作者 還リ咲 AKRacing賞:『グリッサンド』の感想

グリッサンド

作者 還リ咲

https://kakuyomu.jp/works/16817330661614392747


 篠崎栞の家に積まれていた本を並べた、一般的には似ても似つかない学級文庫を花見凛は四カ月で読破し、二人の関係を元にした、高校生と客の入っていない古本屋の店主が学級文庫の本について話している連作短編集を書き、「文芸部、一緒に作ってくれませんか」と栞に伝える話。


 疑問符感嘆符のあとはひとマスあける等は気にしない。

 タイトルから、音楽の話かしらんという期待を良い意味で裏切ってくれる。本棚に並べられた本が奏でるハーモニーはどんな感じだったのか、興味をそそられる。


 主人公は、高校教師の篠崎栞。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られ、花見凛を観察するように書かれている。

 情景描写で心理描写を表してもいる。

 

 女性神話と男性神話の、花見凛とは絡め取り話法の中心軌道に沿って書かれている。

 学級文庫で読書の楽しみをおぼえた篠崎栞は、新任教師としてクラスを受け持つとき、高校生が読むべき本を調べたり、教員仲間からおすすめを聞いたりして学級文庫を選んだ。が、二年経っても読まれることなく需要がないと理解し、選定した本を処分し、かわりに自宅に積まれあふれた、一般的な学級文庫とは似ても似つかない学級文庫をならべるも、生徒は見向きもせず、三年生を送り出し、一年生の担任となる。

「この本って、お借りしてもいいですか」一人の女子生徒、花見凛が本棚に手を伸ばしていた。本棚の左から順に、一冊借りたら一冊返すを繰り返していく。彼女は誰かと話しているところを見たことがなく、部活も入っていない。休み時間はノートに向かい、合間に本を読んでいるが、特別成績がいいわけでもない。

 本を読み終えた彼女に「その本、おもしろいよね」というと、彼女は困った顔をしては手短に本の交換を終えて教室を出ていく。彼女が先ほど読んでいたのは、ひたすらに絶望を書き連ねてある正真正銘の鬱小説だった。肝心の本を全く見ていなかった自分を恥じ、借りていった本はハートフルなエッセイ。思う存分心を癒やしてほしいと思うのだった。

 夏休みにも学校に来ては、ときおり宿題か何かをしては、学級文庫を読んでいた。本棚は五段。八月に入る前にもかかわらず、彼女は上三段の本を読破していた。八月中に貸し借りが終わるかもしれない。この関係を終わらせたくないので本を追加しようと考えるも、やめた。新任教師となったとき、生徒に喜んでもらおうと選んだ学級文庫は読んでもらえなかったことを思い出す。また、選んだ本たちは、自分が彼女に読んでほしい本ばかりだった。

 何をしても裏目に出ると悟り、何もしないことにした。

 八月も残り二週間となり、彼女の読み進める手が止まる。また、自分も教員研修の出張が三十一日まで入る。「明日から三十一日まで私は出張でいないのだけど、教室は空いてるから、自由に使ってね」と彼女に伝えた。

 三十一日の夕方、研修を終えると、そのまま学校に立ち寄った。彼女は最後の本を読み終えて棚に戻していた。たった四か月でよくこれだけの本を読んだなぁ、と改めて感激しては左上端から右下端まで本棚を五回も眺めて気がつく。学級文庫の右下、彼女が使っていた厚手のノートが挟まっていた。読んでみると連作短編集で、高校生と、客の入っていない古本屋の店主が二人で、私の学級文庫の本について話している。彼女は、言えなかった本の感想を、今まで全くしてこなかった自己表現を、小説の上で一気に繰り広げていた。

 主人公の高校生は、明らかに花見凛がモデルであり、古本屋の店主「詩織さん」は栞と同音異字だった。

 ピアノを題材としたミステリーで「本棚の本が抜き取られても鍵盤が押されても音は鳴らないですけど、なんというか、余韻は残りませんか?その人がどんな本を買って、もしくは借りていったのか、直接的には分からないけれど、それを周りの本から予想できるし、楽しいです」「と言っても私は右から順に借りてるだけなので、ハーモニーも何もないただのドレミファソラシド、ですけどね」と書かれ、彼女が本棚で奏でるグリッサンドの音を想像する。

