第10話 出口のない逃げ道

 俺は、ここにいていいのだろうか?

 恋愛どころか、女友達を作ることすらも許されなかった。

 カンツォーネは、どこまでも追ってくる。


「ごめんな。


中央さん、ヒサっち。


俺は、ここにいるべき人じゃないかもしれない」


 二人は、何も言う様子がなかった。


 また転校しよう。

 今度は共学とかじゃなくて、男子校に。


 次の日から、俺は転校することになった。

 俺は、それと同時に異世界で「アーネスト」という名前をもらうことができた。


 俺は、坊主頭から髪を伸ばすことにした。

 あれから、数年の月日が流れて、俺の髪は肩まで伸びた。


 強くなるために、小学2年生から、剣の修行を始め、剣道の世界では強い方に入る。

 

 男子校だからか、カンツォーネもやって来なくなった。

 だけど、俺はいまだに気になっているんだ。

 どうして、カンツォーネが俺のことをつけ回し、まわりにいる女ばかりを狙うのか。


 3年の月日が流れる頃には、剣道界ではトップクラスになっていた。

 だけど、これは子供の中でという話であって、大人と戦ったことがないから、体の大きくて体力がある人相手だとどうなるのかはわからない。


 俺は小学5年生になり、中学の進路をどうするのか悩んでいた。

 今からじゃ早いという大人もいるかもしれないけれど、私立の中学校に入学したいと志望する子供からしてみれば、遅い方である。


 そして、今は偽名だ。

 多分、ばれることはない。 

 カンツォーネに気づかれない確証は、どこにもないし、彼女はいつどこで情報を入手しているのかわからない。


 俺はカンツォーネから身を隠すために、坊主頭から、髪を伸ばすことにしていた。


 俺は、この学校に転校してから、寮に泊まっていて、春休みと夏休みと冬休みの年に3回、母親の家に帰ってきているくらいだった。


 そして、男子校で過ごしていると、女友達はできないけれど、自然と男友達ができるようになり、俺にはカーロアミーゴという親友もできた。


 俺は夜に、ベランダで景色を見ていた。

 久しぶりだ。

 こんなじっくり夜空を見ていたのは。

 カンツォーネがいた頃は、じっくりそんなことをしている暇なんてなかった。


 ここで、鮫のぬいぐるみが、どこからか現れた。


「わっ!」

 

 俺は、驚いた。


「おいらの顔を、忘れたのか?」


 そう言われて、よくまじまじと見てみると、見覚えがある姿だった。


「スクアーロ?」


「やっと、思い出したか。


おいらだ。


スクアーロだ。


ここは、異世界みたいだが」


「俺のことを、本名で呼んだりとかしない?」


 俺は気になり、聞いてみた。

 偽名でないと、異世界だけで名乗れる異世界ネームでないと、カンツォーネにいつ、気づかれるのかわからない。


「本名じゃなくて、なんて呼べばいい?」


「・・・・・アーネスト・・・・・」


「うむ?」


「俺のことは、アーネストと呼んで?」


「よかろう」


「ところで、どうして、スクアーロはやってきたの?


どうやって、ここに来たの?」


「貴様の母親から、聞いたんだ」


「母さんが?」


 母さんが、スクアーロに俺の居場所を教えた?

 見ず知らずの生物に、簡単に教えるとか考えにくいな。


「母さんと、スクアーロは知り合いなの?」


「何も聞いとらんようだな。


炎の聖女候補のカンナについても、水の聖女候補の鈴木氷雨についてもだ」


「何の話?」


「カンツォーネの惨殺事件。


どうして、アーネストばかりを狙うのか、疑問に思ったとかないか?」


「思っていたとしても、本人が教えてくれなきゃ」


「カンツォーネは、殺人鬼ヤンキー佐藤と、水の聖女の素質を持つ鈴木氷雨の一人娘。


彼女は、アーネストの2歳年上だ。


炎の聖女の素質を持つカンナは、アーネストの母親だ」


「俺が、炎の聖女の娘?」


 何のことだか、わからない。

 そんな話は、初めて聞いた。


「二人は、とっても仲が悪かったけれど、カンツォーネとアーネストは仲のいい幼馴染だった」


「幼馴染?


俺は、記憶がないけど?」


「何せ、最後に会ったのはアーネストが2歳で、カンツォーネが4歳の時だった。


だから、憶えていないのかもしれん」


「2歳ってことは、俺の両親が離婚する前かつ、保育園に入る前の話だ」


 そう言われてくると、保育園に入る前に遊んだ女の子がいた。

 だけど、顔も憶えていないし、名前も知らない。

 もしかして、あの女の子って・・・。


「カンツォーネ?」


 俺は、スクアーロに聞こえないように、そっと呟いた。


「アーネスト、母親同士の喧嘩によるもの、そして何より、あのカンナって女が、男選びに失敗してしまったことは大きかったな」


「父さんに関しては、記憶が曖昧だったけれど、なんとなくは憶えている。


いっつも、母さんと父さんで喧嘩していた。


いつから、なにかはわからない。


当時は仲良くしてほしかった。


だが、幼い俺は仲良くしている似顔絵を描いただけで、怒られた。


全部は、憶えていない。


けど、だけど、鬱陶しいって言われたことだけは憶えている」


 父さんに言われた時は、その言葉の意味はわからないはずなのに、なぜかそれだけが記憶に残った。

 赤音や青葉から「鬱陶しい」と言われて、父さんに罵倒された記憶が蘇り、俺に深い傷を残した。

 それは、立ち直れないくらいだった。


 父さんに対する心の傷は、今も消えていない。

「鬱陶しい」という言葉は、俺のトラウマを植え付けた言葉であり、それだけで精神的に追い詰められそうになる。


 俺は、涙を流した。

 3年も流したことのない涙だったけれど、過去のことを思い出しながらだと、止まりそうにない。


「おいら、傷つく発言をしてしまったか・・・?」


 スクアーロが心配をしている。

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