作者・@allosteric 読売新聞社賞:『春先、堕落と飛翔』
春先、堕落と飛翔
作者 @allosteric
https://kakuyomu.jp/works/16818093083346368228
高校入試の不合格の結果を受けて絶望した主人公は部屋に閉じこもり、フクロウに変身してしまう。フクロウとしての自由を楽しみながら夜空を飛び回り、ウシガエルを捕食するなどの体験を通じて、自分の本質的な喜びを再発見。翌朝、人間の姿に戻った主人公は、家に帰り、家族と再会する話。
疑問符感嘆符のあとはひとマス下げるは気にしない。
現代ファンタジー。
私小説。
感情描写が丁寧。現実の苦悩とファンタジー要素を組み合わせたところに、強い印象をおぼえる。
変身もので、フクロウというのが斬新。
主人公は高校受験を受けた中学生。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。
絡め取り話法の中心軌道に沿って書かれている。
高校入試の合格発表を待つ主人公は朝食を済ませた後、スマホで合格発表を確認するも結果は「不合格」。絶望と自己否定に陥り、部屋に閉じこもる。やがて怒りと混乱の中でフクロウに変身し、夜空を飛び回る。
フクロウとしての新たな感覚と自由を楽しみながら、川沿いを飛び、ウシガエルを捕食するなどの体験を通じて、自分の本質的な喜びを再発見する。フクロウとしての体験を通じて、主人公は自分の才能や知能に対する不満を乗り越え、生物から得る悦びが自分の本質であることに気づく。
翌朝、主人公は人間の姿に戻っていた。新たな視点と勇気を持って主人公は元気よく家に帰る。「ただいま!」朝食をとっていたお母さんは、驚いてコーヒーを吹き出すのだった。
四つの構造からなっている。
導入 主人公が高校入試の合格発表を待つシーンから始まり、不合格の結果を受けて絶望する。
展開 絶望の中でフクロウに変身し、夜空を飛び回る。
クライマックス フクロウとしての体験を通じて、自分の本質的な喜びを再発見する。
結末 翌朝、人間の姿に戻り、家に帰り家族と再会する。
合格発表の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。
遠景でゆっくりご飯を食べる様子を描き、近景でその理由である高校入試の合格発表のネット公開がはじまり、心境で「でも、別に緊張しない。もう終わったことだし、受験期の分今はのんびりゆっくりと過ごしていたい」と語る。
受験が終わり、学校が休みもあって、緊張が緩んでいる様子がわかる。
自室でホームページを確認すると、「なんだか緊張してきた。さっきまでの余裕が薄れ、次第に心臓がバクバクしてくる」と語っている。
この時点でダメな感じが現れている。合格しているのなら、「次第に心臓がバクバクしてくる。さっきまでの余裕が薄れ、なんだか緊張してきた」という順番にするだろう。
ネットの合否は、あっさりとしていて残酷で冷たく、世知辛い。
努力したのに不合格になることは、世の中たくさんある。
頑張れば必ず報われるわけではないのだ。
自分を磨くことと、他人を追い抜き追い越すこと。
両方の努力が必要で、多くが自分を磨くことを頑張っている。だからといって、他の受験生の嫌がらせをしろという意味ではないけれども。
悪かった結果から、自分を卑下してしまい、「僕がこんな目に遭ったのは、要領が悪いのは、無様な人生なのは、全部才能が無いから、知能がないから、無駄なことしか考えられない自分だから」と自分を貶めていく。
部屋を窓から飛び出し、「混乱のためかジタバタさせた両腕は、自然と規則的に運動を始めて、広い空が見えてきた」とあり、空に飛び出して両腕をバタつかせているうちにフクロウへとなって飛んでいったのだろうか。
フクロウに変身するまでの過程を、もう少し丁寧に描写してもいいのではと考える。
自身の姿を見て、なにに変わったのか仮説を立て、一声鳴く。
鳴き声でフクロウと気づくところは、目の付け所が良い。
主人公視点なので、鏡でも見ない限り、自分の姿を見ることはできないのだから。
長い文は十行ほど続くところがある。句読点を用いた一文は、長くない。一文はこまめに区切られていて読みやすい。ところどころ口語的。シンプルでありながらも感情豊かに描写されており、読者に主人公の心情を深く伝える。
フクロウに変身するというファンタジー要素が現実の苦悩と対比され、物語に独特の魅力を与えている。
