2話 諏訪原二葉

 あたしは次の日、学校を休んだ。

 瞬と、それから遥から心配をするLINEが5件。4件が瞬からのもの。どちらにしろ既読スルーしたから同じことだ。なにを返せというのだろう。なにもいえることはない。

 ただそのうち一件だけ、気になる内容があった。


「新作できたから読んでほしいんだけど」


 こんなときでも、読みたい。素直にそう思った。

 でも、それどころじゃないんだよとも思わざるを得なかった。


 陸斗さんは優しい人だった。

 寡黙で、知的で、大柄な体格だけどそれが全然怖くない。そういう人だ。

 一言で動物に例えるならゴリラみたい。ただ顔は男前なゴリラだ。静かな場所でなにか思案気に佇んでる姿が似合う。


 いちねえとのカップルは、あつらえたようにぴったりとハマっていた。運命というならあの二人だって運命だったと思う。

 強気で明るくて、すぐ人を使うクセがあるいちねえ。それに対して、重々しく「わかった」とだけ返してなんでも叶えてあげてた陸斗さん。他の男性ならいちねえに疲れを感じることもあったかもしれないけど、陸斗さんに限ってそれはなかった。


 いちねえがこの家に帰って、恐らくはあたしのために家業を継ぐと決めたとき、入り婿することをすぐに決断してくれたのも、陸斗さんのほうからだったらしい。

 まだ聖也が生まれていなかった当時、いちねえの最優先は年の離れた妹のあたしで、それを陸斗さんは尊重してくれた。

 そういう、優しい人だったのだ。


 離婚話がどんな風に進んだのかはあたしにはわからない。

 子供まで作った愛する妻と、テレビでしか見たことがない異界人のような女優を見ながら、陸斗さんはその話にどう答えたんだろう。

 いつものように、「わかった」とだけ言ったのか。

 それとも、こんな場合の裏切られた側なら当然に許されるべきこととして、声をあげて怒ったりしたのだろうか。そんな陸斗さんの姿は想像できないけれども。


 とにかく結論として、陸斗さんはこの家を出ていった。聖也を連れて。

 いまこの家には、代わりに家族ではない女が居座っている。

 あたしはそのうち、彼女のことを姉と呼ばなくてはいけなくなるのだろうか。そんな未来は恐ろしすぎて、受け入れることができるとは思えない。


 陸斗さんと聖也に謝りに行かないといけないな。

 うちの姉がとんでもないことをしてしまって、すみませんって。高校生の、単なる妹に過ぎないあたしにそんなこと言われたって、陸斗さんにはなんの意味もないだろうけど。


 もしくは。


 あたしがあなたたちの家庭を壊したかもしれません、ごめんなさいって。

 馬鹿げた夢のことなんて説明できない。それこそ、陸斗さんにはからかわれてるような話だろう。

 ああ。本当に、何もかも夢だったらどんなによかっただろう。




            ※   ※   ※




ゆさゆさ、ゆさゆさ。


 肩をゆすられる感覚が、あたしを気絶のような眠りから呼び覚ます。

 ……ああ、また寝てたんだ。おとついは徹夜になってしまったし、昨日は帰ってきてから現状に叩きのめされたし、もうあたしは何がなにやら上も下も右も左もない気分で布団に入ったのだ。

 早朝に一度目覚めて、学校へ行く気力がないから寝て、昼前にも起きて、スマホを見て、眠くはないけど起きてもいたくなかったから寝て。12時間以上は寝たんだろうな。寝すぎて、頭の奥がちょっと痛い。


 ぼーっとしながら、あたしをゆすってた人を見上げる。

 寝ぼけまなこで視界がかすむ。


「……おはよ、ふたねえ」

「おはようじゃないわよ。もうお昼過ぎよみっちゃん。ごはんは食べたの?」


 心配げにそう語るのは、あたしのもう一人の姉の諏訪原二葉。

 ちょっと明るく抜いた茶髪にウェーブをかけたロングヘアが、すごく優しそうに見える。実際、優しい。

 いちねえとはまた違って、包み込むような、本当のお母さんのような柔らかな居心地をくれるひとだ。いちねえとは一歳違い。あたしとは6つ離れてる。


 それと、芸能人なみの美女でもある。

 きりっとして姉御肌のちょっときつそうな見た目のいちねえとも、そばかすが浮いてて自信なさそうな目つきのあたしとも違う。うちの家族で明らかに浮いた美形。

 あの嵯峨野芽衣と並べてもそうは引けは取らないのではないだろうか。それはさすがに言い過ぎか。


 そして、既婚。高校時代に猛アタックをかけてきた幸太くんと6年の交際期間を経て、大学卒業と同時に結婚した。そして家を出て二人暮らしを始めた。

 家族のひいき目抜きにしても美人すぎるふたねえと、顔もふつうでしかもチビで特に秀でた特技のなかった幸太くんは、傍目に全然釣り合いの取れてないカップルだったけど、いつでもとにかく仲良しだった。たぶんふたねえは幸太くん以外の男性と付き合ったことがない。


 そこまで、うつろな頭で考えたところで。

 ……あれ? いま、あたし触られてた?

