第3話 もしかして俺、勝ち組になれるかもしれない
ゴブリンとはスヴァルトアールヴァヘイムから這い出た魔物を、偉い人がそう呼んだ。
全ての母たる巨人ユミル、本当に文字通りこの世界はユミルで出来ている。
彼、もしくは彼女の体に湧いたウジに知性を持たせた姿がドヴェルグ、もしくはドワーフと呼ばれている。
ただ、彼らはもっと知性があった筈だ。では、目の前の小人風の化け物は何か。
この国の偉い人たちの考察では、スヴァルトアールヴァヘイムとヘルヘイムの壁が崩れて、その境界から知性を持たない小型の人型魔物が生まれたのだろう、と。
もしくはウジそのものがアレではないかとも言われている。
「どっちにしても人間には害しかないんだけど。俺は後者を信じるな。ウジのように湧きやがって。」
「文句は良いから、お前も手伝え‼俺達が働いてねぇと思われるだろうが‼」
実際、腐った臭いはそこら中から漂っている。
その先には大体、ゴブリンがいる。しかも複数体が屯している。
「こっちから臭うな。トム、援護を頼む!」
「はぁ?俺が行くっての‼こっからが楽しいんじゃねぇか‼」
「馬鹿!一体じゃないかもしれないんだぞ!」
大体、こんな感じだ。俺のワインを飲んで終わり、なんてことにはならないらしい。
一度、飲んだら最後。自分の分にも手を付けて、気持ち良いくらいに勇敢な戦士になっていく。
「エインヘリヤルがゴブリン如きにやられるか!」
勿論、俺にはトム達の気持ちは分からないんだけれど。
そもそも、ヴァルハラが残っているか分からないのに、どうしてエインヘリヤルになれると信じているのやら。
「流石だな。ヴァルハラに行っても通用しそうだ……な‼」
俺は、ギャーと鳴く小型魔物を後ろから襲って、喉元を切り裂いた。
葡萄酒の臭いをプンプンさせて、猛り狂う男たちのお蔭で、知性を感じさせない魔物は皆、そちらばかりに気を取られる。
「って!そいつは俺の得物だろ!」
「まーた、やられてんなぁ、ゴンザ。って!そいつは俺の……」
どうやら、俺はこうやって生き延びてきたらしい。
どう考えても勇敢ではない戦い方だから、俺の評価は一向に上がらない。
それにアルコールを分解できない俺は、新鮮な水しか受け付けないから手間がかかる。
「少しでも役に立たないと、俺はまたお払い箱になっちまう。悪いとは思っているけど……」
「坊主ぅ!どんどん行くぞ!こいつら、ずっと逃げ腰だ。」
ここは二日前に踏み込んだ森。
予定通りに進んでいるが、そもそもこの意味が分からない。
神話を踏まえれば、ミズガルズは一度滅んで、再生されたことになる。
「いや、ちょっと待って。ツッコみ過ぎだって!」
九つの世界が再生されたなら、ここに化け物がどうしているのか。
勿論、崩壊前にもミズガルズは他の種族が入り込む場所だったことは知っている。
多分、あっている。誰かから聞いた気がする。
「大丈夫だって。五日前にもここには来てるんだぜ。」
彼らの力の源は、
そして、酒が飲めない俺は恐怖に打ち勝つ手段を持たない。だから俺は怖い。
不気味な森が、別の意志を持っているように思えてしまう。
「あれ、この臭い。……
そして、その直感は大体が悪い方に当たる。
しかも、こんな時に。
「おい。なんだ、あれ。あんなの居なかっただろ……」
酩酊状態になられる訳にもいかず、やや少なめに持たされた酒。
彼らの臓腑が強いからこそ、あっという間に脳血管から失われていく。
やせ細った小鬼程度ならまだ良いが、自分の二倍以上の大鬼を見て、驚かない方がおかしい。
「ラッシュ……。お、お前の仕事だろ。」
「お、俺たちゃ、ここまで来てやったんだ。な、後は……」
「ちょ、お前ら‼」
先ほどまでの勇敢さも臓腑が分解してしまったらしい。
あいつらは俺を突き飛ばして、来た道を引き返してしまった。
ワインのお蔭で、危なげなくここまで来れたが、ワインのせいで孤立してしまったらしい。
「くそ……。あいつらワインの恩を……、って!っぶね‼」
顔の30cm横を頭より遥かに大きな岩がすり抜けていった。
まだ、トロールとの距離はあるのに、トム達の声で気付いてしまったらしい。
ただ、ここで俺は一瞬、考え込んでしまった。
今、棒立ちでこちらを窺っているトロールが立っている場所。あそこが今日の目的地なのだが、五日前と変わらず、あそこだけ日の光がまともに届いている。
だから、青白いトロールの肌が輝いているように見える。
「俺が昨日見たのって、こいつ……?」
そこに手ごろな石を見つけたトロールが、二回目の投石をしてきた。
一度目の投石で感覚を掴めたのか、二度目は外さぬという気合に満ちた顔。
俺はまだ立ち尽くしたままだったが、直ぐに気が付いて巨木に身を隠した。
