水底の花園

「私のかわりにお願いね」


君がそう言ったから、君が買ってきた熱帯魚の水槽を洗う。宝石みたいに綺麗な尾ビレが水底から登る泡を弾いた。


君がシンクに置きっぱなしにした真珠イヤリングは、君の耳を彩っていた頃の色彩を失っている。


「私のかわりにお願いね」


君がそう言ったから、君の好きな花々が植わった庭の草むしりをする。雑草にも名前があると君が言って、一緒に名前を調べたその小さな白い花だけは引っこ抜かずに残してある。


君の部屋の香りがどんどん薄くなる。時間から取り残されたこの部屋には、脱ぎっぱなしのパジャマがベッドの端にかかったまま。


窓を伝う雨が、檻の様に家を覆う。


また紫陽花が咲く季節になった。


「紫陽花の色は地面の成分によって決まるのよ」


君の得意気な声が水の中で聞いたみたいに、ぼやけて脳裏に蘇る。生活の端々にいた記憶の中の君がまた少し遠のいてゆく。


「私のかわりにお願いね」


君の言葉が心に絡みついて僕を呪う。


冷蔵庫には君の好物ばかりが溜まっていく。墓標みたく冷たい箱の中で、賞味期限が迫ってくる。


君の遺した命が消えるまで、君のかけた呪いが解ける事はないだろう。








◆◆◆◆◆

紫陽花

かわり



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三つの言葉 ゆきすずめ @luce8855

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