番外編 カンツォーネの両親の出会い
これは、甥のひさめ君と出会う前の物語。
今から、数年くらい前の物語。
あたしは、幼稚園受験のために必死に勉強する真面目な優等生だった。
あたしが、これから入る幼稚園は難関の、学力が必要な幼稚園だったから。
そして、重荷になる両親からの期待も大きかった。
両親から、私立の幼稚園、小学校、中学校、高校、大学まで決められていて、すべては親のためだけに頑張っている、真面目だけが取り柄のあたしだった。
髪は黒髪のショートヘアーで、髪を伸ばすことは許してもらえなかった。
両親からの抑圧で壊れそうな時は、幼馴染だけが頼りだった。
幼馴染は、近所に住んでいて、生まれた時から一緒に育ったあたしの親友。
そして、あたしの初恋で、片思いをしている。
その名は、佐藤君。
幼稚園は別々になるみたいだけど、あたしはそれでも親友だと信じていた。
「佐藤君、一緒に遊ぼうよ」
「いいでござるよ」
あたしは、佐藤君と会えることが毎日の楽しみだった。
この時のあたしは、今みたいな「あたくし」でござる口調で話すことはない。
一人称が「あたし」で、中性口調で話す、どこにでもいる普通の、何の変わったことがないような子供だったと思う。
佐藤君は、なぜかいつも、鮫のフード付きパーカーを着ていた。
当時のあたしとしては、それが不思議でしょうがなかった。
「そういえば、佐藤君は、どうしていつも、鮫のパーカーを着ているの?」
「かっこいいからでござるよ。
わたくしも、鮫みたく強くなれたらなーって思っているのでござる」
「ふうん、変なの」
佐藤君は、ござる口調で、一人称は「わたくし」だった。
理由は、なぜなのかはわからないけど、物心がついた時から、そんなかんじだった。
そして、佐藤君は、髪を緑色に染めて、腰まで伸ばして二つの三つ編みにしていたものだから、あたしの両親はもちろん、近所の人からも不思議がられていた。
「何なの、あの子?
男なのに、髪を伸ばして、三つ編み?」
「しかも、何あの喋り方?」
「いつも、着ている鮫のパーカーには何の意味があるの?」
近所の人たちからの、ひそひそ話がいつもたえなかった。
「佐藤君、いいの?
近所のおばさんから、こんなこと言われているよ」
「気にしないでござる。
風のように、痛くないでござるよ」
この時、あたしは心の中で「佐藤君は、不思議な人だ」と思ってしまった。
その日は、これで終わった。
あたしは、親が指名された幼稚園に見事、合格した。
こうして、あたしと佐藤君は、別の幼稚園に通うことになったけど、佐藤君は幼稚園の制服の上から鮫のパーカーを着ていた。
「佐藤君、幼稚園にこんな格好で着ていていいの?」
「何を言っているでござるか。
自分でいいと思えば、いいのでござるよ」
「それ、かっこよくないから」
あたしは、さりげなく毒を吐いた。
「氷雨は、もっと自分らしく生きていいと思うでござるよ」
「自分らしく、か・・・。
自分らしくなんて、言われてもわかんないんだ。
あたしは、物心がついた頃から、親の言いなりで、親のために生きてきたから」
あたしは、悲しそうに話した。
自分らしくなんて、生きれるわけがない。
あんな親から生まれてしまったのだから、わけもわからない状態で、従うしかないのだ。
「なら、ふざければいいでござるよ。
なぜなら、おふざけは、生きがいだからでござる」
「言っている意味が、わからないよ」
いつだって、そう。
佐藤君は、わけもわかないことを語りだす。
誰が、どこから見てもわかるように、佐藤君という人は、極度な不思議ちゃんだ。
幼稚園から始まっても、親からの解放はされず、いやいや私立の小学校の入学のために勉強をする日々だった。
あたしが、何のために生きているのかわからない。
本当は、髪を伸ばしたい気持ちもあったけど、あたしは諦めていた。
あたしは、親という存在がなくなるまで、男の子のように短い髪の状態で過ごすんだと思っているから。
しかも、学習塾にも行かせられるようにもなり、忙しいせいか、佐藤君との時間も次第に減ってきた。
佐藤君は、気が付けば有名な、最恐な幼稚園ヤンキーとしても、恐れられるようになり、近所の人も避けていき、あたしの両親も、佐藤君から引きはがすようになっていった。
でも、あたしは佐藤君が気になってしょうがなかった。
だって、あたしは佐藤君のことが、恋愛対象として好きだから。
そして、数年の月日が流れて、あたしは幼稚園の年長になった。
佐藤君は、大人でも勝てない鮫のパーカーを着た最恐のヤンキーとなっていた。
そして、人を殺すようにもなっていた。
両親から、そんな話を聞いて、いてもたってもいられなくなり、あたしは家を飛び出して、佐藤君を捜しに行っていった。
どうして、このような行動をとっていたのか自分でも、わからない。
ただ、あたしが見つけてあげなきゃいけない気がしたから。
ごめんね、佐藤君。
あたしは、佐藤君にかまってあげられる時間が、本当になかった。
あたしは、鮫のパーカーに血がついている佐藤君を見つけた。
「佐藤君・・・・?」
「氷雨でござるか?」
「佐藤君、何をしているの?
