二章 雪が降る
数日が経過していた。私は家で家事の仕方などを教わったりしていたが、今日は久方ぶりのお出かけだ。
「さて、迷わないようにスマホも持った。水筒ある。ノートはある。うん、完璧」
そう言いながらリュックの中を確認しつつ玄関に向かう。
「大丈夫? 気を付けるのよ?」
後ろで母が心配そうに声をかけてくれる。
「大丈夫だよ。じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
その後ろで聞きながら私はドアを開ける。外は暑かった。セミは鳴き、じめじめした暑さが私を襲う。
「……あっっつ」
念のため麦わら帽子をかぶって正解だった。でなければ、あいすくりーむのように溶けていただろう。
それにしても、あいすくりーむ。おいしかったな~。
「……どこ行こうか」
涼しい所に行きたい。そう思いながら足を進めた。
ぶらぶらしていたら公園についた。
「あちぃなー」
そうつぶやき木陰のベンチに座る。公園では子供が遊び、お母さま方はおしゃべりをしている。のどかな光景だ。
「こんにちは」
ベンチに座って麦わら帽子であおいでいると、声をかけられた。涼しい風が吹くような落ち着いた声。その方向を見ると人がいた。青いジーンズに黒いシャツ。白い肌に茶色っぽい瞳。黒い丸眼鏡。肩まである髪。
……キレイだ。
心の底からそう思った。
「? どうしたの? 大丈夫?」
その人は不思議そうに首をかしげる。
「あ、すみません。こんにちは」
あわてて挨拶をする。その人はまた笑ってこんにちはと言った。
「隣、いいですか?」
その人はそう聞いてくる。
「あ、どうぞ」
そう言うと、その人は嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
その人は座ると、リュックの中から、水筒を取り出して蓋を開ける。
私は目を奪われた。その人に……ではなく、そのリュックに。
ベージュ色のリュックサック。見てわかる。長いこと使われているものだ。一年とかそこらじゃない。少なくともリュックが穴が開きそうなくらい使われている。
「……気になる?」
水を飲み終わったその人がこっちを見ていた。
「あ、す、すみません……つい」
謝ると、その人は笑って言った。
「大丈夫。……このリュックは僕の大切な人にもらってね……。もう八年も前になるかな?」
八年……!
「長い間大切にしてるんですね」
「……うん。そうだね」
妙な間がありその人はしゃべる。
「……彼女は僕に本当に優しくしてくれたんだ。誕生日プレゼントをくれたりこんな僕に友達って言ってくれたりしてくたんだ」
そう言う彼は悲しそうな顔をしていた。
どうしたんだろう……。
そんな思いが聞こえたのか、彼がこっちを向く。
「……彼女は亡くなったんだよ」
重い岩がのしかかってきたようだった。
「ご、ごめんなさい。そんなこと知らなくて……」
「いや、いいんだ。初対面だしね」
「……ごめんなさい」
何度謝っても許されるものではない。それなのに、謝ることしかできなかった。
「いいんだって……。あ、じゃあ、名前……教えて? そしたら許してあげる」
彼はそう言って笑った。
「そ、そんなことでいいんですか?」
「うん。それで? 名前は?」
知らない人に名前を教えるのには抵抗感があった。
少し悩んだ。……でも。
「……私は清水ユリといいます」
この人なら大丈夫。そんな感覚があった。
「ユリちゃんっていうんだね。ユリの花言葉は『純粋』と『無垢』 ……ぴったりだね」
私は目をパチパチさせてしまう。
「花言葉ってなんですか?」
初めて聞いた言葉だった。花に言葉があるのだろうか。それとも、別名なのだろうか。
「あれ? 知らない? 花には1つ1つ意味があるんだよ。たとえばバラの花言葉は『愛情』。チューリップは『思いやり』って。他にも誕生花とかもあるんだよ」
「そう……なんですね」
面白いと思った。花にも意味があって、それが何なのか知りたかった。
「……もっと教えてもらえませんか? 面白そうです」
すると彼は、一瞬キョトンとするが次にはニコッと笑った。
「いいよ。じゃあ、自己紹介をしなきゃね」
そう言うと、彼はそっと手を差し出す。
「僕は
私はおずおずと手を握る。
「清水ユリです。よろしくお願いします」
そうして私は記憶を失って、初めての友達ができた。
そして古谷ちゃんと呼ぶと、『男だよ』っと笑った。それにとても驚いた私は何回も確認したのだった。
そのことを家族に伝えると『よかったね』と言われたが、病気のことは話したほうがいいと言われた。
……だけど、怖かった。否定されるかもしれない。気味悪がれるかもしれない。それが怖かった。
その夜はなかなか寝付くことができなかった。グルグルと考えてしまって、寝付けない。眠れたと思ったら、何かが、白い綿のようなものが降る夢を見た。それは冷たくてすぐに透明な水になってしまう。
そんなものが降る夢。
それが降り積もっていく中に、木が立っていた。つやのある濃い緑の葉に真っ白な花。その花は5枚の花びらを一枚一枚落としていく。それがなぜか悲しかった。
そのことを古谷君に話した。
「ああ、その花は多分サザンカだね」
古谷君は少し考えた後、そう言った。
「サザンカ……?」
「うん。サザンカ。花びらが一枚一枚散っていたんでしょ? だったら多分サザンカだと思う。白いサザンカの花言葉は……『愛嬌』だね」
なぜか花言葉を教えてくれる時に少し詰まる。少し不思議に思ったが、それどころではなかった。
なんで夢にサザンカができたのか? それが分からなかった。
花言葉は……『愛嬌』
その花が散ったということは、どういうことなんだろう。
「サザンカは、秋から冬にかけて花を咲かせるから、白い綿のようなものってのは雪だろうね」
そうのんびりという古谷君。
「雪? 古谷君と同じ名前だね」
「……まあ、そうだね」
そう言って笑う古谷君はどこか寂しそうに見えた。
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