作者 雨乃よるる 読売新聞社賞:『僕は男の子だけど王子様に愛されたい』の感想

僕は男の子だけど王子様に愛されたい

作者 雨乃よるる

https://kakuyomu.jp/works/16817330655186559105


 女の自分が嫌いな中学生の石崎すみれは、五組の本田真仁と出会い恋をし、夏休みが始まる日に彼から告白されたとき、自分は男の子だけど君が好きなことをカミングアウトしようとする話。


 主人公の封雑な気持ちが描けている。

 この恋の結末は、読者に委ねられているのだろう。

 どうなるのかしらん。


 主人公は女子中学生の石崎すみれ。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。

 会話では自分のことを「私」をつかう。

 三幕八場で構成されている。

 一幕一場の状況説明で本田真仁との出会いを語り、二話の主人公の目的を持つで彼に恋をし、二幕三場の最初の課題で、突き指をして彼と出会い、四幕の重い課題で一緒に下校。五場の状況の再整備で女子高生の姉が登場し、スカートが嫌いなのを認識。六場の最大の課題で浜田さんにヤキモチをいだき、三幕七場の最大の課題では夏休み前の終業式、雨に濡れながら下校し彼から告白。八場のエピローグで、人生最初の告白とカミングアウトをする。

 実によくできている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 女の自分が大嫌いな女子中学生のすみれは、どんどん体も女声になっていくことに焦り、心だけが死んで、空っぽの体で笑顔を作って家族や友達が安心すればいいと、自分の心を恨んでいた。

 ある日の昼休み、僕は、先生の手伝いで重い教材を抱えて教室へ向かうところ、後ろから誰かにぶつかられて理科の問題集が廊下にバラバラと散らばる。拾ってくれて二組まで運んでくれた五組の本田真仁と出会い、彼と普通の恋をして、ちゃんとした女子になろうと妄想するようになる。

 体育の授業のバスケで突き指したすみれは保健室へ行くと、保健室の先生はおらず、代わりにずる休みしていた本田真仁がいた。保冷剤で指を冷やしてくれる。その日の帰り、彼に声をかけられて途中まで一緒に帰宅する。「数学の時間眠かったから、保健室に来て寝てた」と知って、真面目な王子様だと思っていたけれどそうでもないことを知る。

 帰宅後、女子高生の姉から、友達と遊びに行くための服選びを主人公にさせる。その最中、制服よりも短いスカートを履かされ、可愛いと褒められてスマホに撮られる。スカートを脱いでズボンに気がsる。女子みたいな服装で笑う自分が嫌いだった。姉の友だちに見せると可愛いといていたこと、「すみれも普段からおしゃれしようよ」と姉よりラインが送られてくる。

 本田真仁と釣り合うくらいの女子になる未来と、女子の格好をするのが嫌いな自分がいることを認識する。

 毎日のように本田真仁と帰るようになり、彼も自分が好きなことに気づく。が、女子のスカートを履いて以来、普通の女子になれないから思い合っていてもうすバレないことに気づいていた。

 それでも彼と好きになったことは無駄ではないと思うようになっていた主人公は、彼の隣席の浜田さんが授業中寝ていたときに起こしてくる話を聞いて、彼女に嫉妬する。

 彼は主人公と話すほうが好きだと答えるも、いっそ嫌いになってくれればいいのにと泣きそうになる。スカートを履かないのか聞かれて儚いと答えると、似合うと思うんだけどなと言われる。

「私も楽しいよ、本田君と話すの」

 彼と別れた後、やはり彼のことが好きで、彼の好きな人になりたいとおもうようになる。

 夏休み前の終業式の日、雨が降る。折りたたみの傘があるのに、持っていないと嘘をつく主人公は、彼と一緒に濡れて帰る。

 いつもの交差点に来ると、彼は「好きなんだ、石崎さんのこと」と告白した。主人公も「私も」と答えようと思い、「僕が男の子になりたいこと、気づかせてくれたから、君はやっぱり王子様なのかもしれない」「僕は男の子だけど、君が好き。それだけのことだけど、はっきり伝えなきゃ」と気持ちを整理し、 

