三 新入生交流会
「今度の週末に新入生交流会を行う。詳細は今配った紙に書いてあるが、自分のことは基本的に自分ですることになる。もちろん屋敷には侍女や侍従はいるが、ドレスの着付け以外はあまり頼らないように。食事は食堂でとる。じゃあ、書類をよく見て明後日までに参加するものは声をかけなさい。希望制とはしてあるが、できるだけ参加するように」
そんなことを藤峰先生が伝えてきたのは今週の月曜日。水曜日に出欠確認をして、本日交流会は行われるらしい。
らしいと言うのも、彩乃は参加を断ったから詳しくは知らない。詳細には大して目を通さずに捨ててしまった。交流会という名目だからだろうが、複数名同室という文を見つけ、演技関係なく参加を辞退した。周りの令嬢たちの反応を盗み見て確認してみたが、自分のことは自分でするというところが引っかかって嫌な顔をしているものが多かったので、彩乃の行動も許容範囲だろう。
そして、本日。彩乃は自分の休息所と化した教会にやってきていた。途中寮の食堂によって軽食とお茶を頼み、ランチボックスにしてもらって。
ひとりきりで行動するのはあまり表向きの設定にはそぐわないが、常に人が周りにいては疲れるばかりだ。故に隙を見ての多少の単独行動ぐらいは自分に許すことにしていた。
芝生が生えた教会内に行儀悪く寝転がり、彩乃はくつろぎ出した。人避けをした此処なら好きな本を読めるし、好きに寛げる。
彩乃はおもむろに遠見の魔法を展開した。対象を春宮玲に固定する。
彩乃の前に出現した水鏡は春宮玲を映し出した。初対面の時に魔力を覚えていたかいがあった。
どうやら春宮玲は交流会に参加しているらしい。集合場所の中庭噴水脇で騎士科の生徒と整列していた。隣に魔法士科の生徒が肩が狭そうに並んでいる。
魔法士科は結局3人しか参加しなかったようだ。令嬢2人に、庶民出身の有望株・椎名恭輔。
椎名恭輔は先日の実力試験の実技こそできていないが、筆記は高得点。魔法適正を検査したら、三属性も持っていたのだという。
貴族社会のこの国でも、三属性も使えれば庶民でも重用されるほど。人間にしては見どころがあると密かに注目していた。
集まっている人数はそう多くない。騎士科も半分くらいしか参加しておらず、合わせてちょうど科一つ分ほどの人数しかいない。
藤峰先生は呆れてため息をついている。
「よし。揃ったようだから、始めるぞ。まずは軽く自己紹介をしておくな。俺は魔法騎士科の清塚。こっちは魔法士科の藤峰先生。そして、」
言葉を切った清塚先生はなぜかいる義兄を指して紹介した。
「助手をしてくれる生徒会長の早乙女だ」
「早乙女彰人です。よろしく」
義兄がにこやかに笑って手を振るのを見て、彩乃は画面のこちら側で失笑してしまう。
「なにか分からないことがあったら気軽に聴くこと」
清塚先生がそう言って、ようやく交流会の説明に入る。先日配られた書類にも書いてあったが、交流会は一泊二日で、今は使われていない旧寮で行われる。箒の訓練や勉強会、ちょっとした遊戯などを一緒に行い、寝食を共にして交流を深めるというのが目的である。
彩乃は交流会の説明を聞き流しながら、お茶を楽しむ。
説明を終えた一行は校舎の裏手にある森に向かった。彩乃がいる森の教会の反対に屋敷はあるらしい。
知らなかった。この森にそんなところがあったとは。
彩乃がまじまじと水鏡を眺めていると、一行は森の中の開けたところに出た。
木々に囲まれた円形の広場がある。その奥には風情のある屋敷が佇み、侍従たちが玄関先で待っていた。
先生の指示があり、各員荷物を置きに散らばって行く。
遠見の魔法は春宮を追う。彼女は持ってきた荷物を割り当てられた部屋に置くと、しばしベッドの柔らかさを堪能して、服を整理し出した。
途中同室者がやってきて、春宮玲を見咎めると二人とも眉を顰めた。