 現実では彼女と数回しか言葉をかわしたことがないのに、短編集の中では、同じ作家が二十冊並んだ本棚を見て笑いあったり、難解な本を協力して読み解いたりしている描写を読むだけで、彼女と会話している感覚に襲われる。

 最後の章では、例の鬱小説について話していた。二人は登場人物の関係や、当時の社会情勢までもを丁寧に読み込んでいく丁寧な描写は、浅慮への当てつけかと一瞬疑うも、これほどの純粋な文章が当てつけなのだとたら何を信じれば良いのか分からず、苦笑してしまう。と、教師にはもう彼女はいなかった。

「最後の場面で、彼が冤罪によって汽車で連行されたとき、栞さんはどう思いましたか? 巻末の解説では、『諦めによる笑顔』って書いてありました。でも、私は違うと思うんです。彼は作中、ずっと自己批判し続けてきました。自分の言動だけでなく、生まれすらも呪って。あの、冤罪という避けようが無い受難は、彼にとっては”救い”だったんじゃないかな、と思います。あの瞬間、彼は生まれてはじめて自己批判から開放されて、悲劇の主人公に慣れたんじゃないでしょうか? 彼の最後の笑顔は諦めでは無く、喜びなんじゃないか、そう思ったんです」

 返事を待たずに終わっていたが、返事をすべきなのは作中どおり自分だと知る。学級文庫を読破したことを称え、こんなに綺麗な小説を書いてくれたことに感謝し、まだ話していない悩み事の相談に乗ってあげ、本についても話したい。明日から学校が始まるから、彼女とはきちんと向き合って会話しようと思ってノートを閉じようとすると、物語が終わっている次のページにインクの裏抜けがにじんでいるのを見つけた。めくると、――文芸部、一緒に作ってくれませんか、と書かれてあった。


 三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場のはじまりは、高校の新任教師となった篠崎栞はクラスを受け持つとき高校生に読むべき本などを揃えた学級文庫を用意するも、三年間読まれなかった。四年目、一年生の花見凛に「この本って、お借りしてもいいですか」きかれていいよと返事する。

 二場の主人公の目的は、本を借りていく花見凛の様子を観察していく。

 二幕三場の最初の課題では、本を読むでも仕事をするでもなく、ただ彼女について考えていた気まずさから、読み終えた彼女に「その本、おもしろいよね」と声をかけるも、彼女が読んでいたのは撃つ小説だった。翌日、いつものルーチンをする彼女に挨拶するが、ごめんがでなかった。

 四場の重い課題では、夏休みに入り、部活顧問をしていないからと他の先生の仕事も割り当てられ、夏休みは休暇が取れそうもない。 五場の状況の再生日、転換点では、彼女は夏休みも学校に来ては学級文庫を読んでおり、全部で五段ある本棚の内、まだ八月に突入していないにも関わらず、上三段の全ての本を読破。このままでは夏休み中に読み終えてしまう。追加しようと考えるも、読まれなかった三年間のことを思い出し、何もしないことにした。

 六場の最大の課題では、八月も残り二週間となったとき、彼女の読み進める手が止まる。しかも、明日から三十一日まで教員研修の出張が入ってしまう。一カ月ぶりの会話で「明日から三十一日まで私は出張でいないのだけど、教室は空いてるから、自由に使ってね」と彼女に伝える。

 三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、三十一日の夕方、研修が終わった大雨の中、学校に立ち寄ると、彼女は最後の本を読んで返しに来ていた。いいかげんな言葉が喉から出かけるが、整理して言わなければと絶えながら本棚をんが目、右下の棚に厚手のノートが挟まっているのをみつけた。

