作者・落ちこぼれ侍 キングジム賞:『Devote to you.』

Devote to you.

作者 落ちこぼれ侍

https://kakuyomu.jp/works/16818093077854690618


 高校生のカケルと幼馴染の私は、毎年夏に何か挑戦することを決めている。今年の夏、カケルは千葉ロッテマリーンズの選手、安田に全てをかけると宣言。カケルは私を野球観戦に誘い、試合を楽しむがロッテは惜しくも負けてしまう。試合後、カケルは私に対して「今年の夏はヤスダに……、いやこれからは君にかけるよ」と言い、私――安田に気持ちを告白する話。


 文章の書き出しはひとマス下げる等は気にしない。

 現代ドラマ。

 なんて素敵なのだろう。

 青春の一瞬一瞬を切り取った描写が非常に魅力的。キャラクターの描写やユーモアの要素がバランスよく織り交ぜられており、引き込まれる。面白いし、読後感が本当に良かった。


 主人公は女子高生の安田。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。

 

 絡め取り話法の中心軌道に沿って書かれている。

 夏休み直前のある日、通学路でカケルが突然「俺、決めたわ……」と宣言する。カケルは毎年夏に何かに挑戦することを決めており、今年は千葉ロッテマリーンズの選手、安田に全てをかけると決めた。カケルの言葉に主人公の私は驚くが、彼の無邪気な笑顔に心を打たれる。

 その日の夜、カケルから連絡があり、一緒に野球観戦に行かないかと誘われる。私は予定がないため承諾する。当日、カケルは家まで迎えに来るが、ユニフォームを持っていない私に対して少し困った様子を見せる。結局、私はカケルの安田のユニフォームを着ることになる。

 ナイトゲームの試合が始まり、二人はベース裏で観戦する。試合中、カケルはおじさんに絡まれるが楽しそうにしている。試合の結果は接戦の末、ロッテは負けてしまう。試合後、私は感謝の気持ちを伝えるが、カケルは「今年の夏はヤスダに……、いやこれからは君にかけるよ」と言い、本名が安田の私に対する気持ちを告白。

 私はカケルの告白に驚き、顔を見せないようカケルの手を取って海浜公園の砂浜へ駆け出す。「待ちくたびれたよっ‼️」と海に向かって叫ぶ。耳の奥で鳴き止まなかったセミの声はもう飛んでいった。


 四つの構造からなっている。

 導入 カケルが夏の目標を宣言、過去の挑戦についての回想が挿入される。

 展開 カケルが今年の夏の目標を「ヤスダにかける」と宣言し、二人の関係性が描かれる。

 クライマックス カケルが主人公を野球観戦に誘い、試合を楽しむ。

 結末 試合後、カケルが主人公に告白し、二人の関係が新たな段階に進む。

 

 宣言の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。


 遠景で、夏休み直前のある日の通学路で、カケルは唐突に口を開ける。近景で「俺、決めたわ……」と言い、心情で彼の容姿を描き、

風に消えるかと思うほどだったが、確かに聞こえたと語る。

 主人公の視点で幼馴染のカケルの様子が細かく描かれている。

 それだけ、主人公は彼に意識をしている現れである。

 だから、風に消えるかと思うほどの小さなつぶやきも、主人公には聞こえたのだ。


 真面目な冒頭から、ちょっとずっこけた感じのカケル。

「とてもかっこいい雰囲気をセミが台無しにした。いわゆるセミファイナル。死んでいると思っていたセミが突然動き出したのだ」

 ちょっとしたユーモアを挟んでいるのがいい。

「こらえきれなかった笑い声は蒸し暑いなかでもカラカラしていた。悲しいことに私からは鈴のなるような笑い声は出ない」

 主人公のこうした表現が随所に見られるのも、魅力の一つ。

 彼女の性格の現れでもあろう。

 

「私の幼馴染のカケルは毎年似たような意気込みを語っている。「今年の夏は『 』にかける!」と」

 カケルもまた、なかなか面白い性格をしている。

 