科には男女傾向があり、魔法士科には令嬢、魔法騎士科には令息が多い傾向だ。規則で決められているわけではないが、毎年そうなので選びやすい空気感はある。
その中で、春宮玲は魔法騎士科を、椎名恭輔は魔法士科を選択したので、同性からのやっかみを受けていた。前例はあるのだが、二人は庶民出身で後ろ盾がないので、反感を買いやすいようだ。
特に春宮玲の方は一年魔法騎士科の唯一の女生徒になってしまい、女子に評判が悪かった。
春宮の同室になった令嬢二人は一応挨拶をして、荷物を置くと、さっさとまた出ていってしまう。
春宮玲は彼女たちの態度に肩を落としていた。同性との交流は期待できそうにない。
春宮がゲストハウスの庭先に出た時、皆もまた集まり出していた。
義兄や先生はとっくに待っており、その手には箒が抱えられていた。箒は魔法士や魔法騎士たち魔法使いには主流の移動手段の一つだ。魔道車がある現代では使う人も年々少なくなっているが、まだまだ箒を使った移動は盛んだ。庶民の中には速達の郵便など職業にしている者もいる。基本的に魔力を持って生まれる貴族の子供たちは、箒を使った遊びに幼い頃大概夢中になるものだ。
生徒たちは用意された箒を思い思いに選び取り、一人また一人と宙に飛び立つ。皆指示通り地面から数mのところで滞空して見せた。
本来血気盛んで騒ぎたい年頃の令息たちは既に騎士の訓練が始まっているらしく、今日見た魔法騎士科の整列は我が科と比べるまでもなく整然としている。
勝手に飛行を楽しみ、騒ぎ立てる者は一人といなかった。
そんな割り増し格好いい彼らに令嬢二人は頬を赤く染めて惚けていた。
生徒たちが先生の指示で色分けをして追いかけっこを始めたところで、不意に人避けの結界を抜けた存在を感知して彩乃は顔を上げた。
元々この教会まわりは人気のない場所だ。この場所自体を知らないものも多い。更に今は彩乃が人避けの魔法を展開しているので、余計に人々の意識から教会の存在は消えているだろう。
だというのに、誰がやってきたというのか。彩乃は半身を起こし、体勢を直す。
彩乃が警戒心を積もらせていると、教会の扉が大きな音とともに乱暴に開かれる。開いた扉の先には二人の男子生徒がいた。
「は?んだこれ」
片方の男子が乱雑な口調で驚きを露わにする。もう一人は逆に目を細めただけだった。
教会内は彩乃の土魔法で植物園と化している。その中心で彩乃が遠見の魔法を観ながら寛いでいるのだから、驚くのは当たり前だ。
彩乃自身も良くない意味で有名な人物でもあることだし。
招かれざる客二人は物珍しそうにキョロキョロしながら彩乃に近づいてきた。
私の目の前までくると、二人は目線を合わせるように腰を落とし、芝生に座った。
一人は胡座をかき、一人は正座をする。性格が表れているのだろう。
「初めまして、僕は有栖川和樹。魔法騎士科二年です。こっちは双子の由紀。魔法士科です。貴女の先輩ですね、早乙女彩乃さん」
人当たり良さそうに笑う丁寧な口調の先輩に、彩乃は眉根を寄せた。
どうやら自分を知っているらしい。十中八九噂のせいだろう。
実際落ちこぼれと噂の彩乃がこんなところで我が物顔で寛いでいるのに意外そうにしている。
教会内を植物園に一変させた大掛かりな土魔法を使ったのが彩乃だと察しているのかもしれない。そして、もしかしたら性格を偽っているのを気づいているかも。
さて、どうするか。
彩乃は無言で二人を迎えながら思案する。
無理やりにでも演技を続けるか、素の自分で対応するか。
彩乃は正直気に入りの休憩場所で演技などしたくはなかった。気が重い。
「早乙女彩乃ってあの?こいつが?」
由紀と紹介された男子は彩乃の顔までは知らなかったようだ。半信半疑の様子で驚いている。
彩乃は遠見の魔法を解いて、これ見よがしにため息を吐いた。
「君らはこんなところに何しにきたの?」
まさか私に会いにきたわけじゃないでしょう?