 一瞬で、氷の浮いた海へ投げ出されたみたいに、意識が覚醒させられた。気持ちが凍り付く。


「……どうしたの、みっちゃん」


 よっぽどひどい顔をしてたんだろう。ふたねえが、おろおろしながら片手をあたしに差し伸べた。

 あたしはそれをパシンと払いのけてしまった。

 もうこんなことしても遅いのに、触れられてしまったいまさらなのに。


「さわんないでっ」


 あたしに反抗期はなかった。まだ学生だったのに色んなことを擲って、中学生のあたしを面倒見てくれた二人の姉に逆らうほど、バカじゃない。

 両親が天国へ旅立つ前から、自慢の姉に甘えこそすれ、嫌ったり怒ったりしたことは一度もない。

 そんなあたしの急な態度に、ふたねえは目を丸くして驚いてた。胸がズキリと痛む。ふたねえはもちろん何も悪くない。あたしにこんな態度取られる意味はさっぱりわからないだろう。


 どうしたの、と聞きたかっただろうけど、ふたねえがそれを口に出すことはなくて、「ごはん食べるでしょう。いまから温めるから、キッチンに来なさい」とだけ言い残して、あたしの部屋から去っていった。

 あたしはしばらく身動きが取れなくて、呆然とふたねえの出ていったドアを見ていた。

 それからもぞもぞと着替えていたら、ぐうぐうとお腹が鳴った。

 ……あんなことがあってもお腹は減るし、空腹を忘れることもできない。人間っておかしいな。ほんの少しだけ気持ちを軽くして、あたしは部屋を出た。




            ※   ※   ※




「それじゃいったいどうするつもりなの」


 キッチンに行ったら、ふたねえが静かに怒っていた。

 ふたねえが怒るところなんて初めて見た。声を荒げるようなところはおろか、誰かに苛立ちを向ける様子さえ見たことがない。そういうひとだ。

 そういうひとの足元で、膝から崩れていちねえが倒れていた。床に手をついて、つらそうにふたねえを見上げていた。頬に手形がついていて、たったいまふたねえにぶたれたんだと知れた。


 そのいちねえに、嵯峨野芽衣が当然のように寄り添っていた。守るように肩を抱いて、愛しい人への暴力に、非難をこめた目でふたねえを睨んでいる。

 整いすぎた美貌の人のそんな表情は恐ろしい迫力があった。けれど、非が完全に相手にあることをわかっているからか、ふたねえはそれに対してなにも感じてはない様子で、二人を冷たく睥睨していた。


「あなたたちが、会ったその日にそんなことになったって、大人なんだから好きにしたらいいわ。でも、それをこの家でやらないで。出ていくのは陸斗さんでも聖也くんでもなくて、あなたたちのほうでしょう。それに、みっちゃんはどうしたらいいの。どうしてあの子があなたたちの勝手で傷つけられないといけないの? そんな分別も持てないなら、やっぱりあなたたちがここからいなくなるべきなんじゃないの?」


 まくしたてるように言い募るふたねえの言葉は、あたしには百万の味方で正論に感じた。

 でも見方を変えたら意味合いが変わる。実際には、その通りにするのは難しい。


 この家の所有名義はいちねえだし、この店もいちねえの持ち物だから、そのいちねえがここを出ていくのは道義的にはともかく、そのほかの理由でややこしいことになる。陸斗さんだって、いちねえのいなくなったここに戻りたいと思わないだろう。


 早く東京に戻ればいいのに、あれからずっといちねえと片時も離れない嵯峨野芽衣が、何を考えているのかもわからない。

 いっそいちねえを連れて東京へ行けばいいのに、いまのところそんな話は出ていない。


 近隣にホテルはおろか民宿もない村のことだから、現実的な問題として寝泊りする場所も必要で、お店のことがあり陸斗さんとの話し合いも必要ないま、二人にはここを出ていくという選択肢は取りづらい。


 ……そんな風にいろいろ理屈つけて考えてみることもできるけれど、真相はもっと単純なことだとわかっている。

 離れる一刻たりも惜しくて、二人の時間に耽溺していたいから、そのほかのことを忘れようとしていただけなんだろう。いちねえも、嵯峨野芽衣も。いま起きつつある問題だとか、未来のことだとか、そんな煩わしいものが結ばれた二人の間に差し込まれることが、いまの彼女たちにはとにかく不必要だったんだ。