だが、流石は巨人だ。大木が轟音を立てて俺目掛けて落ちてくる。
「危ねぇなぁ。ってか、この世界は巨人によって作られたんだっけ。神さえも巨人には敵わないってさ」
なんとも奇妙な感覚である。神よりも巨人の方が圧倒的に強者なのだ。
普通に考えたら逆なのに、ご先祖様は何を考えていたのか。
そんな余裕に浸る状況ではないが、どうにも気になることがある。
「まだ、木の本数は足りてる。……昨日のあの甘い香りをあいつが?」
実はトロールの前に放り出されたのは一度や二度じゃない。ハッキリ言って、物心がついた頃からやっていた。
だが、こんな芳しいトロールは初めてだった。
「あいつ、夜も光るのかな。そんなことよりもこの香りだ。もしかしたら、とっておきの魔法具を持っているのかもしれない。……例えば、果実水が永遠に湧く壺とか‼」
果実酒ではダメだ。だが、果実ならどうだ。例えば甘い果実が籠の中にたくさん入っていて、食べても食べても減らない魔法の籠とか。
「……今なら誰にも見つからない。それを手に入れることが出来たら、俺って勝ち組じゃん?酒なんて飲めなくても全然困らないじゃん‼」
携帯していた水も残っていない。
ちょうど喉が渇いていたこの頃。醜悪な見た目の大鬼も切れば、果実の水があふれてくるかもしれない。
だが、その方法が俺にはない。慣れてると言っても、戦えるわけじゃない。
「トム達が逃げて、それで本隊を連れてくるまで待つか。いやいや、それじゃ俺の取り分にならない‼」
あの辺りは木がない岩場、それは五日前に来たから分かっている。
トロールは日向ぼっこでもしていたのか、半径50mほどの岩場のど真ん中に居座っている。
木々の合間なら、死角を突けたかもしれない。だが、50mから先はガチンコバトルになる。
「くっ……。考えている間にどんどん木がなぎ倒されてく。ゴブリンがビビって逃げていったのは有難いけど。話は……、無理か。」
神話に出てくる巨人は人語というか、神と会話をしている。だが、あのタイプのトロールはゴブリン同様に知的とは言えない。
「なぁ!俺と話をしないか?ほら、俺ってお前にとってお得な情報を持ってんだよ。」
これは事実だ。流石に今回の開拓班は人数が多い。5mサイズのトロールなら討伐も出来るだろう。
自分の命が掛かっているのだから、魔法具の一つや二つくれるかもしれない。
——ゴガッ‼
だが、彼か彼女かは知らないが、お手頃サイズの岩を探すのに夢中らしい。
「くそ。どんどん木が無くなっていく。逃げるなら早くしないとな。」
半径50mだった距離が、木がなぎ倒されて広がっていく。
あいつ、楽しんでやがる。本能なのか、それとも本当は理性があるのか。
魔法具を持っているなら、知性を持つ可能性が高い。
「おい!このままだとお前——」
「このままだと……、なんだ?」
その時、トロールからではなく。
俺の背後から返事が聞こえてきた。しかも、今朝聞いたばかりの美女の声。
「ほう。臆病者と聞いていたが、成程なかなか面白い。」
いや、待って‼とは言えなかった。
やはりこの女は本物だ。あの野良トロールよりもずっと怖い。
「私の一撃で完了という訳だな。良い機会だから見ておけ、これが——」
【
腰まで伸びた赤みを帯びた髪、琥珀色の瞳が光っているように見えた。
ロングソードより少し長い彼女の剣、それが放つ光のせいだったと気付いた時にはトロールは頭から股下まで一刀両断されていた。
「うげ……。マジでオーディンの剣。伝説の剣ってやっぱり……」
大鬼の青い体液が、彼女が飛びずさった後から噴き出してくる。
いつの間にかアスラウグは俺の隣に戻っており、そこで一振りしてから剣を鞘へと納めた。
「伝説に似せて作らせた紛いモノだ。本物をこの手にしたいから、私はアーズガルドを探している。」
「え……。あれで偽物?」と声に出すことは出来なかった。剣が偽物でも彼女はやはり。
いやいや、あのオーディンの子孫?マジ?色んな言葉が浮かんだが、その全てを吹き飛ばす一言が、ヴォルスング一族の末裔かもしれない女が発した。
「小僧の働きで、拠点の岩掃除が達成された。ガルド、その辺一帯に酒をぶちまけ溶け‼」
……へ、酒?消毒ってこと⁉
結局、トロールの体液は記憶にある臭いモノだったし、直ぐに撒かれた度数の高い酒のせいで魔法具と思しき匂いも消された。
彼女はラッシュの作戦を完全に取り違えていた。成程、言われてみれば周りに木々もまばらになったし、岩場も良い感じに均されている。
いや、そんなことはどうでも良くて‼この臭いだけで、俺はぶっ倒れ——
「ん?おい、小僧——」
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