 彼女は本を読みながら、本の中で、学級文庫の本について話している連載短編小説を書いていた。最後の章では、例の鬱小説についての考えが書かれていて、篠崎栞に返事を投げかけていた。

 八場のエピローグでは、学級文庫を読破したことをたたえ、こんなきれいな小説を書いてくれたことに感謝し、悩み事の相談にも乗ってあげたいし、本についても話したいとおもう。最後のページには、「文芸部、一緒に作ってくれませんか」と書かれていた。

 構成が良いし、恋愛小説ではないものの、出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の流れで書かれている。

 

 書き出しの「──高校生には、難しいんじゃないだろうか」主人公のつぶやきが、これから始まるお話を物語っているようで素敵。

 ここでの学級文庫選びは、新任教師となったばかりのころなので、花見凛が読むことになる学級文庫よりも、読みやすいものだったのではと考える。

 高校生が読むべき本や教員仲間のおすすめとはどんなものだったのだろう。それらを参考にして選ぶも、「高校生には、難しいんじゃないだろうか」と思わせる作品はどういうものなのだろう。

 夏目漱石や森鴎外や谷崎潤一郎などの古典とよばれる日本文学作品なのか、これからの時代を担っていく高校生に役立ちそうな知識や考え方が書かれたものかしらん。

 そもそも、主人公は「本のために家賃を払っているような家」に住んでいるほど、たくさんの本を読んでいる。しかも小難しそうな、奇書も持っていた。つまり、色々な本を読んでいるし、持っている。

 そんな人が「高校生には、難しいんじゃないだろうか」と思いながら選んだ学級文庫。

「朝、本棚の写真を撮り、放課後に見比べても微動だにしていなかった」そんな確認をしなくても、はじめから、高校生が読まないのはわかり切っていたはず。

 それでも、期待をしていたのだろう。

 新任教師だし、最初からうまくいくことはない。トライアンドエラーをくり返していけば良いのだけれど、二年間は同じ本を置いていたのかしらん。三年目は自分の家にある本を持ち出している。

 読んでほしいのなら、書店さんが本を買ってもらうためにしている様々な工夫を参考にしても良かったのではと考える。

 本棚にただ並べておけば売れる時代ではないのだから。


 それ以前に、高校生の教室に学級文庫があるのかしらん。

 小学生や中学生は、朝読書の時間を設けているので、常設していても不思議ではない。自分が子供のとき、小学校には学級文庫は置かれていた。でも、進学校の高校はなかった。

 調べてみると、教師の裁量で高校の教室に学級文庫を置く学校もある。朝の読書時間を設けている高校もあり、学級文庫は年一回入れ替え、管理は図書委員が行っているところもあるらしい。

 高校一年生なら、まだ読書する時間はあるかもしれない。受験勉強に費やす時間に占められていくため、学年が上がると読書する暇がない。いまはスマホもあるし、本に手を伸ばす機会は減っている現状は否めないのでは、と考える。

 それでも「自分自身、学級文庫で読書の楽しみを覚えた人間」である主人公のように、興味を持つ人がいるかもしれない。

 そういう子のために準備するのは良いことだと思う。


「教育書やインターネットを漁って、”高校生が読むべき本”を調べたり、教員仲間におすすめを聞いたり」とあり、本の選択がよくなかったのではと考える。

 読ませたいなら、読みたい本を置くと良い。

 その年に流行っている泣ける映画の原作小説や、話題になっている小説を並べると、興味をもってくれるかもしれない。そんな本の並びに、高校受験に役立ちそうなものとか、読むべき本とか、おすすめを混ぜておくなど、工夫が必要だったのではと考える。

 それ以前に、学校には図書室があるので、読みたい人はそちらで借りて読む気がする。


 二年間、選んだ本を置いて読まれず、次の一年は、自分の家にあった本を並べるも「やはり生徒は見向きもしなかった」「三年生を送り出し、そのまま、一年生の担任になった」とある。

 新任から三年間、一年、二年、三年生と受け持ってきたのかしらん。珍しい。

 本作に登場する高校がどんな学校なのかはわからないけれど、とくに三年生は忙しいので、難しい本を呼んでいる暇はない。三年生を受け持っている教師ならわかるはず。自分に呆れ、失格だと思うのは無理もない。