 そしてあたしも。

 いちねえがこの家を出てどこかへ行ってしまうってことも、あたしが出ていくってことも考えられない。

 そんな急に身の振り方を迫られたって、何を選ぶ準備もあたしにはできてない。

 この異常な現況を受け入れてしまっていたのは、あたしも同じことだったんだ。それが諦めと呼ばれる感情であることはわかってた。


「なにも反論はないの?……こんな場合の沈黙が、大人としてどんなに卑怯なことか、わからない人だと思わなかったわ。呆れた。……みっちゃん、入っておいで」


 キッチンの入口で立ち尽くしていたあたしを、首だけで振り向いてふたねえが呼んだ。

 怖い、と思ってしまった。あたしが知ってるふたねえと何もかも違う。

 このひとのどこにこんな怒気が埋まっていたのかと思ってしまう。


 その怒りに逆らうことができなくて、あたしは呼びつけられるままに、椅子に座らされた。


「とりあえずごはんにしましょうか」


 用意された野菜炒めを4人で食べた。

 あたしたち家族3人と、姉の不倫相手である女性と。こんな異常な食卓がこれからの日常になってしまうんだろうか。


 砂を噛んでるみたいで、味なんかわからなかった。




            ※   ※   ※




 第二回の家族会議が開かれた。

 目の前には3通の預金通帳があって、それぞれに2000万円というお金が記入されていた。

 それはお父さんとお母さんが事故死したとき、振り込まれた保険金だった。

 いちねえとふたねえはそれを3等分にして、まだ未成年のあたしにだけは渡さないで置いていたのだ。あたしが社会人になったときにあたしの分を渡す予定だったという。


 そんなお金たったいま提出されたのは、あたしがこの家にいることを耐えられないなら、これを自活の資金にして家を出てもいいということだった。

 陸斗さんや聖也との、いちねえにとって個人的な関係とは違う。あたしとは生まれながらの家族だし、芽衣さんとのことは裏切りに当たらない。だから、いちねえのほうからあたしと縁を切る気はないと言われた。それでも、あたしのほうからそうするならしょうがないことだと。

 裏切りに当たらないって言葉がひどく胸に突き刺さる。……あたしはこんなにも、裏切られた気持ちでいるというのに。


「まだみっちゃんを追い出そうとしてるの!?」


 それを聞いて、ふたねえはあたしのために怒ってくれたけど。

 そんな大事な話をされながら、あたしの頭をいっぱいにしていたのは、別なことだった。

 ふたねえに触られてしまった。

 悪い予感が、渦を巻く。こんなに優しい、あたしを思いやってくれるふたねえにまで何か起きたら、あたしはいったいどうしたらいいんだろう。


 重苦しく、そしてなんの結論も得られない家族会議が終わったあと。


 ふたねえはあたしを連れて家を出た。

 幸太くんと二人で暮らすアパートに、しばらく居候させてくれるという。

 申し出はありがたい。とにかくいまは、いちねえたちから目をそむけさせてもらいたい。


 あのふたりにも頭を冷やす時間が必要だとふたねえはいうけれど、それにはあたしは懐疑的だ。

 いまあの人たちを二人だけにしてしまったら、熱が高まりマグマのように煮えたぎることがあっても、冷静になることだけはない気がした。




            ※   ※   ※




「みっちゃんひさしぶり」


 ふたねえの影響であたしをみっちゃんと呼ぶ、数年ぶりに会う幸太くんは、ちょっと垢抜けて恰好よくなっていた。相変わらずチビだったけど。女子にしても小さいあたしと、10センチくらいしか差がない。ふたねえとはほとんど同じ。

 それでもまだ、ふたねえとお似合いとまでは言ってあげられないけど、『身分違い』といわれた距離を幸太くんなりに埋めようと頑張ったんだろうなということがよく伝わってくる。


 昔の幸太くんはチャラくてお調子者で、考えるよりまずは行動っていうタイプだった。それでいて身なりに気を使わない、悪くいうと昔のオタクみたいなボサボサ髪のひとだった。

 それでふたねえにぐいぐい迫って、人見知りなあたしとの距離もすぐ詰めて。陸斗さんのことはさん付けなのに、幸太くんにそうしないのは、当時の経緯と彼の持つ雰囲気がそうさせないからだ。


 付き合いたてのころの写真を見せてもらったことがあるけど、恋人同士って雰囲気はすこしもなくて、憧れのアイドルに写真を撮ってもらって喜んでるファンその1かその2みたいだった。もちろん釣り合いなんて全然取れてない。よくうちのふたねえを射止めたものだと感心してしまう。一念岩をも通すってほんとなんだなと思う。