殺人を犯したって、話は本当なの?」
「そんなものは、このパーカーについたものを、見ればわかるはずでござるよ」
佐藤君の着ている、鮫のパーカーには、飛び血がついていた。
「まさか・・・・」
あたしは、現実を否定したかった。
あたしの幼馴染は、噂である殺人鬼であることが真実だということを。
「氷雨、ごめんでござるね。
わたくしは、理想の王子様になれなくて」
「何を謝っているの?」
あたしは、涙を流していた。
涙を抑えられるわけがなかった。
「わたくしは、小さい頃から、ずっと氷雨のそばにいて、氷雨を守れるくらいの男になりたかったでござるよ。
氷雨、こんなわたしくでごめんでござる。
大好きでござるよ」
「あたしも、ずっと佐藤君が好きだった・・・。
だけど、こんな形でなんて、嬉しくないよ・・・」
「あはは、氷雨を悲しませる形でごめんでござる。
わたくしは、氷雨に笑ってもらえる、楽しませられることを目標に頑張ってきたのに、なぜ、こんなふうになってしまったのか、自分でも不思議でござるね」
「あたしは、楽しかったよ。
佐藤君といられる日々が」
「だけど、氷雨はなぜかいつも、楽しそうに感じられなかったでござるよ。
おふざけは、わたくしの生きがいでござる。
だから、氷雨にもふざけてほしかったでござるよ」
「こんな時でさえも、わけがわからないことを言うんだ・・・・」
あたしは、佐藤君が犯罪者になってしまって悲しい気持ちと、やっと佐藤君と話せたという嬉しい気持ちで、涙を流していた。
「氷雨、これからは自分の道を行くでござるよ。
真面目だけが取り柄の氷雨かもしれないけど、笑って、毎日を楽しく過ごしてほしいのでござるから。
じゃあ、わたくしはこれで最後でござるね」
「最後なんかにさせないから、佐藤君、一緒に逃げよう」
「え?」
「君は、警察に追われるかもしれない。
大人たちも、佐藤君を許してはくれない。
だけど、あたしは、佐藤君と一緒にいたい。
だから、佐藤君、一緒に逃げよう。
幼稚園のことも、これからのことも、あたしは別にいいから、佐藤君とずっと一緒にいたいの」
「氷雨・・・・」
佐藤君は、犯罪者になってしまった。
だけど、あたしは、佐藤君と一緒にいられるなら、どんな方法でもよかった。
「氷雨、わたくしのことを好きになってくれて、ありがとうでござるよ・・・。
わたしくも、氷雨が大好きでござる。
氷雨しかいないでござるよ」
佐藤君も、泣いていた。
だけど、パトカーに乗った警察の方が来てしまい、あたしと佐藤君は囲まれてしまった。
「佐藤君!?」
「大丈夫でござるよ。
わたしくを、何だと思っているでござるか?
アグアシャワー」
空から雨が降って、それに当たったパトカーは壊れ、警察たちは血だらけの状態で倒れた。
「佐藤君、これって・・・・?」
おそるおそる聞いてみた。
「警察たちは、永遠の眠りについたでござるよ」
「そうじゃなくて、今のは魔法?」
「それ以外に、何があるでござるか?」
「魔法なんて、本当にあるの?」
「魔法の存在を信じていないとか、氷雨は大人に影響されたのでござるな。
あるでござるよ。
なければ、世の中はほとんどで成立してないでござる。
魔法が存在しないって言うのなら、その根拠を示してほしいくらいでござるよ」
そうか。
あたしは、やっと理解した。
佐藤君は魔法で、人を・・・・。
これ以上のことは、言いたくない。
こんな小さな体で、どうやって大人たちに勝てるのかと疑問に思っていたけれど、信じられないけど、魔法を使っていたのかもしれない。
「さ、ここにはいられないから、異世界へ行くでござるよ」
あたしは、佐藤君についていった。
ここで、あたしは異世界の存在のことも知っていくことになる。
絵本で読んだこともある異世界や、魔法も、あれは誰かの作り話とくらいしか思っていなかったけれど、本当にあったんだ。
異世界にはたくさん怪物がいて、その度に、佐藤君の「アグアシャワー」とか「水鉄砲」に守られてばかりいた。
「氷雨、やっぱり、今の君には異世界は危険でござる」
「うん」
あたしは、否定しきれなかった。
異世界で、足手まといになっていることは事実だから。
「わたくしは、氷雨をいつまでも、待っているでござるよ。
だから、氷雨も強くなれたら、また会いに行くでござる」
「いつか、また会おうね」
「あと、小さい頃の記憶のことは忘れちゃいそうだから、これをあげるでござる」
あたしは、佐藤君から鮫のパーカーをもらった。
「嬉しい、ありがとう。
いつまでも、大切にするね」
こうして、あたしは元の世界に帰ってきた。
両親からは「どこに行っていたの?」と怒られた。
「あたしは、近所の佐藤君のところに遊びに行っていたんだよ」
あたしは、親に嘘がつけなくて、本当のことを言ってしまった。
殺人鬼の佐藤君のことを言ったら、もっと怒られるような気もしていたけど・・・・。
「佐藤君?」
母が、首をかしげた。
「そんな子、近所にいたか?」
父も、首をかしげた。
聞く話によると、なぜか佐藤君の存在は、最初からいないことになっていた。
これは夢なのかと、その事実を知ってからそう思っていたけれど、あたしは鮫のパーカーを持っている。
夢じゃない。
あたしは、鮫のパーカーを着た。
「こんな、パーカー、どこで拾ってきたの?
今すぐ、捨てなさい」
母親から、脱がされそうになったけれど、
「いやでござるよ」
あたしは、母親の手を振り払った。
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