第5話ジャンク屋【シャングリ・ラ】

今年は根雪になるのが早い。最近の冬は雪の積もり方が読めない。12月が終わろうという時期にようやく根雪になったり、逆に12月上旬の山盛り降雪がそのまま根雪になったりもする。

例の殺人事件から半年以上が経過したが有力な情報はまだのようだ。もっとも下っ端の僕たちには細かい情報が下りてくることは少ないので想像に過ぎないのだが。

黄色いテープが張られた現場にも白い贈り物が積もりだしている。そうなると証拠を見つけ出すのも難しくなっていくだろう。

発生当初はマスコミが大々的に報道し僕が生まれ育ったこの地は今までにないほど賑やかになっていたのだが、雪が音を吸収するように街の景色が白くなるのと比例して静かになって行った。動員される捜査員も少しずつ減っている感じだ。

先輩と二人で現場の近くをパトロール中、中央分離帯を挟んだ向かいに模型店 ジャンク屋【シャングリ・ラ】が見える。店主の拓也さんとはあの日以来会っていない。会うのが気まずいのではなくただ単にジャンク屋【シャングリ・ラ】に顔を出していないだけなのだが。僕はアニメは大好物だがプラモデルにはそれほどの興味は無いからあえて行く必要がなかったのである。

「あの人店に入りそうで入らない。何をしたいんだと思う?馬仁田。」

横の先輩がジャンク屋【シャングリ・ラ】を見つめながら聞いてきた。確かに白髪交じりの長い髪を後ろでまとめた初老の男性が店の中を覗きながら行ったり来たりしている。入ろうかどうしようか悩んでる感じに見える。ふとこちらに気付いた男性は入店せずにその場を去った。

「追いかけますか?」

「いや、問題ないだろう。入るつもりでいたのにいざ入ろうとすると中々勇気が出ない。すすきのでは良く見られる光景だ。恐らく初めての経験だったんだろう。よく分かるよ、な?」

「知りませんよ。どの業種の話してるんですか、いったい。」

せっかくなのでジャンク屋【シャングリ・ラ】に向かう。中に入ると営業はしているものの店内の半分は改装途中のようで白いカバーが下げられている。その奥では工事の真っ最中のようだった。

「こんにちは、失礼します。」

「やっぱり来たか、貴大君。」

拓也さんの言葉に驚きつつ

「やっぱり、って?」

「道の向こうからこっち見てただろ。中からははっきり見えるんだよ。」

本当だ。外からは中の様子が伺い知れないが中からは外の様子がはっきりとわかる。

「マジックミラーになってるんですか?」

「いや、仕組みの考え方は似ているが少し違うんだ。マジックミラーって見えない側はミラー、つまり自分の姿が映るんだけどそれが気に入らないから断熱用のフィルムとガラスの間に一枚スモークフィルムを挟んで貼っているんだ。そこに外側からライトを当てると外からは中の様子が見え難くなるんだよ。」

外を確認すると光量は多くないがウインドーの上と下に細長い蛍光灯の様なLEDライトが設置されていた。

「なるほど。この仕組み、自分で考えたんですか?」

「まあね。」

そう言えばどこかしらの工業大学出身だったっけ。

「外からは中の様子は見えにくく、中からは外の様子が判りやすく。高級な風俗店みたいだろ。人気ひとけが無くなってから出ていけるようにするさ。」

(またここでもそういう話か。)

「何はともあれこうして貴大君が来てくれたって事はこのフィルムも寒さを防ぐだけじゃなくお客さんも呼び込めるという事だ。」

「すみません、すっかりご無沙汰で。ところでさっき店頭をうろうろしていた老人はお知合いですか?」

「ああ、響さんか。うちの常連だよ、変わってる人だけど。でも老人はひどいな。まだ50過ぎたくらいだった筈だ。変わってるけど。」

(老人じゃないか。)

「そのきょうさん、何をしようとしてたんでしょうね。常連だったら窓の仕組みも知ってるから中から丸見えなのも理解しているでしょうし。」

「あの人はいつもあんな感じだよ。何をしようとしているのか理解できない時が多い。だからいつの間にか気にしなくなっていたな。変わった人だから。」

「判りました。ちょっと気になったので。ところでお店、改装中なんですね。」

「今まで雑貨を扱っていたスペースに新たな機械を設置しようと思ってね。春には新装開店する予定だよ。」

(新しい機械?まさかアニメだけの話かと持っていたあの機械が設置されると言うのか?)

「それは楽しみです。ワクワクしますね。」

「ん?そうか?」

「あ、お邪魔しました。そろそろ仕事に戻ります。」

そう言いつつ出ようとすると。

「そう言えば半年前にあの傷害事件現場で見つけたシャア専用ゲルググ、どうなった?」

「署で保管しています。関連性が晴れる迄は保管されるはずですよ。それがどうかしました?」

「あ、いや、せっかく綺麗な作品だったから傷とか少し直して売れないかと思ってさ。」

ここジャンク屋【シャングリ・ラ】ではプラモデルの完成品も販売している。拓也さん自身が製作した物もあれば常連さんが販売委託している物もあるようだ。プラモデルくらい自分で作ればいいのにと思う。こんな高いお金出さなくても。小さい物でも一万円近い金額だし見た中で高い物だと数十万円の金額が掲げられている作品もある。

「まだ難しいですね。全く関係の無いものだと判断されれば可能性もありますけど。」

「そうか・・・。」

「じゃ、すみません、失礼します。先輩、行きますよ。」

先輩は終始夢中で完成品を見ていた。

拓也さん残念そうだったけど、そんなに落胆するほど完成度の高い作品だったんだろうか。ガンダムの知識には自信あるが正直ガンプラの事はあまり理解していない。もちろん好きなMS《モビルスーツ》のガンプラを作ったこともあるしガンプラのグレードもHG《ハイグレード》、MG《マスターグレード》、PG《パーフェクトグレード》、RG《リアルグレード》などがある事も知っている。やっぱり自分で作るというのが面倒なのかもしれない。だから僕はフィギュアが好きなのだ。でも売っているフィギュアだと自分の抱いているイメージと異なる部分も多いから、もし技術があれば改造も自由自在なんだろうな。今から技術を磨いても上達する気がしないが。

(あ、だから大人はお金を出して技術と時間を買っているんだ。)

「あ~、あんなに高いのに売れるんだったら俺もガンプラ作って売ろうかな。」

「先輩にそんな技術があるとは思えませんが。それにガンプラは今でも品薄らしいですよ。ネットでもすぐに売り切れになるし。それもこれも転売する輩が居なくならないからでしょう。」

「そうなのか?今の店には結構置いてあったぞ。」

そう言えばそうだ。棚には隙間なくプラモデルが並んでいたし新発売のポップが飾られたガンプラもあった。なにかからくりがあるのかもしれない。

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