 それにしても、本棚が五段もある学級文庫というのは、すごい量である。圧倒されて、読まなかったのかもしれない。


「この本って、お借りしてもいいですか」と本棚に興味を持つのは、一年生の花見凛だったのは納得がいく。一年生で入学式後なら、まだ余裕があるので本を読もうかなと思える。

「本好きで無口」「家の居心地が悪いことや、会話が極端に苦手」な彼女だったことも、学級文庫を読む要因になったのだろう。

 しかも、本棚に並んでいたのが、「棚から溢れた本が玄関前までびっしりと積まれている、本のために家賃を払っているような家」にある本の中から、「同じ作家が二十冊並んでいたり、自分自身何度も挫折してまだ読破出来ていない奇書があったり」といった、大きな書店や古書店に足を運ばなければ見つからないような本が本棚に並んでいたのも幸いしたのだと想像する。

 本が好きなら、聞いたこともない知らない本のタイトルの作品を読んでみようと思うもの。

 四年目にしてようやく一人、読んでくれる人が現れた。

 栞は、本当に嬉しかっただろう。


「入学式には本棚の左端にあった空隙が、日を追うごとに右へ移動していくさまからは、この学級文庫を制圧せんとする彼女の強い意思が感じられるようだった」この借りられていく流れが、作品タイトルのグリッサンドに繋がっていく。

 グリッサンドは、ハープを奏でるように鍵盤の左から右へと、指二本で撫でるように、そして指三本で右から左へと奏でていく。

 だから、左上から右下へと読んだあと、今度は右下から左上へともう一度読んでいくのかなと邪推してしまった。さすがに今度は順番を逆にして再読するなんてことはしなかった。

 けれど、彼女が書いた連載短編小説は、栞と凛の二人が学級文庫を読んだ感想を語り合うような作品なので、再読しているようなもの。

 しかも、主人公は凛が本棚で奏でる音を、「遅くなったり速くなったり、強くなったり弱くなったりするその音は、彼女の本の旅をあらわしているのだろう」と想像している。

 本を借りたあとの隙間で音が奏でられていく発想が素敵。

 

 気まずさから「その本、おもしろいよね」と声をかけたのはよくなかったと思う。

 最初にかけるなら、「本を読むのが好き?」と肯定してくれて答えやすい質問を投げかけるべきだろう。

 一応、生徒と対面する教師をして四年目なのだから、どんな声をかけたらよいのかわかりそうなものなのだけれども。このあたりが教師と一般社会で働いている人との差なのかもしれない。

 どんな本を読んでいるのかを確認しなかった、主人公はよくなかったし、翌日謝ろうと思いつつも謝らなかった。

 でもこの日のことが、のちに連載短編小説の最後の章で、凛は『彼の最後の笑顔は諦めでは無く、喜びなんじゃないか、そう思ったんです』と主人公の栞に投げかけることができた。

 おもしろいには、お腹を抱えて笑えるような面白さだけでなく、趣深いという意味合いもある。

 凛は、栞の「その本、おもしろいよね」から、後者を読み取って、自分の感想を語ったのである。

 いわゆる、どんでん返しになっているのだ。

 不思議な生徒だった凛と、ここではじめて、最初のコミュニケーションが取れた感じがする。


 読み終えてスクロールしていると、素敵なタイトルだと思った。

 鍵盤の旋律のごとく、五段の本棚にあった学級文庫を読破していった。本棚を読み終えたとき、彼女の中ではどんなハーモニーがあふれていたのだろう。その答えが、最後の一文なのかもしれない。

 最後の一文は、凛からのお願いでもあるけれど、ツッコミでもある気がする。

 できるかどうかはわからないけれども、こんなに本好きなら、教師である栞自身が文芸部を立ち上げる活動をしても良かったのではと思えてくる。

 きっと九月から、文芸部ができるに違いない。

 

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