第6話 新人歓迎
トムたちが守ってくれているベースにて。
一週間の御仲間が顔を赤く染めて、楽しそうに飲んでいるのはさておき。
俺は水をがぶ飲みしていた。
「汗水垂らして、一仕事の後の一杯。俺以外の全員がビールを飲む。俺には信じられないことだが、それが事実だ。ドワーフの皆さまが水を用意してくださったのに、誰も水を飲まない。」
そのドワーフさん達の髭はビールの泡塗れだけれども‼
いや、そういえば。アスラウグ隊の皆さまは行軍中、水を飲んでいた。
今は酒を飲んでいるけど‼
それにしても、全員がとても旨そうに酒を飲む。
「かー!この一杯の為に生きてるぜ‼」
なんて、頭のおかしいことを言っている。一日中、ずっと俺を罵倒していた黒髪の男。
「ガルザルさん。アスラウグ様の前で汚い言葉を使わないで頂けません?それに飲み方が汚らしいです。」
「はぁ?お前の家来も似たようなもんじゃあねぇか。なぁ、インゲル。」
初老くらいに見える男インゲルもお酒が大好きらしい。
「アスラウグ様!ワインにします?ビールにします?僕が取ってきますよ!」
「ふむ。では、次はワインにするかな。さて……」
アスラウグ隊は五人で纏まって、仲良くお酒を飲んでいる。
彼らがどういう間柄なのか、全く興味はない。
だが、それなりに互いを知っている、ということくらいは分かる。
「——その前に新人を紹介しておこう。私が勝手に決めたから、皆も今日は困惑していたからな。彼は……」
その言葉に俺の両肩が跳ねる。
紹介されるなら、飲み始める前にして欲しかった、と俺の全身が震えてしまう。
水を飲み過ぎたのか、冷や汗まで流れてくる。
「よ、よろしくお願いします。ラッシュと申しま……、え?」
「え、じゃない。先ずは飲めよ。常識だろうがよ。」
来ました。俺の手にずっしりと伸し掛かる角杯。
「あの。俺は酒が……」
「はぁぁ?アスラウグ様のお酒が飲めないって言うの?」
決してアスラウグ様から渡された訳ではないが、彼女の中ではそうなっているらしい。
「おい。こいつは酒が飲めな……。まぁ、いい。新人、頑張れ。」
「あらあら。アスラウグ様はお優しいですね。インゲル、私からも角杯を」
「は!」
は!じゃねぇが?
いや、こうなることは読めていた。こういう歴史を繰り返してきたのが、俺の冒険者人生だ。
一日や二日では、絶対に理解してもらえない。
神と巨人が酒の飲み比べで勝敗を付けるくらいだ。食べ比べも行われていたらしいが、大体が酒の強さで勝敗を決める。
前にも触れたが、神と巨人では圧倒的に巨人が強い。
だから、神はあの手この手で武力以外の戦い方を求める。
「……あの、それじゃちょっと離れたところに。」
「あ?こういうのは飲み比べだろうがよ。」
ガルザルという男が、来なくても良いのに俺の隣で角杯を構え始める。
本当に意味が分からない。武力で圧倒する巨人も、酒飲みバトルには応じるのだ。
そして、負けると武力的にも負けたことになる。
「せーの!」
何が言いたいかと言うと。
「おろろろろろろろろろろ……」
「だー!汚ねぇなぁ‼いきなり吐くな‼」
「はぁ?だっさ」
巨人が生まれた世界、巨人ユミルから大地やらなんやらを作ったのが神。
つまりこの世の全ての存在はお酒が大好きだ、と神話が語っている。
「へー。あの子、お酒が飲めないんですって。インゲル」
「稀に酒を全く受け付けない者は生まれますが、冒険者では珍しいですな。」
「それも私があの男を誘った理由の一つだ。森のどこかで夜を過ごさなければならない時、一人だけシラフの奴が居た方がお前たちも良いだろう?」
実はそんな理由で誘われたらしい。アスラウグも酔っ払って口が軽くなっているようだ。
「ある時、オーディンが鷹に姿を変えて、ある民家の女と寝た……」
因みにその時、俺はまた定番トークを聞かされていた。
「——の孫の孫の孫の孫。で、俺が生まれたって訳だ。ほら、俺様のことが分かっただろう?」
「ちょっとぉ!それじゃあんたがオーディンの直系みたいじゃない。あんたは血が繋がってない親戚よ。その点、あたしは違うわ。ちゃーんと盾の乙女の子孫なの。新人、聞きなさい。あたしはね……」
