四章 風の行方

 目が覚めた。そして記憶があるか確認する。いつもの習慣となったこれは私を落ち着かせる。

 でも、この日は違った。

「……あれ?」

 お兄ちゃんの名前ってなんだっけ……?

 その事が私の心臓を鷲掴みにした。思い出そうとしても、記憶は出てこない。

 砂を掴むみたいに指の間からすり抜けてしまう。

 怖い。

 私はゆっくりとその場で膝を抱える。震える体を全身で包もうとするけど、震えは収まらない。

 怖い、怖い、怖い。

 記憶がなくなるのが怖い。記憶がなくなったら私はどうなるのだろう。闇に放り出され、なにもない空間をさまようかのような恐怖が残る。

 何も無くなってしまう。

 私は震える体を動かして、部屋から飛び出す。「おい?どうした?」

 そんな声が聞こえたけど私は無視して階段を降りる。

 裸足のまま外に飛び出し、朝の住宅地を駆けた。


 公園に着く。周りを見渡す。

 朝の公園には誰もいなくて、少しだけ肌寒い。

「っ……」

 声が聞きたかった。優しいあの声が……。

 胸から冷たくて、辛い塊が全身に薄く広がる。

「……ユリちゃん?」

 だから、その声を聞いた時、思わず涙がこぼれた。暖かい優しい声。

 私は泣きながら振り返る。

 風が流れる。

 記憶は戻らない。帰って来ない風のように。風はどこに行くの?流された記憶とともに。

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