第3話赤いゲルググ

(ん?ゲルググだ。)

僕はその日事件現場の警備、要するに野次馬整理の任に付いている。

北海道は広いから住んでいる人の心も広いと思われがちだが、ここ最近では物騒な事件も増えてきた。いや、これまでは報道される機会が少なかっただけで事件の数が増えている気がするのは錯覚なのかもしれない。

しかし少なくとも殺人事件と思われる報道は増えている。今回の応援要請も殺人事件らしい。

らしい、と言うのも、今日の僕は非番で忙しい思いをしながら今迄撮り貯めたアニメを見ていたのに先輩から突然人手が足りないからと呼び出された時に聞いた程度だったから。

新人の頃は良く呼び出しを受ける。独身寮に入らなければならないのもいつでも呼び出すことができる扱いやすい駒の住処にしているに違いない。経験をたくさん積む為なんて言っているが、そうに違いない。

ふと考えると警察学校に入る前に仲間たちと挑んだスタンプラリーが思いっきりはっちゃけた最後の思い出だ。それからは勉強と訓練の繰り返し。学校を卒業すると教場での研修。研修を終え交番に勤務。辛い思いをしながらも充実した毎日であったが心底楽しんだのはそれが最後かもしれない。そう言えばあの時輝いていた彼女はいま何をしているのだろう。あの後も再会できると信じてスタンプラリーを頑張ったが結局会う事は叶わず、しかも制限時間内に全問解くことも出来なかった。解いても解いても次から次へと出題されるので最後の方はやる気が無くなっていたっけ。その回のスタンプラリーは誰も全問解いたチームは現れなかったらしい事はSNSで見た。いくらガンダムが好きでもこれだけガンダムが続くと嫌になってくる。その日はもうガンダムなんて見たくもなかったな。でも次の日にはまた仲間の家に集まって機動戦士ガンダム サンダーボルト三昧だった。ラストシーンが衝撃的な名作の。つまりあれだ、二日酔いで苦しんでも次の日にはまた吞みたくなる心理と同じだ。良く知らないけど。

現場に到着すると黄色いテープが張り巡らされ大勢の制服やスーツ姿の大人が出入りしていた。テープを上にあげ入りやすくしている制服が僕に気づくと顎を振り呼びつける。

「悪かったな、呼び出して。お前もここに就けってよ。」

「いえ、大丈夫っす。先輩、殺しですって?」

「そうなんだよ。こんなの俺も初めてだしさ、写真でしか見たことのない北海道警察本部の偉い人がたくさん来てるからお前も呼んでやろうと思ってな。」

「え?命令じゃなく先輩が個人的に僕を呼び出したって事ですか?」

(非番の振り替えとか手当とかどうなるんだよ。まさかタダ働き・・・。)

「勝手じゃないぞちゃんとお前が来るってことは部長に進言しておいたから安心しろ。」

(こいつ、嫌いだ。)

気落ちしながら持ち場に付こうと歩き出すと電柱の根本に転がっているピンク色の物体に目が奪われる。僕はそれが何なのかすぐに理解できた。アニメ、機動戦士ガンダムに出てきたジオン公国軍のモビルスーツ、ゲルググ。ビーム兵器に関して連邦軍に遅れを取っていたジオン軍が初めてビーム兵器を標準装備させた事で有名なゲルググ、しかも特定のエースパイロットのパーソナルカラーに塗装されたカスタム機だ。日本国民で知らない人などいる訳が無い、一般常識ともいえる機体シャア専用ゲルググ。

アムロ駆るガンダムからシャアを守るために盾になったエルメスはビーム・サーベルでコックピットを・・・。

「おや?君、貴大君か?」

妄想に入り切っていた僕を現実に引き戻す声が聞こえ振り向くとそこには模型店の店主がエコバッグをぶら下げて立っている。

「あ、拓也さん、ご苦労様です。どちらに行かれてたんですか?」

「そこのコンビニで弁当買ってきただけさ。ここ、殺人事件が起きた現場だろ?貴大君も駆り出されたって訳だ。貴大君の方こそご苦労様。国を守るヒーローになって忙しいとは思うけどまた店に顔出して山ほど買って行ってよ。未だにガンプラは入手困難だけどさ。ところでご苦労様と言う言葉は目上の者が目下の物に向かって言う言葉だから気を付けた方がいいよ。」

「勉強になります。ところで拓也さん。」

少し離れたところに落ちてるシャア専用ゲルググを指さすと拓也さんは拾い上げた。

「HGUCのシャア専用ゲルググか。塗装してあるし合わせ目の消し方も綺麗だ。しっかり作り込まれたいい作品だな。これが事件と何か関係ありそうなのかい?」

「いえ、判りません。でも何かの参考はなるかもしれません。でもこのゲルググ、ビーム・ライフル持ってないですね。」

「そうだな。手首ごと無くなってるな。」

すると現場で動きがあったらしい。何かを運び出すようだ。

「お~い、そこの若いのどっっちか、手を貸してくれ。」

「はい、了解であります。」

敬礼で返事する先輩。そのまま僕を見て言った。

「おい、バー、いや、馬仁田ばにた、行ってこい。」

(お前が返事したんだろ。やっぱりこいつ、嫌いだ。)

拓也さんの手からゲルググを受け取る。

「じゃ、拓也さん、失礼します。」

急ぎ足でテープを潜り抜ける。

(ん?一言でも殺人事件なんて言ったっけ。)

僕の名は馬仁田貴大ばにたたかひろ。仲間内ではバーニーと呼ばれている、北海道警察の警察官だ。

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