三章 夕方の灯火

 目を覚ます。数秒間ボーッとすると頭の中で記憶があるか確認する。

 そして今日も記憶があることにホッとする。

 ここ最近こんな感じで記憶を確認している。そうしなければならない気がするのだ。

 それが終わると着替えて、部屋を出る。食事をしたら歯を磨き、麦わら帽子をかぶって外へと踊り出る。そして、日課になった古谷君がいる公園へと足を運んだ。

「やっ」

 公園では古谷君がベンチに座って本を読んでいて、私はそんな古谷君に声をかけると古谷君は顔を上げて笑いかけてくれた。

「あ、ユリちゃんおはよ。今日も暑いね」

「うん。そうだね! 今日はどうする?」

 そう言いつつ、私は古谷君の隣に座った。そんな私を見て、古谷君はどこか懐かしそうに笑う。

「そうだね……。じゃあ今日は買いたい物があるから本屋に行こうか」

「本屋……? 何を買うの?」

 そう言った私に古谷君はクスッと笑う。

「やだなぁ、本屋で何を買うかって……ふふ」

 古谷君はおかしそうに笑う。その瞬間、私が今間抜けな発言をしたことに気づく。

「あ、そ、そうだよねー。本屋で何を買うってバカな質問だったね……はは」

 は、恥ずかしい……。なんでこんな質問をしたのだろうか。

 そう思いうつむいていると、笑い終わった古谷君が、涙を拭きながらほほえむ。

「いや~おもしろかった……。じゃあ行こうか」

 そう言って、古谷君は立ち上がる。

「……うん」

 ふてくされた私に古谷君は微笑みを浮かべた。

 それから、本屋に行って古谷君は2冊の本を買った。

「……どんなの本を買ったの?」

 私がそう言うと古谷君はバックに入っていた本を取り出す。

「参考本と小説だよ」

 取り出した本は分厚い生物の絵が書いてある本と、綺麗な星空が写っている小説で、『夜空の灯火』という題名だった。

 その題名を見た瞬間、ザザッと頭にイメージが流れる。思わず片手でこめかみを押さえる。

「……なに? いまの……」

「ん? どうしたの?」

 古谷くんが不思議そう聞いてくる。それに笑ってごまかす。

「……そう?」

 古谷くんが笑う。見た事のない辛い笑顔だった。まるで無理してこの時間を止めようとしているような笑顔。でも、見たことない笑顔だったのに、見たことがあった。

 それはさっき頭の中に流れたイメージそのもの……だったからだ。


 カナカナとセミが鳴いている。雲は真っ赤に染まり、まるで世界が終わるようなそんな景色だった。

「もうそろそろ帰らなきゃね」

 古谷くんは夕焼けを眺めながら公園のベンチから立ち上がる。

「うん。そうだね」

 私もそう言って立ち上がる。

「……ねえなんで夕焼けは赤いの?」

 私は思ったことを口にする。

 その問いに古谷くんはバッとこっちを見る。そして懐かしそうに笑った。

「それはね、太陽が生まれ変わろうとしようとしてるからだよ」

 その不思議な言葉に首を傾げる。

 それにまた、古谷くんは笑う。

「太陽は昇っては沈む。その様子を生まれ変わっているように見えるから。僕はそう思っている」

 そう懐かしそうに話す古谷くん。

「最後に輝いて燃え尽きる。だからね」

 そう言って古谷くんは数歩だけ前に進む。夕陽に向かって、綱渡りをするかのように。

 そして振り返った。満面の笑みで、体を傾けて。

「夕方の灯火って言ってるんだ」

 そう聞いた事のある響きに心が揺れる。

「そう……なんだ」

 そう返す事しか出来ない私に、古谷くんは笑った。

「帰ろっか」

 そう言って手を差し出した。その手を見た私は笑ってしまう。

 まるで王子様とお姫様のようだ。

「うん」

 私はその手を握る。そしてベンチから立ち上がって歩き出した。

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