 久しぶりにあたしが見た、カップルとして揃ってる二人は、ナチュラルな肉体的接触が多くなっていた。

 いまではむしろふたねえのほうこそ彼に惚れ込んでるみたいで、ふたねえからさりげなく幸太くんの手を握ったり肩を触ったりしてた。

 仲睦まじい様子を見せられると、反して不安がお腹の底で膨れ上がる。


 大丈夫だよね? こんなに、仲がいいんだし。

 いちねえに起きたことはたまたま。あんな夢の内容、漫画みたいな話が現実なわけない。

 あたしは、自分でも全然自分を騙せてない主張を繰り返してばかりいる。


 いちねえとふたねえが通ってた大学と、ついでにあたしも入れて姉妹3人がお世話になった高校はこの都市にある。

 都会でもないけど田舎でもない。一通りのお店や施設は揃ってるけど選択肢が潤沢でもない。高校生なら遊ぶところに困る、そのくらいの街だ。

 その中心地から外れたところに、二人のアパートはある。がんばって歩けば駅まで行ける、それくらいの立地。


「今晩は、外食にしようか。みっちゃんは食べたいものある?」

「なんでもいいわよ? もちろんおごり。幸太のね」

「ええ。今月お小遣い厳しいかも。二葉は自分の分はだしてよ」

「はいはい」


 ふたねえの分は出さないんだ。そしてそれをふたねえが自然と受け入れていることも、あたしはびっくりさせられた。

 夫婦になって、お財布は基本的に共有なんだろうけど。

 ああ、本当に対等で、言いたいことが言い合える素敵なカップルになってるんだなあ、と温かい気持ちにさせられる。


 あのころのままあたしをみっちゃんと呼ぶ、恰好よくなった幸太くんにエスコートされる食事は楽しかった。

 雰囲気がいいイタリア料理のお店で、幸太くんお勧めということで頼んだマルゲリータはすごくおいしくて、物足りなくなったあたしはもう一枚頼んでしまった。でも二枚目は途中でギブアップした。残りは幸太くんが食べてくれた。


 ふたねえと幸太くんは割り勘という約束だったはずなのに、結局さりげなく全額を幸太くんが出してた。

 ふたねえがありがとうねといって、幸太くんの肩に頭をあずけてた。


 これなら大丈夫。こんなに素敵なふたりがおかしなことになるわけがない。


 あんまり広くないアパートに帰って、その日はベッドは使わず、リビングに布団を3組敷いて、3人で並んで寝た。

 でもその位置関係が謎だ。お互いの関係性で考えたら、真ん中はふたねえであるべきなのに、なぜかあたしがふたねえと幸太くんに挟まれてる。


「ねえみっちゃん。昔みたいに手握ってあげようか」


 あたしの返答を待たず、あたしの右手をふたねえが握ってくれる。

 臆病な子どもだったあたしは、雷雨の夜なんかはいつまでも泣いて寝られない子だったから、そんなときよくふたねえがこうしてくれたのを思い出す。


「えー。じゃあ俺も」


 何が『えー』で『じゃあ』なんだか意味がわからない。

 断る隙もなく、残った左手を幸太くんが握る。


 そんな、怯えて寝られない子どもみたいに見えてるんだろうか、今のあたしは。

 心配かけてしまってるな。

 木目の天井を見上げながら、左手でごつごつ硬い幸太くんの手、右手に真綿でくるんだように柔らかなふたねえを感じながら、あたしは安心感に包まれて眠りについた。

 昼過ぎまで寝てて、寝れないかと思ったけど、そんなことはなかったな。





 翌朝、あたしが目を覚ますと幸太くんの姿はすでになかった。わりと朝が早い仕事だって言ってた気がする。


「みっちゃん、寝すぎよぉ。よくそんなに寝られるね」


 ふたねえがくすくすと笑っていう。ふたねえたちが手を握ってくれたから、安眠しすぎたんだよ。なんてことは恥ずかしいから言えない。


「私もそろそろ出るから。今日は合鍵作ってくるけど、まだないから出るなら一緒に出て。ずっとここにいてもいいわよ、幸太のゲームがあるしパソコンもあるから退屈しないと思うし」


 出たとしても行く当てはない。

 本当はまだ金曜日だから、学校へ行くべきなんだろうけど、ふたねえはそれを強制はしなかった。

 まあ、鞄もなにも持たずに来たし制服もないから行けないんだけど。またサボりになってしまうなと思いつつ、お言葉に甘えていさせてもらうことにした。


 うちにあるのと同じ種類のゲーム機を起動して、幸太くんのアカウントでログイン。

 でもインストールされてるゲームはちょっとあたしと趣味が違って、よくわからない。遊んでもあまり面白くないので、電源落として、それからパソコンで見るともなしにずっと動画を見てた。


 これからどうなるんだろう。どうすればいいんだろう。

 これからずっとこの部屋で暮らすんだろうか。そんなに迷惑かけていいのかな。

 そうするとしても、少なくとも教科書の類は家から引き揚げてこないといけない。それには、あの二人がいる家に、最低一度は行かないといけないっていうことだ。気が重い。


 だいたい、本当に幸太くんたちに負担をかけていいのかって思いもある。

 ふたりは共働きの夫婦だ。どっちも大学を出てるから社会人になりたてとはいえ収入はそれなりのはずで、本当はもう少しいい部屋にも住めるはずだけど、それをせず大学時代に同棲していた部屋にそのまま暮らしているのは、早く赤ちゃんを作りたいからだと言っていた。そのために貯蓄をしているらしい。