主人公の絶望から再生への過程が丁寧に描かれており、読者の共感を呼んでいる。自己発見と再生という普遍的なテーマが、ファンタジー要素を通じて新鮮に描かれている。
五感の描写では、フクロウとしての感覚や体験が詳細に描かれており、読者に臨場感を与える。
視覚はフクロウとしての視界や、月光に照らされた川の水面、夜空の描写が詳細に描かれている
聴覚は、ウシガエルの鳴き声や風を切る音などが描写。
触覚は、フクロウの羽ばたきや冷たい川の水の感覚が描かれている。
味覚は、ウシガエルの肉の風味や、泥臭さの描写。
嗅覚は、金魚の水槽のろ過フィルターに近い泥臭さの描写。
主人公の弱みは自己否定。不合格の結果を受けて、自分を無能だと感じる。結果、逃避。絶望の中で現実から逃避しようとする。
主人公の感情の変化をもう少し緩やかに描写されていると、感情移入しやすくなるのではと思う。全体的にテンポが早いのは、フクロウの飛ぶ速さからなのかしらん。
フクロウといいウシガエルといい、生物的な知識をもっている。受験勉強の賜物かもしれない。
はじめてのウシガエルの捕獲はうまくはいかなかったが、逃がしていないので及第点は得ただろう。食べる様子の描写もよく描かれている。
「頭を左足で抑えて、右足で内臓を取り出す。鋭い鉤爪は出刃包丁よりかは不便だが、解体のうちに懐かしさが蘇って来る。身と内臓に分けたが、繊細な身から食べたい」
内臓に栄養があるので、獣は内臓を喰らう。ただ、フクロウが最初に食べるところがどこなのかは知らない。
身から食べるのは、主人公が人間だからだと思う。
「私は物心ついた時から生物についての体験を至上の悦びとしていたのだと、改めて実感した」「しかし、今はどうだろう。フクロウに変身し、数多の才能を享受したが、己の本質は生物から得る悦びであって、才能はその引き立て役に過ぎない」
主人公は、物事の本質に気づいたのだ。
受験に合格するのは大事だ。そのために勉強をし、努力する。でも、なんのために受験をし、合格するのか、目標がはっきりしていたのだろうか。
「これだけ勉強して落ちたんだからクラスで軽蔑される。滑り止めの高校に入りたくない。きっとバカみたいなプリントを何枚も解かされる」
誰かに自慢するために高校へ行くわけではない。自分がやりたいこと、なりたいもの、生きる喜びを感じ、自分の人生をより良いものにしていくために努力するのだ。
気付きと教訓を得たのは大きかっただろう。
「鉄橋の骨組みと壁の上の間には、二畳ほど空間があった。壁と天井の縦幅は程よく狭い。今日はここで眠ろう」と眠り、翌朝人間になっている。
この隙間がどれほどあるのかわからないけれど、横になって寝るだけのスペースがあったのだろう。季節は三月なので、寒かっただろう。
帰宅して、「リビングの引き戸を開け、元気よく言った。『ただいま!』朝食をとっていたお母さんは、驚いてコーヒーを吹き出した」のは、一晩留守にしていた子供が帰ってきたからなのか、それども家にいるとばかり思っていたので、どこかに出かけていたことに驚いたからコーヒーを吹き出したかしらん。家族など、主人公以外のキャラクターとの関係をもう少し描かれていると、深みが増すかもしれない。
読後。
不合格でフクロウに変身するという奇異な体験をしたものの、得る米物もあり、絶望から再生への過程が感動的であり、読者に勇気を与える。フクロウに変身するというユニークな設定が物語に新鮮さをもたらし、五感の描写が臨場感を高めている。最後には希望を感じられて、読後感もいい作品だ。
不合格だったから、合格したかった思いから空を飛ぶ生き物になったのだろう。でもなぜフクロウだったのかしらん。
フクロウは古くから知恵と知識を象徴する動物として認識されている。また、日本では「福来郎(福が来る)」「不苦労(苦労しない)」などの縁起の良い当て字があり、インドではヒンドゥー教の女神ラクシュミーの乗り物とされ、富と繁栄をもたらすとされる。
夜の世界の案内役や予言をする鳥として描かれることから預言者、優れた聴覚と視覚を持ち、静かに獲物を捕らえる様子からハンター、夜行性であることから、時に暗闇や孤独の象徴もある。
多くの場合、ポジティブな象徴として用いられることが多い。
本作でも、フクロウになることで気づきを得ている。
吉兆を表しているものと考えると、今後の彼の人生は明るいかもしれない。
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