間話 弱音と調査
夏のテストの時期が近づいてきていた。
早乙女彰人は、連日春宮玲と勉強会をしていた。
その日も、彰人は図書塔の三階日当たりのいい窓際の席で彼女を待っていた。
勉強会には恋の鞘当てをしている椎名恭輔が混じることもあるが、今日は来ないはずだ。
彰人は、今来るか、いつ来るかと春宮からの連絡を待ち、チラチラと端末を眺め続けている。当然のように勉強は進んでいない。
ピコン!軽快な通知音を鳴らした端末を彰人は素早く操作する。
『すみません』
『今から行きます』
待ちに待った春宮からのメッセージだった。彰人はすぐに了承した旨を伝えて、端末を置く。
そして、時計に目をやった。
程なくして、春宮玲はやってきた。
階段のところから歩いてくる春宮の姿を見て、彰人は立ち上がった。
彼女の制服は薄汚れており、ところどころ布地が切れて肌が見えている。手に持っている鞄は切り裂かれており、中身が見えていた。
俯いていた春宮が顔をあげ、彰人の姿を見とめて笑った。泣き笑いだった。
「春宮さん!」
彰人は彼女に駆け寄り、怪我がないか確認する。幸いにも大きな怪我はなかったが、浅い切り傷擦り傷は多数あった。
「大丈夫かい?何があったんだい?」
彰人は努めて優しい声で問いかけた。春宮は耐えかねたように涙をこぼし、言った。
「会長、私たち会うのやめましょうか」
息を呑んだ彰人が目に入っていないのか、春宮は続ける。
「私もう耐えられません。貴方のそばにいると周りが怖くて・・・」
「何が、何があったんだ?」
傷ついて己から離れようとしている愛しい人に、彰人は言い知れぬショックを受けた。呆然と彼女に尋ねると、彼女は言いにくそうに言った。
「誰かから風魔法で攻撃されて。突然のことだったので、避け切れなくて・・・これでも戦技は自信あったんですけど」
自分を誤魔化すように春宮は明るく言うが、効果はないようだった。また俯いて、やがて泣き出してしまう。
春宮の小さな嗚咽が、彰人の憎悪を燃やした。愛しい人を己から引き剥がそうとする人物に怒りが沸き起こる。
「一体誰が」
「・・・わかりません。ただ笑い声が」
もう勉強どころではなくなってしまった。彰人は魔法を使って春宮を治し、鞄も直すと、彼女を寮に送った。
そして子飼いの侍従に彼女の虐めの調査を命じた。
並行して、翌日から彰人自身も生徒や教師に話を聞いて回った。
女子生徒の間で広がる噂を聞いたのはそんな時だった。
彼女たちの間でまことしやかに囁かれる噂話は、春宮のいじめに関することだった。
噂によると、愚妹が春宮に嫌がらせをしているらしい。
嫌がらせ・・・先日の春宮の泣き顔を思い出す。彰人は険しい顔をして、拳を握りしめた。許せない。本当に愚妹が犯人ならば。・・・とにかくやめさせなければ。
彰人は調査を任せていた侍従に妹の動向調査を加えるように指示した。
果たして調査結果はこうだった。
「まず、春宮様の件ですが、犯行は複数名が行なっておりました。名簿にしておりますので、お渡しします。
それから、妹君ですが、犯行に関わっている可能性は低いと思われます。しかし、行方が追えなくなる時がございましたので、完全なる否定はできません」
名簿を受け取りながら、彰人は侍従の報告に眉を寄せた。
「どういう意味だ」
詰問する彰人に、侍従は眉尻を下げ困った顔をする。
「はい、いえ妹君の動向を追うため、失礼ながら尾行させていただいたのですが、いつも裏庭に向かったところで撒かれてしまい・・・」
調査を重ねた結果、春宮に犯行が行われた時間にも裏庭にいたようだから、直接的な犯人ではないだろうと言い訳を重ねる侍従を前に、彰人は物思いに沈んだ。
どういうことだ? 愚妹に彼を撒くなんてそんな芸当ができるとは思えない。誰か協力者がいるのか?
・・・まあいい。春宮の件には関係ない。放っておこう。
それより、この件をどうするかだな。
彰人は名簿に記された名前たちを睨む。
梅雨明け、彰人は名簿に記された令嬢たちを順に訪ね、忠告をして回った。彰人が春宮に心を傾けていることを伝え、次があれば権力を使い処罰を行う旨を告げるためだ。警告に近い。
彼女たちは彰人の訪問やその怒りに触れ、怯えながらも口々に「彩乃様に指示されてやった」と答えた。
本当にそうなのか、口裏を合わせているのかは判断がつかないが、これでは愚妹にも忠告に行かざるを得ない。
彩乃は令嬢たちに名前を利用されているのではないか。それであんな噂が立ったのではないか。
彰人は薄々気づいていたが、庇う気はなかった。
もともと妹のことは好きではない。
わがまま放題で、使用人や周囲の人間を困らせ、それでいて夢見がちで、愛されて当然と思い込んでいる。その上、大した能力もない。
足を引っ張るだけの妹なんて。
妹には見せしめになってもらおう。
噂に足元を掬われる方が悪い。それに、大して的外れでもない。
何度か春宮に嫌味を言うのをこの目で見ている。妹は彼女をよく思っていない。それは確かなのだから。
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