 ……いちねえみたいに、早く子どもが欲しいんだと。


 ああ。ダメだ。

 せっかく気分がよくなりかけていたのに、また黒いものがこみ上げてくる。


 午後4時くらいになって、幸太くんが帰ってきた。朝早いぶんだけ仕事終わりも早いらしい。

 夕ご飯にはまだ間があったから、ちょっとだけゲームで遊んでもらった。

 ふたねえの帰りが遅い。待っていられないからと、幸太くんがパスタを作ってくれた。魚介系のパスタを二人で食べる。おいしかった。


 その日、ふたねえは帰ってこなかった。




            ※   ※   ※




 どんなに長い時間かけて積み上げた信頼も、崩れるときは一瞬だ。


 昨日まではふたねえの全部を信頼してたように見えた幸太くんの目に、疑惑の光が灯ったのがあたしにもわかった。

 いちおう、ようやく夜中ちかくになってから、「明朝までにどうしても終わらせないといけない案件ができて、帰れない、ごめんなさい」というLINEが幸太くんのスマホに届きはしたけど、それを額面通りに信じていいのか、幸太くんは心を決めかねているように見えた。そんな連絡ならもっと早くにできたはずだと、高校生のあたしでも思わされた。


 翌朝のこと。

 昨日までの朗らかな雰囲気はどこへ行ったのか。ふたねえが外泊したことなんてないんだろう、険しい表情を隠せない幸太くんは、それでも関係ないあたしにはそれを見せないようにしようと努力してくれてた。かなり早い時間に、あたしは出勤する幸太くんと一緒にアパートを出た。ここにいていいよと言われたけど、そんな気分じゃない。あたしも寝られなかったけど、幸太くんもほとんど寝てないと思う。大丈夫かな。


 そんな心配するあたしに、幸太くんは2000円持たせてくれて、とりあえずこれで朝と昼のごはんを食べてと言ってくれた。こんなの受け取れないと断ったけど押し付けられて、別れた。

 あたしは2枚の1000円札をくしゃくしゃと握りしめてひとまとめにし、ポケットに突っ込んだ。


 それから駆けだした。都心のほうへと。確かめないといけないと思う。

 でも、どうやって? あたしはきっと何かを起こす力を持ってしまっているけど、起きたことを確かめる力はない。

 それに、確かめたところで、どうするというのか。

 もしふたねえが、いちねえみたいになってしまっていたとして、それを止めることがあたしにできるのか。少なくともいちねえに対してはまったくの無力だった。結論が先に来る。無理だ。どんなひどいことが起きていても、あたしはそれに対してなんにもできない。


 かなり長い時間彷徨っていた。夏だから空は高くて、昼少し前の時間、照りつける太陽に肌が焼かれる。闇雲に駆けるばかりのあたしに、ふたねえは見つからない。

 早朝時間が過ぎ去ったオフィス街は、地方都市とはいえ人込みになってきている。

 いまのあたしにはそれは地雷原のようなものだ。万が一にも誰とも接触することのないように、大げさに身をよけながら走った。


 目的地もなく、ただ自分のなかの焦燥から逃れるために走っていて、当たり前の話だけど息も切れるし喉が渇く。

 田舎ではないけど、決して都会でもないこの街で、有名チェーンの喫茶店というのはひとつしかない。

 喉を潤すだけならコンビニで水を買ってもよかったのに、そこに入ったのはなんとなく落ち着きたかったからというだけの理由だった。


 だから、それを見てしまったのは偶然のはずなんだ。

 偶然というのは、もうあたしにとって悪魔のささやきと同じ意味の言葉だ。

 こんなに不自然で作為的なものはこの世にない。


 カフェオレとパンケーキのセットを注文して、待つ間にトイレに行ったあたしは、それをまざまざと突きつけられた。

 ふたねえが、見たことのない女性とキスをしていた。

 トイレの手洗い場で、たぶんあたしより背の低い、パンツスーツがあまり似合ってないショートヘアの可愛らしい女性を見下ろして、その頬に手を当てながら、キスを彼女の唇に降らせていた。


