一章 写真
目が覚める。目を覚まして、まず思った。
「ここは……?」
ここがどこかわからなかった。……いや、それ以前に。
「私は、なに?」
誰なんだろう、私は。
……
……
まず、情報を整理しよう。
以外に冷静な私は、あたりを見渡す。薄いベージュの壁紙に白いベッド。小さな茶色の引き出しに、緑のカーテン。その他のちゃぶ台や、ウサギの人形。
どうやら、ここは誰かの部屋のようだ。でも誰の部屋だろうか?
そう考えていると、ちゃぶ台の上に、一冊のノートが置いてあることに気付く。そのノートは使い込まれた青いノートで、所々に汚れがついていた。
ベッドから降りて、ちゃぶ台の前に座りそのノートを手に取る。ノートはカサッと音を立てた。
「……え?」
驚いた。そのノートは懐かしい感じがして、さらに、ノートの表紙には……。
『思い出の私』
と書いてある。私の字で……。
思わずノートを開く。そこにはメッセージが書いてあった。
『おはよう。あなたは今、記憶がありません。だけど、安心して。このノートにはあなたの大まかな事が書いてあるから』
そう書いてあった。私は、もう一枚ページをめくる。
『清水ユリ 年 17歳 好きなこと 散歩 嫌いなもの セロリ 家族構成 母、父、兄 好きな人 ●●君』
「清水……ユリ」
私は、名前を繰り返す。ユリという名前、好きなこと、嫌いなこと、しっくりと来たのだ。
しかし、好きな人の部分だけ、ボールペンで塗りつぶされて分からない。
「ま、いっか」
そうつぶやきまたページをめくる。
そこには、私の家族の名前や顔写真が張り付けてあった。
父は真面目そうなつり目のサラリーマンで、母はたれ目がちの優しそうな女性だ。そして、その両方を引き継いでいる真面目そうな、でも優しい雰囲気の兄。
次のページには日記が書いてあった。
『私は11歳の時、だいたい一ヶ月に一度記憶を失う病気になった。先生がいうには頭の中の海馬という部分が不具合を起こしているそうだ。だから、私はこのノートを残す。記憶がなくなった私のために』
そう書いてあるページはいくつかあった。
「記憶……失う……」
そうつぶやいた。とたんに恐ろしくなった。なぜだかわからない。でも、怖かった。
ノートを胸の中で抱えて、握りしめる。恐怖に飲まれないよう、必死で。
ノートを抱えたまま震えていると、カサッと紙の落ちる音がした。どうやらノートに挟まっていた紙が落ちたようだ。そっとその紙を拾う。
それは写真だった。ちょっとだけ黄ばんだ写真。それを見た瞬間、心の中にあった恐怖が消えていった。
その写真の中には女の子が写っていた。
夜空を背景にこっちを向いて屈託のない笑顔をしている黒髪の女の子。
「……私だ」
なぜかそう思った。少しつり目で、優しく笑っているその女の子が、私だった。そして、その写真は何かを訴えかけているように感じた。何かはわからない。でも、そう思うくらいその写真には思いがあった。
……この写真を撮った人に会いたい。
その時だった。
「ユリ! 早く起きなさい‼」
女の人の声が部屋の外から聞こえてきた。突然のことで心臓が止まるかと思った。
「な、なに?」
そっと立ち上がるとドアに近づく。ゴクリと唾を飲む。ここは未知の場所だ。気を付けなければ……。
ドアノブをつかみ、引いてみる。カチャと音がしてドアが開く。ゆっくりと顔をのぞかせる。
「ああ、おはよう。ユリ」
顔をのぞかせた瞬間。声をかけられた。
「ひっ……」
思わずそんな声が出てしまう。パッと声がしたほうを見るとノートにあった写真の人がいた。
……兄だ。
「ん? どうした? ……ああ、忘れたのか」
一瞬兄が悲しそうな顔をする。が、次の瞬間には笑顔になった。
兄は前かがみになり、優しく聞いてくる。
「おはよう。自分の名前はわかるかい?」
私は、こくりとうなずく。すると兄は、にかっと笑う。
「そっか、じゃあ自己紹介をしよう。俺は清水シオンっていうんだ。気軽にシオンでいいぞ」
「清水ユリ……だと思います」
そうつぶやくように言うと、兄……もとい、シオンはよくできましたというように笑う。今気づいたがシオンは背が高いらしい。180cmぐらいあるのではないだろうか……。
そう思っているとシオンは前かがみの姿勢をやめる。
「じゃあユリ、家を案内するからついてきて」
私はうなずく。それを見るとシオンは笑う。
それからトイレの場所やお風呂、洗面台の使い方を教わった。その後は母親と父親に会った。
母は『今回は早かった』といい、父は冷静に自己紹介をした。
今日は休日らしく、朝からシオンが町を案内してくれた。
肉屋や八百屋さん。服を売っている場所だったり、景色がいい所。あいすくりーむという甘くて冷たいものを買ってくれたりした。
「どうだ? だいたいわかったか?」
「はい。ありがとうございました」
そうお礼を言うとシオンはキョトンとした顔をする。
「……敬語は使わなくていいぞ。だって兄妹だしな」
そうシオンは当たり前だろ? といった顔をする。
兄妹……。その二文字の言葉はこそばゆくて、でも嬉しかった。
「分かりまし……分かった。よろしく」
そう言うと、シオンは笑って空を見上げる。つられて空を見るとそこには大きな雲が天を突いていた。
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