どうやら、そういうのを自己紹介と言うらしい。
ってか、このレーネという女は僕っ子じゃなかったのか。
酒のせいで本来の喋り方になっている。それを言ったら、このガルザルという男も大概だが。
「——で、あたしが生まれたってわけ。どう、分かった?あたしは盾乙女の直系なの。」
ワルキューレはいくつも呼び名がある。盾乙女のその一つ。
まぁ、ワルキューレはいい。だってワルキューレ自体が相称だからサガやエッダに登場する人数も多い。
そして人と結ばれる者も多いから、子孫だって沢山いる。
だったら、ガルザルは嘘を言っているのか。
「インゲル。私たちも名乗りましょう。」
「はい、お嬢様。ある時、我らが祖の畑に見たこともない老人が三日泊めてくれと尋ねてきました。そして、こう言ったのです。90日後に赤子が生まれる、と。そして……」
「——そして二十年前、私が生まれたということです。」
問題は我らが主神オーディン様だ。こいつ、マジで女癖が悪い。単に浮気癖があるでは済まされない。
誰かに復讐する為に、わざわざ人間の女を強引に孕ませて、その子供に復讐させるという回りくどい方法をとったりもする。
フリッグという妻がいながら、平気で浮気をする駄目男だ。
もしも、別世界に他の神話に存在するとして、こいつほど浮気をする神がいるなら教えて欲しいものだ。
「うー、胃液まで吐いた。マジ、パワハラさいてー。あ、いえ。こっちの話で。ふぅ。……ってことは。やっぱりアスラウグ様の隊は皆さん、由緒正しいってことっすね。因みに俺は家族がいないから、そういうの言えないっすよ。」
「アスラウグ様ぁ。こいつ、マジでどこの馬の骨かも分からないっすよ。よく、一緒に連れていこうと思いましたね。」
しかもオーディンはちょくちょく人間社会に顔を出していたと言われる。
そんな放浪神の浮気癖のせいで、誰しもオーディンの血を繋いでいると言い張れる。
「だから、だ。何者かも分からない男。そういう男が居れば連れていくと決めていた。」
今までの会話のやりとりは、過去何度もあったこと。
だが、その言葉は俺にとって興味を惹かれるものだった。
何者かも分からない奴を敢えて連れていく?それにどういう意味が……
「——ゴク」
「おい!ラッシュ、それは……」
突然、口の中、臓腑が燃え始めて、俺の意識が遠のいていく。
そういえば、俺が反対の手に持っていたのは、ビルギットからインゲルへ、そして俺の手に渡ってきたワイン入りの角杯だった、というなんでもないオチだが。
「あれだけで倒れてしまうのです?……アスラウグ様。やはりこの男は捨てておいた方が宜しいのではなくて?」
「そういや、昨日もぶっ潰れてたっつってたな。こいつに冒険者が務まんのかよ。」
辛うじて、ビルギットとガルザルの言葉は拾えたものの、俺の意識は暗闇に溶けていった。
だから、ここから先は俺には聞こえなかった話だ。
そして、俺が一番聞きたかった話でもある。
「務まる、務まらないじゃない。私が行く道で出会う人間がいると言われている。その男が酒を飲まないなら連れていけ。だから、連れていく。」
その言葉に四人は倒れている俺を見下ろした、んだと思う。
とても顔を顰めていたに違いないが。
「それって、王の言葉ってことですか?」
「……あぁ。しかもあの爺、理由は自分でも分からないと首を傾げていた。」
アスラウグに告げた本人も、意味が分かっていなかった。
ただ、実際に目立つ男がいて、その男は酒を飲まなかったのだから、真意はさておきこれは預言だろうと、彼女は理解していた。
「理由が分からないっつってもよ。つまりこいつがアレの元……」
「ガルザル様。それ以上の発言は控えて頂けますかな。」
そんな会話が頭上で交わされていたなんて、俺は知らない。
ただ、一つ言えるのは。
既に俺は知る由もない、何かに巻き込まれていた、ということだ。
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