 うっとりとそれを受け止める彼女の瞼は閉じられていて、その手はふたねえの腰に回されていた。

 彼女の手に絡みつかれたふたねえの恰好は、昨日の朝出掛けたときと同じスーツとスカートのままだった。


「ふたねえ?」


 思わず問いかけてしまったあたしの声に、びくっと二人が肩を跳ねさせた。

 そしてゆっくりこちらを向いて、大変なところを見られてしまったという表情をした。


 そしてその反応が仮初めのものでしかないことが、あたしにはよくわかってしまった。

 だって二人とも、『あの』目をしていた。いちねえと嵯峨野芽衣がしていたあの目だ。


 恋のこと以外はどうでもよくなってる人の目だ。


 あたしはなにを言うべきなのか、適切な言葉が何も思い浮かばなくて、とりあえず幸太くんをダシに使うことにした。


「……ねえ、なにしてんの。幸太くん待ってるよ。帰ろうよ」

「あー。ははは。うん、そうね」


 嘘だ。

 まだ昼時だ。こんな時間に帰ったって幸太くんは仕事中。

 この様子だと、ふたねえは会社をサボったんだろうなって推測は立つ。

 幸太くんが帰ってくるまでに、いろんな話をしておきたかった。


「ごめんね。あとで絶対連絡はするから」

「ま、待ってます! 私、ずっと待ってますから!」


 パンツスーツの小さな彼女は、愛し気に自分の頬に当てられたふたねえの手に両手を重ねて、潤んだ瞳と潤んだ声で返事をしていた。

 あたしはいま目の前で繰り広げられていることへのショックで、頭のなかがガンガンと鳴っているようだった。

 でも正直いって予感はあった。ふたねえが帰らなかった昨日、いやもっといったらふたねえに起こされて揺らされたときからだ。


 ふたねえは出勤するときバス通勤だって言ってたけど、この日はなんとなく二人で歩いて帰ることにした。

 そんなに大きな街ではないから、歩いて歩けないこともない。ほとんどの人は車移動なんだろうけど、ふたねえは免許を取っていなかった。

 だいぶ長い時間歩くことになるけど、幸太くんの帰宅予定はまだまだ先だし、話すべきことはたくさんある。


 ぽつりと口火を切ったのはふたねえのほうからだった。


「同じ大学のね、2年後輩なんだって」

「そうなんだ」

「同じ学部で、同じゼミで、サークルまで一緒だったのよ。すごい偶然。ただ、私がたまたまゼミ移籍したり、サークル活動どころじゃなくて顔を出さなくなってた、みたいなタイミングで全部行き違いになってたんだけど。ある意味、これもすごい偶然よね」


 偶然という言葉に、いまのあたしには過敏に反応してしまう。


「そうだね。すごい偶然」


 どんな顔でそれを聞いていたのか、自分ではわからない。

 ただ、ふたねえがチラリとあたしを横目で見たのはわかった。

 ふたねえはあたしの表情に言及することはなくて、自分の話を続けた。


「彼女。海野小雪っていうんだけど。いま就活中でね。職業説明会は去年ちゃんと一通り行ったから、いまは職場見学とか面接とかしてるんだけど。笑っちゃうのよね、そんなに会社が多い街じゃないのに、きれいにうちの会社だけ飛ばして、まわりの会社は全部行ってたのよ」


 笑えない話だった。

 つまりそれは、本来であれば縁がない相手だったということになる。

 出会うことがないまますれ違いで、お互いを一生知らないままで終わるはずだった相手と宿命的に邂逅する。

 つい最近、ごく身近で聞いたような話だった。


「それで昨日……ほんとは、みっちゃんが家にいるんだし、合鍵も渡したいし、早く帰ろうと思ってたんだけど。サークルでお世話になってた人に、OB参加の飲み会があるから絶対参加してって言われちゃって、私は後半はサークルさぼりがちだったから断りづらくて。それで行ったら、彼女がいたのよ」


 何かが強引に捻じ曲げられた痕跡が見えた。

 本当なら、ふたねえはその飲み会に参加する気もなかったんだから。

 人の運命が簡単に、細い針金でも曲げるみたいにくにゃりと折られてしまった瞬間のことを聞かされて、あたしはひたすら気持ち悪いと思った。

 当のふたねえに、そんな感覚は一切ないだろうけど。


「それでねえ。そこで、大学生と思えないくらい小さくて、どう見ても飲み会に参加しちゃいけないでしょう? って感じにしか見えないあの子を見つけて。どうしたのって色々話しこんでるうちに、さっきみたいなことがわかってね。意気投合しちゃったのよ」


 それは嘘だとすぐにわかる。

 順番が逆。

 本当は、出会ってしまってすぐ好きになって、だから根掘り葉掘り聞きだしたんだ。そうだよね?

 ふだんはわりと物静かなふたねえが、なにか誤魔化すように多弁になるのを遮って、あたしは聞いた。


「ふたねえ。あのひとと、セックスした?」


 あたしの質問に、ふたねえは言葉に詰まった。沈黙が降りた。

 しばらく無言のまま歩いて、あたしのほうを向かないまま、ふたねえがつぶやいた。


「したわ」


 もちろん、あたしの知ってる諏訪原二葉という人物は、その日初めて会った女性と体を重ねる人間ではない。




 アパートに帰ってから、二人で狭いキッチンに並んで料理して、山盛りキャベツの千切りサラダを付け合わせにして、ポークソテーとかぼちゃのポタージュスープを作った。あたしはキャベツを切りながら、「幸太くんのことどうするの」とぼそっと聞いた。


