第2話ガンプラ賛美

ハルウララ。そんな名前の競走馬もいたな。

春はうららか。気を抜くと眠ってしまいそうな午後のひと時、開いた扉から声が入ってきた。

「あの、すみません。お尋ねしたいことがあるんですけれども。」

年配の女性が外に立ったまま訪ねてくる。

「はい、いらっしゃいませ。どうされましたか?どうぞお入りください。」

よだれがこぼれそうになっていたことには気づかれていないだろう。

「息子の探し物何ですが、それがどんな物なのかおもちゃ屋さんを何件か回ってみても判らなくて。こちらだったら判るかもしれないと最後に行ったおもちゃ屋さんのお客さんに聞いて伺ったんです。」

女性はバッグからメモを取り出し見せてくれた。


MG 1/100 ザク

ブラウン

武装;バズ2 銃2 シュツルム・ファウスト ヒートホーク


「息子は探している最中に海外に赴任してしまって、それで帰ってきた時にプレゼントできれば喜んでくれると思ったんですけど私には全然判らなくて。」

メモを借りる。

「MGとはマスターグレードの事で、1/100で展開されているガンプラの中でも主力になっているシリーズで間違いありません。ザクも色んな種類が出ているのでその中の一種でしょう。ブラウン系の機体と言うと。」

その場を離れ箱を手に戻る。

「こちらMS-06K ザク・キャノンなんですが、これは機体の色は似てますけど装備の内容が違うんですよね。」

話を聞いていたのか奥から店長が顔出した。

「ザク・キャノンじゃないブラウン系のザクだとすると一般販売されたキットではなく限定販売キットの可能性が高いな。奥さん、息子さんはネットでの販売とかで手に入るようなことは言ってませんでしたか?」

一般的なザクはグリーンで、専用機でレッドやブラック、ブルーのキットも発売されてはいるがブラウン系はザク・キャノン以外に店頭販売されている物はない。だとするとネット販売キットに行き当たる。

「今少し調べてみますね。」

丸椅子を勧め座って頂く。

まずはプレミアムバンダイのホームページに行く。現在販売されている物は無い。販売終了したキットも検索できるのでそこからいくつかピックアップし更に会場限定販売のキットの情報も引っ張ってみる。

ブラウン系のザクは二種類あった。MS-06R-2 ギャビー・ハザード専用高機動型ザクⅡと、MS-06FS ガルマ・ザビ専用ザクⅡ。もう一つMS06K ザク・キャノン(ユニコーンカラーVer.)もあったがこれは一般販売されているMS06K ザク・キャノンの成型色変更キットなので除外する。

「ごめんなさい、私にはどれも同じに見えてしまって。でもお店で買えるとは言っていました。」

「ネットで買った商品をリサイクルショップで売った人が居るのかもしれませんよ。」

「いえ、新品だったらしいです。」

「リサイクル品ではないとすると、難しいですね。長い事ガンプラを扱ってますけれどこんな難問は初めてだ。息子さんと連絡取れませんか?直接お聞きしますよ。」

「いつも息子から連絡してきてこちらから電話しても繋がらないんです。どれかは判らないけれど全部買ったらどれかは正解かも知れないですね。どうすれば買えますか?」

どのキットもプレミアムバンダイでの販売は終了している。プレミアムバンダイで販売されたキットは必ず再販されるので急がないのであれば待って定価で買った方がいい。転売ヤーがバカみたいな金額で売っている物を買わなくとも。

「恐らくプレミアムバンダイのザクではないな。」

同じように探していた店長がタブレットをこちらに向ける。

「装備している武装内容が違うんだよ。どのザクもザク・マシンガンとザク・バズーカは付いているが一つずつだ。それにヒート・ホークはあるがシュツルム・ファウストは無い。」

「もしかしたら銃2はザク・マシンガンだけじゃなく別のライフルとかマシンガンとか考えられませんか?それにシュツルムファウストも別のキットから持ってきたとか。」

「それだったら息子さんもそう書くと思わないか?ふつうに考えると。」

確かにそうだ。困った。迷宮に迷い込んだらしい。自分の知識があれば楽勝だと思っていたのに。

「あの、それって、お店で売っていたんですよね?もう何年も前の話じゃなかったですか?」

ザク問題が発生する少し前に入店していた客の女性が声をかけてきた。

「え?あ、そうです。買おうかどうしようか悩んで結局買わなかったけど最近になってやっぱり買っておけば良かったって言っていました。それが何か?」

「確信しました。お探しのキットはマスターグレードのMS-06J ザクⅡ 川口克己プロデュース仕様です。」

再度聞いたワードで検索する。画像で武装類も確認した。間違いないようだ。しかしこのキットもすでに販売が終了しているので入手が難しいだろう。

「確かにこのキットだったら店頭に並んでいたはずだ。しかしどちらにしろ今購入するのは無理の様な気がします。転売ヤーから買う以外は。」

そういいながら正解を導いた彼女を見ると自分のスマホに向かって話をしている。話をしているというよりは怒鳴りつけているようだ。

「必要だって言ってる人が居るの。誰かの味方だって威張ってるんだったらこういう事でも味方になってあげればいいじゃない。判ればいいのよ。じゃ、お願いね。」

そういうと年配の女性にスマホ越しの区長とは打って変わった口調で聞いた。

「奥様、見つかりましたよ。」

年配の女性は目を見開き立ち上がった。

「あるんですか?いくらでもお支払いします。」

立った勢いで倒れた椅子を戻しながら、

「ネットで買い物されたことありますか?」

年配の女性は、

「私パソコンとかよ判らなくて。ネットでの買い物も何か怖いし。」

彼女は頷くと紙に何かを書いて年配の女性に渡した。

「時間のある時にここに行ってください。このメモを見せれば大丈夫ですから。転売ヤーみたいな売り方はしていないので安心していいですよ。」

「ありがとうございます、本当にありがとうございます。」

そういいながら年配の女性は去って行った。

無言の空間を破ったのは店長だった。

「しかし驚きました、よく判りましたね。確かにMG MS-06J ザクⅡ 川口克己プロデュース仕様はプロショップで店頭販売していました。でも何件も行ったのにどの模型店も判らなかったとは情けない、プロとして。」

「多分ですけど、量販店を中心に聞いて回ったんだと思いますよ、こちらみたいな町の模型店は札幌でも数軒しか残ってないですからね。量販店には量販店の、町の模型屋には町の模型屋の役割があるんですけどね。経営は大変だと思いますけど頑張ってください。無くなると困ります。」

そう言い残すと彼女はガンダムデカールを全種類買って帰って行った。

残った我々はついこぼす。

「店長、彼女格好いいですね。」

「ああ、憧れる。」


年配の女性は貰ったメモを見て首をかしげる。そこに書かれていたのは住所と電話番号、メールアドレス。それに、

”左藤法律事務所”



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