第5話 虹の橋を探して

 朝になって気が付いたのだが、アスラウグ隊には俺よりも背の低い髭男が複数人いる。

 目深にフードを被って、ほとんど顔は見えないが、隠せない程の髭で男だと分かる。

 何なら一部の髭はフードを貫いている。


「フェンリルの足枷、ドローミを作るために神は女から髭を奪った。」


 ドローミを作ったのはドワーフであるが。

 何にせよ、髭があると言うことは彼らは男。そして細工仕事を行っている四人の集団は、神話で語られるドワーフっぽい。

 ぽい、というのは俺が見たことがないからだ。


「あのフードを剥ぎ取って、太陽の日を浴びさせれば……、——いて‼」


 もう一回寝てしまう、もしくは永眠してしまう程の衝撃が頭頂部を襲った。

 こんなに易々と三回も後ろを取られてしまうとは。

 しかも、彼女のことを恐ろしく思っているのに、後ろを取られる。


「詮索はその辺でやめておけ。それにあいつらがいないと、お前の為に余計に作らせる予定の浄水器が無しになってしまうぞ。」

「え‼俺の……為?」

「当然だ。お前には私の部隊に入ってもらう。昨晩言った筈だが?」


 つまり、この人は恐ろしい人なんかじゃないらしい。

 こんな可哀そうな俺の為に、アルコール以外の飲み物をくれる良い人だ。


「そうか。そうだった、じゃなくてそうでした。アスラウグ様‼俺、頑張ります‼」

「うむ。良い返事だな。」


 ここに新たな主従関係が生まれた。

 ラッシュは冒険者として生きてきたが、彼女は私設兵団を持っている貴族。

 つまり、彼にとっては大いなる出世。

 そんな彼の様子を遠巻きに見ている連中がいる。


「なぁ。あれって俺のせいじゃねぇよな……」


 たった一週間とはいえ、彼とワインを分け合った仲のトムたち四人衆。


「てめぇのせいだろ。トロールを見つけたから一人で戦いたいって、ラッシュが言うわけねぇだろ。」

「グンナンも行ってたろ。俺たちゃ逃げ出したんじゃなくて、報告に来たってことにしようぜってな。」

「ゴンザ、てめぇも同じこと言ってたぞ。まぁ、トムが一番悪いよなぁ。ダズリ隊長の命令をアイツに伝えてなかったんだろ?」

「いやいや。俺は探したんだぜ?俺達の次の仕事が決まったって伝えようと考えてはいた!」

「考えてただけじゃねぇか。ま、どうせ誰かを連れてくつもりだったんだから、いいんじゃあねぇか?あいつ、鼻だけはいいからな。」


 そう、別に羨ましがってはいない。彼ら四人以外の冒険者たちも全然羨ましくは思っていないだろう。

 ダズリ隊の今日からの仕事は、拠点の防衛である。

 他の隊は宿場町からの物資の運搬。他の隊の方が大変だが、アスラウグ隊より百倍マシである。

 だから、誰もラッシュのことを羨ましいなんて思わない。

 そもそも、拠点には酒樽が積まれているし、毎日運ばれてくる。

 ある意味で、新しい酒場。しかも、拠点を警備しているだけで毎日飲めるのだ。

 