「どうもしないわ」

「だって。女の人相手でも、浮気じゃん」

「……みっちゃんにだから、いまの正直な気持ち、いうわね。信じられないかもしれないけど、私の本気はもう小雪に移ってるわ」


 信じられるよ。だって、いちねえと一緒なんだもん。

 幸太くんと積み重ねた6年の歳月は、持って生まれた運命の人には、かなわない。


「じゃあ、結婚までした幸太くんのことはキープにして、小雪さんと本気で付き合うんだ」

「……驚かないの? 私が驚いた。みっちゃんはこういうの耐えられないと思ってた」


 そのふたねえの見立ては、正しい。

 あたしだって、元凶が自分という自覚さえなければ、もっと口汚くふたりの姉を責めてしまっていたかもしれない。

 だけどどうやら悪いのはこんな異常事態を引き起こしているあたしで、だからなにも言う資格がない。


「ふたねえこそ、そんなことして平気なの」


 ふたねえのことを潔癖だとかは思ってないけど、ふわふわして優しいふたねえのイメージと、二人の人を股にかける悪女のイメージは、重ならなかった。


「どうかな。浮気したことないから、わからないわ。でも案外、ドキドキしちゃう気がする。私が既婚者であることは小雪には伝えてあるし、だから幸太といるときは小雪を裏切ってる気持ちになるだろうし、小雪と会うときは幸太に嘘ついてるって感じると思う。そして、そのとき後ろめたさしか感じないかっていったら、それは嘘な気がするわ」

「幸太くんのことまだ好きなの?」


 あたしがそう聞くと、ふたねえはかぼちゃを裏ごしする手を止めて、びっくりした顔であたしを覗き込んだ。


「当たり前じゃない? 何年一緒だと思ってるの? こんな仮定はしたくないけど、もし小雪がいなかったら、私の一番は幸太だもの。それこそ一花姉さんより、みっちゃんよりね。ただ、頑張って私の中の山を登ってくれた幸太への気持ちは、もう頂上についててここまでかなっていうのも感じてる。小雪と会ってなかったらそれで充分満たされてて他の人を向くことはなかったと思うわ。でも私は会ってしまったから」


 ふたねえは、自分の中の誰かへの気持ちを山と表現した。

 ふつうの人がふつうの手順で行きつける最高点がそこだとすれば、運命の人はそんなのを軽々と飛び越えて、成層圏みたいな高い空から、相手の心を捕まえてしまうのだろう。


 それがきっといちねえと嵯峨野芽衣にも起きたことで、どんなに高く思えてもしょせん土くれの上に立って見上げる人は、高い空のうえで抱擁しあう恋人には手が届かないのだ。


「そんなにあの人のことが好きなのに、幸太くんとは別れないんだ」

「別れない。だって、今でも好きだもの。それに」


 その言葉を言ってしまうべきか、ふたねえはだいぶ悩んだようだったけど、結局言った。


「何もかも明らかにして、それで誰か幸せになるかしら? それって自己満足でしかないと思わない? 関係する人みんな傷つけて、自分がスッキリするためだけに、自分の心変わりを打ち明けるなんて、私にはかえって無責任としか思えない。自分で選んで抱え込んだ人のことくらい、最後まで面倒見るわよ」


 それがいちねえを批判して言っていることは明らかだ。

 ふたねえ夫婦と違って、いちねえには聖也までいた。傷つけたって意味では、こんなに傷つけた相手もいないだろう。聖也はこのままいけば、母親のいない子どもになるんだから。

 確かに、いちねえの判断は、家庭を粉々にしてしまった。……でも、あたしは隠されて騙されるくらいなら、今のほうがマシなんじゃないかと思えてきていた。

 まだ働いたこともない、学校と村と家族という狭い世界以外を知らないあたしに、どっちが正解なのかって判断はくだせない。


「でも、それってあくまでふたねえの気持ちだよね」

「……そうね」

「小雪さんは、幸太くんと別れてほしいんじゃない。あの人、ふたねえのこと大好きだよ。あの目、見たら誰でもわかる」

「……そうね。そうでしょうね。……そうなったら、小雪を選ぶわ。彼女がそれを望むなら」


 結局はそれが結論なんだろうなと思った。

 ふたねえだって、本当は一番一緒にいたいのは小雪さんで、なんなら活動時間をすべて彼女に当てたいくらいなんじゃないかと。それこそいちねえたちみたいに。

 そうしないで、幸太くんとの結婚生活に留まることを選ぶのは、もしかしたらふたねえなりの優しさなのかもしれなかった。


 なんか、疲れたな。

 もうここにいたくない。

 かといって家に帰りたいわけでもないけど。

 目茶苦茶になってしまったあたしの世界は、もう修復不能に粉々で、あたしは散らばったガラス片のような、自分が好きだった世界のかけらを踏みつけないように気を付けながら、これから先の人生を生きていくしかないのだろう。


