらを警戒して、あるいは恐怖して。
黙って食事を置いて行ったり、そそくさと器を回収にきたり。
かと思えば、声をかけてきたり。
あれ以来、食事は摂っていない。
食事はいつものように制限されるどころか、むしろ常より多く運ばれてくるが、それに私は手をつけなかった。
空腹ではある。
生きているのだから、当然。
それでも私は反抗の意思表示として、食事に見向きもせず、牢の奥に籠った。
空腹感はすでに一周回って、さほど感じなかった。
時々ひどく痛むようにして、お腹が食事を求めるけれど、我慢した。
ある程度、私は慣れていたから耐えられた。
痛みにも、空腹にも。
栄養が足りなくて、ぼんやりとしたり、眠くなることが増えたけれど、あまり長時間意識を失うことがないようにだけは気を遣う。
気を失っている間に、外から栄養を摂取させられたら、全く意味がない。
緩やかな自殺のような反抗。
自暴自棄で、投げやりな選択だとは、我ながらわかっている。
私には魔術が使えるんだから、抑制装置があろうと、すべて壊して逃げればいい。
そうする方がよほど前向きな発想だろう。
抑制装置なんか壊して、ここから出て行ってしまえば、そしたら私は自由だ。
守りたいものなんてないから、逃げること自体は何の問題もない。
だけれど、そんなことをして何になるのか。
苦痛から逃れられても、どこに行っても、私そのものを知っている人も、私の存在を喜んでくれる人もいない。
ここの研究員と同じように避けられるかもしれない。
攻撃されないとも言い切れない。
私はそれにも傷つくのだろう。
正体を隠していても、親しくなったその人が弱みになってしまえば、終わりだ。
誰もいない場所で、独りきりで暮らすのも、寂しくて苦しいだろう。
それに・・・私が国を救うなら、必ず探される。
そのくらい奴らは本気で、その預言とやらを信じているようだった。
そうでなくとも暮らしていけないだろう。
なんせ私は外に出たことがない。
外のことを何も知らないのだ。
今より痛くて、惨めな目にあうかもしれない。
やっぱり私には行き場所なんてない。
———なんて、色々考えたけれど、結局のところ、もうどうだってよかったのだ。
それだけだ。
さっさと自殺してやることも考えなくはなかったけれど、なんだか連中に負けたようで嫌だったし、そうしたところで、本当に国が滅ぶのだろうか?
多少は嫌がらせになるだろうけれど、こんな奴らのために痛くて辛い思いをする踏ん切りがつかなかった。
不思議と相手を殺すことは考えなかった。
長年実験体をしてきたことで発想が出てこなかったのかもしれないし、国を相手にしているからキリがないと無意識のうちに気づいていたのかも。
あるいは、こんな奴らのために手を汚すことを避けていたのかもしれない。
ただ思い通りに、国のために死んでやるつもりは、まるでなかった。
あれも嫌で、これも嫌で、打開策を考える余裕もなくて、要はやけになっていた。
ただ私にとって、全ては敵だった。
気が付いたのが今更だったけれど、多分本当は生まれた時から。
私を呼んだ男は、アヤセと同じくらいの年に見えた。
がっしりとしたアヤセに比べて、細身で、身長は変わらないくらい。
眼鏡をかけていて、アヤセより品がある優しげな顔をしていた。
「君のこれからの処遇が決まった。陛下の命だ。
一応この国の民である君も従わなければならない。わかるな?
悪いようにはしないから、そろそろ出てきてくれないか?」
震えを抑え込んだ柔和な声はいつだか聞き覚えがあるものだ。
たしか・・・ミツヅリとアヤセが呼んでいた。
「・・・おうさまの、めいれい?」
王様が今更私に何の命令をするって言うのだろう?
命令されたところで、私は国のために死んでやるつもりはないというのに。
久方ぶりに反応を返した私に、ミツヅリが肩を揺らす。
この国が王政なのは知っている。
この施設も王妃様が訪ねてきたことがあるから、きっと国の知るところだと言うことも。
でも、王様が、一番偉い人が、私に何かを伝えてきたことはあっただろうか。
どんな人なのだろう?
私をここに捕らえて、管理している人。
王妃様は私を怖がっていた。
あの美しい人は、遠く目があっただけで、職員より怯えていた覚えがある。
なら、王様は?
腐ったこの国で、最も尊いと言われる人は?
当然恨みもあるけれど、会ったことのない相手への気持ちは薄い。
少しだけ、ほんのちょっとだけ純粋に興味が湧いた。
どんな人だろう?
今更何を私に伝えたいの?
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