「去年は確かUFOだった。夜中に学校に侵入して、校庭にナスカの地上絵みたいなのを描いて二人で待ったけど、結局何も見つからなかった。何も起こらないと分かっていたのに、カケルがどうしても待ちたがってたんだっけ。懐かしいなぁ。私はちょうど超常現象などにハマっていた時期だったので楽しかったが、結局先生に見つかって二人してお咎めをくらったんだった」

 カケルはきっと、主人公が超常現象にハマっていたから、興味があることをやってみるといって誘い、一緒に過ごそうと思ったのではと考える。

 その時に告白しようと思っていたかもしれないが、地上絵を描いて二人で待つ間に告白するではムードがない。

 だから、「カケルは時間を無駄にしたとか嘆いていた」のかもしれない。


「俺は今年の夏はヤスダに全部かける!」のあとの、「ん⁉️ と思い二度見をする」主人公の反応が面白い。

「ロッテは今年調子がいい。やっぱり安田が一番だ。朗希のピッチングと安田のバッティングが組み合わされば、1位を狙えるぞ!」

 と続くのだけれども、きっと主人公の名前は安田なのだろうと思った。

 だから、「野球か。なんだよ、青春を楽しめよ! 私と頭一個分くらい差のある頭を睨みつける」のだ。

 この辺りの主人公の反応が、素直でわかりやすい。

 カケルに気づかせようとしているのかもしれない。


 石を蹴る描写がいい。

 通学路の景色に慣れたことから、カケルとの関係につながり、「もう十年以上、友だちでいる。なんかその関係性にモヤモヤする。セミの鳴き声がさっきよりも大きくなっている気がした」という表現が実にうまい。風景や状況を描写しながら無理なく心情に落とし込んでいく。

 モヤモヤして、セミが鳴きさらに広がる中、「黄色い声が聞こえ」て、我に返り、「その出所を探ると同じクラスの女子たちがいた」と視線を遠くに向ける。

「ニヤニヤしながらも『ヤっさーん』と呼んでくれた」とある。

 これだけでは、主人公の名前が安田とはわからない。

 安井や安浦、山田や柳瀬の可能性もあるし、名字ではなく下の名前、やす子とか靖枝、八重や八雲かもしれない。


 野球に誘われたあと、「ベッドの枕に顔を勢いよくうずめると隣にあったイルカのぬいぐるみが跳ぶのが視界の端に写った」の状況描写がいい。主人公の気持ちが弾んでいるのがわかる。


「その日は寝る直前まで下校途中に聞いたセミの鳴き声が耳について離れなかった」

 冒頭の、セミファイナルにかかっているのだろう。

 死んだと思ったら生きていた。カケルとの仲は十年以上友達のままで進展しないと思っていたところ、二人で一緒に野球観戦に誘われ、ひょっとしたらと恋心が動き出したのかもしれないと期待して、その日は眠れなかったかもしれない。


「強く言い返してしまった。せっかくおしゃれしてるのに何だその言葉は!まず褒めろ!」

 期待していたのがよくわかる。


「じゃあ何でマーくんのストラップつけてんだよ!」

「お兄ちゃんがくれたからつけてるだけ!」 

 カケルは主人公のことをよく見ている。

 友達に呼ばれた別れ際、「マーくんのストラップのついたカバンを肩にかけ直し、スカートを気にしながら女子の集団へと脚を進め、カケルから離れていった」とある。

 ひょっとすると、ストラップをつけているのに気づいて、「俺、決めたわ……」とつぶやき、ヤスダにかけるといったと推測。

 マーくんとは、千葉ロッテマリーンズのマスコットキャラクター「マーくん」のことであり、カモメがモチーフ。

 カケルは主人公がロッテファンだと思い、野球観戦に誘ったのだ。


 カケルは「……なんか毎年空回りしてるよな」と呟いていた、とある。

 いつだって、主人公のことを気にかけてきたのだろう。その度に、服のボタンの掛け違いのように、うまくいかず今日まで来てしまったと想像する。

 