 ちょうど料理が出来上がったタイミングで、幸太くんが帰ってきた。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 ふたねえに何かあったことを察しているはずの幸太くんも、裏切りを犯したことを隠すふたねえも、何事もなかったように会話してる。

 あたしは、昨日の楽しい食事と打って変わって味のしないポークソテーをつまみながら、二人のことは見ないようにしてた。

 白に近い黄色に輝く豚肉は筋張ってて、幾筋も走る線がなんだか雑な迷路のようだ。


 食後に幸太くんはすぐにお風呂に入った。

 ふたねえが、「幸太、バスタオル持って入ってないかも」というので持たされてお風呂場に向かう。

 まだお風呂に入らず、脱衣所で服を半分脱いだまま、なぜか唖然とした顔をして洗面台の鏡を見ている幸太くんがいた。


「幸太くん、ふたねえがバスタオル持ってけって……ここに置くね」


 その言葉をあたしは普通に言えただろうか。

 バッ、と幸太くんが胸元に手を当てて、首だけ物凄い勢いであたしに振り返った。あたしは、なにも気づかないフリをして、立ち去った。


 鏡に映って見えたのは、胸元一面に、明らかなキスマーク。

 それは真っ赤に充血していて、それをつけた人が彼の所有権を主張したように、とても強い力で吸い上げられたことを意味していた。


 よく叫ばずにいられたなと自分で思う。

 あたしは、ふたねえにごめんと謝って、まだこの時間ならギリギリでバスがあるはずだからと、二人のアパートを飛び出した。


 それが幸太くんの意趣返しによるものとは思わない。彼はそんな人ではない。

 たとえ裏切られたとしても、ふたねえのことを信じて説得することに全力を尽くすはずだ。

 それだけ幸太くんの愛情は深くて、ふたねえをまたとない人と想ってた。そもそも、浮気されたようだからと、その証拠もないのに浮気し返すなんて、幼稚な逆襲を考える人ではなかった。


 そういう幸太くんがそれでもふたねえでない人と、昨日の今日で関係を持ってしまったとしたら、その原因がなんなのかは明白だ。

 あたしがおとつい手を触れた人は、ふたねえだけではなかったってことを、今更ながらに思い出していた。

 あたしは夜の空に向かって叫びながらバス停へ走った。

 自分のなかのなにかを放出しないでいられなかった。




            ※   ※   ※




 あたしにはもう、自分の能力を疑うことなどできない。

 こんな異常で破滅的なことを引き寄せたのは絶対にあたしだ。


 結局、実家へ戻ったあたしは、それから毎日、夜寝る前に、夢の中であの人にまた会わせてくださいとお祈りしてから眠った。


 こんな能力いりません。お返しします。そしてできれば時間を巻き戻して、全部元通りにしてください。お願いします。お願いします。そのためならあたしはなんでもしますから。命だって差し出します。

 それでも一度もあの神様のような人にもう一度会うことはできなくて、あたしの家族は壊れたままだ。


 あたしは外に出ることが怖くなって、誰かと接触することの恐ろしさに耐えられなくて、引きこもった。

 引きこもったままでも2週間もたつと、時間がいろんなことに変化をもたらす。


 相変わらずべったりと一緒にいるいちねえと芽衣さんは、このごろほんのかすかに笑顔を浮かべたりするようにもなった。

 たまにだ。ほんのたまにだけ。

 ほとんどの時間はやっぱり憂鬱な顔をして、いちねえは自分を責めている。

 そして芽衣さんはそんないちねえを追い詰めてしまったのが自分だと思うから、必死に慰め続けている。


 そんな芽衣さんを、あたしは内心で嵯峨野芽衣と呼び捨てにできなくなっている。


 悲劇のヒロインって言葉が頭に浮かぶ。

 芽衣さんはヒーロー役はやったことなさそうだけど。あたしの目を盗んでキスしてる二人は、なんだかんだいって幸せそうではある。

 いつか、さらに長い時間をかけて、その憂鬱の時間は幸せの瞬間と逆転していくのかもしれない。

 でもそれは、まだまだずっと先のことになりそうだった。


 してしまったことの重大さを考えたって、いちねえがこんなにも引きずる姿なんて想像したこともなかった。

 あたしにはそろそろ、彼女が十分に自分を罰しているようにも見える。聖也のことをどうするのか、ってことだけはどうしても気がかりだけど。


 物事にこだわらないように見えたけど、実際は自分の裏切りを許すことができなくて、自分で自分を追い込んでいたいちねえ。

 包容力があって真面目で優しく見えていたのに、こんな状態を割り切って、不倫をスパイスとして楽しむかも、なんて言ったふたねえ。

 あたしは生まれたときから一緒に暮らしながら、二人のことがなにもわかっていなかったのだと思い知らされた。

 ……そんなことは、一生知らないでよかったなあ。

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