 そして、ラッシュとアスラウグ隊はどうするかと言えば。


「資材班と補給班を残して、更に森の奥へ進むんだろ。アスガルドかヴァナヘルムのどっちかの遺跡を求めての行軍か……」

「昨日の奴、ヨトゥンヘイムから出て来たんじゃないかって話だろ。それにスヴァルトアールヴァヘイムの化け物って。やっぱこれってよ。」

「あぁ。どう考えても根の方に向かってるよな」


 小鬼の出現までは良かったが、大鬼の存在は彼らにとって衝撃だった。

 それに彼らだってラッシュと同じ程度には考えている。つまりラグナロク後もヴァルハラは健在なのか、という話だ。


「そもそも虹の橋ビフレストが機能していないかもって話だろ。……まぁ、勇敢に戦うのはカッコよい。それは分かってる。」

「グンナン、それは——」

「俺たちはアスラウグ様の為にここを勇敢に守るんだよ‼」

「あ、あぁ。そうだなぁ」


 確かに、ここの物資を守るというのは大切な仕事だ。

 アスラウグ隊も一発で攻略できるとは思っていない。

 そして、その為に雇われたのだが。彼ら四人の言い訳のせいで、ラッシュは勇敢な若者エインヘリヤルとしてスカウトされてしまった。


「ま。頑張れよ。ここの酒は俺達が守ってやるからな‼」



 自分が可哀そうがられているとは、1mmも考えていないラッシュ。

 彼は出発して直ぐに、魔物とは違う恐怖に対面していた。


「近づくな。10m以上離れて歩け。」


 黒髪の長身の男がずっと睨みつけている。俺が一定以上の距離を詰めると直ぐに鞘から剣を抜こうとする。


「いや。ちょっと気になるものがあっただけで……、近づくつもりなんて少しも……」

「嘘を吐くな。どんな手を使ったのか知らないが、アスラウグ様がスカウトをした……。それだけでいつ殺されてもおかしくないと思え。」


 俺は今、最前線を歩いているのだが、それはアスラウグの部下のせいだ。四人の部下がアスラウグの前を歩いており、その前10m先に俺が一人で歩いている。


「それとあれだからね。アスラウグ様の期待を裏切ったら僕が殺すからねー。僕も君のことを認めたわけじゃないんだから。」


 紫がかった髪色の少女。いや、小柄なだけで俺より年上かもしれない女。

 そも、昨日までこの四人はいなかった。……いや、ぶっ倒れたから気付かなかっただけかもしれないが、「いつの間にか居た」と俺には思える。


「レーネ。私は彼に期待してますよ。きっと勇敢に戦って肉片になるんですよね。あー、早く見たいです。頭がパーンってなるところ……」

「ビルギット様。そのような言葉遣いはお止め下さい。私がビルギット様のお父様に叱られます。」


 毛を染めたのかピンクの髪の女と、白髪交じりの壮年の男。

 アスラウグはと言えば。


「時間がもったいない。どんどん進むぞ。」


 勇敢なのか、無謀なのか。あの女が足を止めないものだから、部下四人も同じく等速で歩く。

 そいつらが俺に謎のプレッシャーをかけるから、俺は立ち止まったり、辺りを見回したりが出来ない。

 因みに、四人ともアスラウグ程ではないが、他の人間と何かが違う。

 身なりが今まで見たことがないほど上等なモノ。


「あんな奴らがいたら、絶対に目立つはずだ。……着替えた?いや、日が出る前に中継地に到着したのか。ってか、これは流石に無謀過ぎじゃないのか?だって……」


 腐敗臭がとんでもない。この先にヘルヘイムがあると言われたら納得するレベルだ。

 しかも、既に巨人族を何体も倒している。

 俺が死んでいないことが奇跡に近い。


「こっち皆。アスラウグ様を視界に入れるな。もしも見てしまったのなら、舌を噛んで死ね!」


 異様にアスラウグに執着している四人。

 俺が助かっているのは、アスラウグ隊の行軍の速さによるものだ。

 つまり、トロールが俺に気付いて襲い掛かってくると、後ろの四人がそのトロールを切り伏せる。もしくは全身が見えなくなるまで矢で射抜かれる。


「移動が速いから、逆に先頭の俺が巻き込まれていない、……そうかもしれないけど。だから、助かっているんだけど。どうにもおかしい。」


 持っている装備が違うから、彼らはあんなに簡単に大鬼を倒せる。

 それは分かるが、流石にあんな戦い方を見せられたら……

 なんだか、俺にも倒せそうな気がしてくる。


「君、そろそろ戦いなさい。ぐしゃってなるんでしょう?私、楽しみなんですけど?」


 漸く、彼女がビルギットだと知った。

 四人に、いやアスラウグを含めて五人に共通しているのは、多分金持ちだということ。

 俺にとってはそれだけだった。……いや、間違い。アスラウグだけはやっぱり何かが違うんだけど。


「あっさり潰れたんじゃあ、ヴァルハラには行けないんだよな。ワルキューレ様方、俺もそろそろ戦いますよ。大事なのは、倒せるという事実なんだ。」


 後ろからずっとネチネチ言われていた鬱憤もあったが、彼らの倒し方が知れるというメリットもあった。

 一人、ビルギットだけは純粋に戦い方が違っていたけれど。

 見たこともない杖で、見たこともない形の炎を飛ばしていた。

 神話にも、魔法使いは登場するが、あんまり活躍はしない。


 だったら、俺は神が巨人を倒す方法で、最も有名な倒し方をする。


「ま。5mサイズだから出来る事だろうけど……」


 体は身軽な方だ。それを活かすために大した装備は身に着けていない。

 だから、木によじ登るのは得意だ。過去に何度か木の上に逃げてやり過ごしたこともあったくらいだ。


「ドワーフに作って貰ったとか、ホビットに作って貰ったとかじゃないけど。位置エネルギーというエンチャントも、十分だよな。……神の巨人殺しを担当していたのはトールだ。ちょっと偏ったイメージだけど、トールはハンマーでぶっ潰していたよな?」


 確かに武器の強度とか、いろいろあるだろう。

 だけど、とんでもない高さから落ちたエネルギーは間違いなくトロールの頭に伝わる。

 ミョルニルハンマーは本物の巨人族ヨトゥン相手だけど、今は巨人ではあるが、小柄で知性がなさそうなトロール。

 多分、俺でも——


「俺がこいつを仕留めてやるぜ!これでも食らいな!」


 剣が一番壊れないのはどの方向か。間違くなく垂直方向だ。だから俺は全体重をかけて、脳天に真っ直ぐ剣の切っ先を突き刺した。

 これで、俺のような人間にもトロールは見事に——


 パキ


「は?……しまった。相手の頭蓋骨の分厚さを完全に忘れて……、どわっ!」


 頭に停まった虫を払いのけるような強大な右手によって、俺は真横に吹き飛ばされた。

 どうにか、空中で建て直して受け身はとれたけど、今までの位置エネルギーを分散しきれなかった。


「わー!見てください。ロベール。もうすぐ、アレがべちゃってなりますよ!」


 あぁ。終わった。骨折は免れたが、骨が軋んで動かない。

 トロールは嬉々として、俺を踏み潰さんと体重を乗せた右足をそのまま地面に叩きつける。

 つまり、俺の死……。いや?


「ラッシュ。その辺で止まりなさい。どうもビフレストの片鱗が見えない。今日は引き返すぞ。その装備でなかなか勇敢じゃないか。これで酒が飲めたら、私としては有難いのだがな。」


 昨日と同じ光景、いや切り落とされたのはトロールの右足だったけれども。

 どうして、彼女は俺に対して贔屓をするのか。それとも違う理由でそうやっているのか。

 見ている間に、可哀そうなトロールは細切れにされて、神剣グラムの偽物の餌食になった。


「さて、全員。今日の所は拠点に帰るぞ」

 

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