「隣を気にしながら汗を拭く。臭くないかな。大丈夫かなと思ってちらりと見ると、真っ黒な瞳は遠くを見ているので、気にしただけ損だった。この野郎!」

 説明を描いてから、感想をそえているので、主人公の心情がより伝わってくる。笑うところではないのかもしれないけれど、笑ってしまう。

 

 長い文は数行で改行。句読点を用いた一文は長すぎない。短文と長文を組み合わせて、テンポよくし、感情を揺さぶってくる場面もある。ときに口語的。登場人物の性格がうかがえる会話文で書かれている。軽快で親しみやすい語り口調。主人公である高校生の視点から描かれており、リアルな会話や感情が表現されている。

 幼馴染同士の微妙な関係性や、青春の一瞬一瞬を切り取った描写が魅力的。ユーモアと感動がバランスよく織り交ぜられている。

 カケルと、主人公のキャラクターが生き生きと描かれており、彼らに共感しやすい。

 夏の風物詩や高校生の青春がリアルに描かれており、読者に懐かしさを感じさせるだろう。

 セミの鳴き声やカケルの奇声など、ユーモラスな要素が物語に軽やかさを加えているところが面白さを生んでいる。

 五感描写について。

 視覚は、カケルの外見や通学路の風景、野球場の様子などが詳細に描かれている。

 聴覚は、セミの鳴き声やカケルの声、観客の歓声などがリアルに描写されている。

 触覚は、汗を拭くシーンや石を蹴る感覚などが描かれている。

 嗅覚は、通学路の匂いや汗の匂いなどが描写されている。

 味覚は、ポカリを飲むシーンなどが描かれている。


 主人公の弱みは感情の不安定さ。主人公はカケルとの関係に対してモヤモヤした感情を抱いており、それが物語の中で描かれている。

 自己表現の難しさもまた弱さであり、自分の感情をうまく表現できず、カケルに対して素直になれない場面がある。


「カケルは井口のユニフォームを着るらしい。引退した選手のユニフォームを着るなんて、よっぽど好きなんだろうなぁ」とある。

 ロッテの井口資仁は、日本プロ野球界で活躍した選手。現在は千葉ロッテマリーンズの監督を務めている。選手時代は6番であり、監督就任後も6番を継続使用している。カケルは千葉ロッテマリーンズファンであるのだから、持っていても可笑しくないと考える。


「ビール片手のおじさんが隣になるので一瞬躊躇したが、なんのこれしき! と思い、座ろうとすると、カケルに腕をガシッと掴まれた。いつもだったら文句を言うが、彼の言葉を聞いたらそんなものは蒸発してしまった」

 ここのカケルはかっこいい。

「……俺はこっちのほうが見やすいから」というのは、本音ではないだろう。


 主人公が、負けて残念だったねといったとき、カケルの気のない返事は、自分の気持ちを伝えようかどうするか、タイミングを図っていたのかもしれない。


 カケルの告白の後、海浜公園の砂浜目指して駆け出し海に向かって叫ぶところが、もう素敵。最高である。

 最後の「耳の奥で鳴き止まなかったセミはもう飛んでいったようだ」から、友達関係にようやく終止符が打たれ、長くもやもやしてきた気持ちがスッキリ晴れた感じがして、読後感が非常にいい。 


 読後。

 タイトルを見なおし、告白の「君にかける」を意味しているのだと、しみじみ思った。そもそも「Devote to you.」は「あなたに捧げる」「あなたに専念する」という意味であり、深い愛情や献身を表すのによく使われる。

 しかも、彼の名前と「安田にかける」と揃えてあるのは、意図的だと思う。好きな人と、自分の名前を並べていたのかもしれない。

 青春の甘酸っぱい瞬間や幼馴染同士の微妙な関係性がリアルに描かれていて、非常に共感できた。ユーモアと感動がバランスよく織り交ぜられていて、読んでいて楽しかった。非常に魅力的な作品。

 この先、二人に幸が多くあらんことを願う。

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