先輩に対して敬語を使わず、さりとて上から目線でと言えるほどでもなく、生意気にも対等に彩乃は振る舞った。
彼らはその無礼に気にした風もなく笑った。
「何しにって気になったからですね」
「思考を逸らされる感じがしてムカついたから」
・・・どうやら人よけの結界が裏目に出たらしい。
しかし、違和感を感じ取れるとはなかなか優秀なことだ。
「そう。なら、興味も失せたでしょう?帰ってくれる」
手をひらひら振って、彩乃は二人を追い出しにかかる。
芝生に座った二人は明らかに長居する様子だったが、他人を信用も信頼もしていない彩乃が受け入れるわけがなかった。
「あ?帰らねえよ」
有栖川由紀は当然のように言い切った。それに同調するように和樹がニコニコ笑う。
「面白そうな気配がしますからね。人によって面白いの対象は違っても、面白いことを見逃す人なんていないと思いますよ。これからよろしくお願いしますね、彩乃さん」
彩乃が露骨に浮かべた嫌な顔に怯みもせずに双子はそれぞれ笑みを浮かべる。
彩乃は大きなため息をついて、双子を無視することにした。私の休憩所として整えた気に入りの此処を私が追い出されるなんて癪だ。
遠見の魔法を再び展開させ、春宮たちの交流会の様子を眺める。
とっくに箒遊びは終わったらしく、昼食の時間だった。食後のお茶を飲みながら談笑する生徒たち。先生たちの目論見通り、随分と打ち解けたようだ。
春宮玲は魔法士科の三人と不器用ながらも話を盛り上げている。特に椎名恭輔とは様々な境遇の一致から話が合うらしく、あっという間に友達になっていた。
「おや?彼女は…」
和樹が画面の中心人物に目を止めて眉間に皺を寄せる。
「春宮玲を知っているのかい?」
思わず意外に思って尋ねると、苦々しい顔で双子は顔を見合わせる。
「彼女顔のいい男性と仲がいいらしいですが、僕らにも声をかけてきましたから」
「俺は好きじゃねえ」
「僕も好きではありません」
双子の回答に彩乃は目を瞬いた。
春宮玲は女生徒の多くからやっかまれ蔑まれている反面、男子生徒の多くから好意的に受け入れられていたはずだ。
容姿がよく、成績も、性格も良いと聞く。そんな彼女を嫉妬以外で嫌う者などそうはいない。そう思っていたが…。
彩乃は画面の中の彼女を振り返る。
丁度椎名と話し込んでいる彼女の元に義兄の彰人が寄ってきていた。
「息災かな?」
「早乙女会長!」
義兄の姿を見留めた令嬢たちは素早く立ち上がって、カテーシーを披露する。春宮と椎名もそれに倣い立ち上がって、礼をした。この数週間の間に春宮はカテーシーを身につけたらしい。不器用ながらして見せた。
「…そういえば、彩乃さんが入学式の日に彼女を馬鹿にしたって話は本当ですか?カテーシーが出来なかった庶民出身の彼女に嫌味を言ったとか」
先日の件を聞いてくる和樹に彩乃は嫌な顔をした。我ながらきつい性格をやっているとは思っているのだ。わざわざ話題にされたくないくらいには。
「本当だけど」
「何故なのかお聞きしても?彩乃さんはこの短い間だけで分かるくらい性格が普段と違いますが?」
やっぱり気づかれていたか。いや、気づかない方がおかしいのだが…。
彩乃は盛大なため息をひとつ吐いて、答えた。
「私にはある目的があってね、そのために演技をしている。それがワガママでプライドの高い恋に夢見る令嬢という設定なんだよ」
「目的ってなんだよ?」
黙っていた由紀が口を挟む。
「何を目指しているのかも、どうして目指すのかも貴方達に教えるつもりは無いよ。誰にも教えたりしない。叶わなくなったら困るから」
画面の中の義兄は春宮越しに椎名と目を合わせ、剣呑な雰囲気を発していた。対する椎名も眉間に皺を寄せ嫌そうな顔で、しかし真正面から義兄を睨み据える。
春宮を巡る恋敵といったところか。
火花を散らすような熱い二人に反して、画面のこちら側にいる彩乃たちは二人を冷めた目で見つめていた。
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