「僕も、本田君に言いたいことがある」

 と、人生最初の恋で最初のカミングアウトをするのだった。


 書き出しの一文「初めて本田真仁を見たときが僕の初恋だ」から、主人公は男性なのか、ボクっ子なのか、それとも性同一性の子なのか、読み手に選択肢が突きつけられる。

「ちょうど王子様が新しい世界へ連れて行ってくれるような心地がした」から、主人公は男性だと思った。

 その後の展開で本田真仁との出会いが語られ、「すみれちゃんは、好きな人とかいるの」と二章がはじまったとき、主人公は「いきなり自分に話が振られて、戸惑う」が、読み手も、「すみれって誰?」と戸惑う。

 主人公は女の子だったことが徐々にわかっていく。

 いまは、男子もスカートを履いてもいい学校もあるので、「中学入学のとき、制服のスカートをはいて嬉しそうな女の子たちの中で、自分は、スカートをはいて鬱々としていた」と読んでも、すんなり見た目は女子で中身は男子な主人公というのがすんなりわからなかった。

「でも、自分が男になれるわけなどないのだとも知っている」辺りから、主人公は見た目女の子なんだと確信を持って読めるようになる。

 だから、主人公の不安定さを、読者も一緒になって読み進めていける書き出しができている。

 読者への情報の出し方が実に上手い。


 着替えるときに本田真仁と顔を合わせたときの、「不自然なほどうつむいてしまったのが、少し残念だった。もっと彼の顔を見ていたかった」は、好きな人を意識しているときの仕草で、可愛らしい。


「恋って、いつも宙ぶらりんにされてるみたいだ。もっと近くにいたい。もっと姿を見ていたい。でもいつだって幸せは一瞬で、会えない時間の方が長くて、ずっと期待して待っていると心が宙に浮いている感じがする」が、実感こもっていていい。


 気持ちが浮ついていたから、主人公は突き指をしてしまったのだと思う。そのあと保健室にいって、本田真仁と出会う流れは、出来すぎているくらいに流れがいい。

 

「ちょっと頭痛が痛くて」

 読んだ瞬間、書き間違いかと思った。でも「頭痛が、痛い。冗談なのか、笑っていいのか迷っている間に沈黙が過ぎる」とあるので、なるほどと納得する。

 このあたりから、真面目な王子様像が崩れて行くのが面白い。

 それでも指を冷やしてくれる気遣いは、王子様である。


 一緒に帰っているときに、「数学の時間眠かったから、保健室に来て寝てた」と、仮病を使ったことを打ち明けている。彼としては、主人公にだけ本当の一面を見せることで、距離を縮めようとしているのだ。

 

「いつもさ、そうやって授業さぼってんの?」

「違う。今日はたまたまだよ」

「なーんだ、また……」

 保健室に行けば会えるとおもった主人公の気持ちは、まさに彼に片思いをしている。恋をしている部分は、女の子に見える。

 

 姉が登場するのは、おしゃれしたらすごく可愛い主人公が、いかにスカートが嫌いなのかを描くところにある。

 普通の女の子になる未来があり本田真仁と彼女になる未来も存在している。

 でも同時に、そんな女の子になるのも大嫌いな自分もいる。

「自分勝手な感情なのだけれど」とは、二つの感情を両立させたいと主人公は願っているからだ。

 本田真仁の彼女になりたい、彼が好き、でも女の子としては嫌なのだ。だからといって、男になれるわけではない。それら全部わかっていて悩んでいる。


 浜田さんが本田真仁が授業中に起こすのは、彼を気遣ってのことであり、ひょっとしたら好意を抱いているかもしれない。

 男女で話をしているとき、男は他の女子のしてはいけない。

 眼の前の子が好きならば、なおさら気をつけなくてはならない。

 だけど、本田真仁は気にせず話している。

 典型的な男の子に見られる行動だし、男友達と話すような感覚で話をしているのだ。

 もし、主人公が男だというのなら、浜田さんの話をされても嫉妬してはいけない。でも、「浜田さんと話すの、楽しそうだね」と聞いてしまう。この時点で主人公は女の子なのだ。

 しかも嫉妬したことに対して「失敗した」といっている。

「まだ彼と結ばれる道を探してしまっている。一度あきらめたら余計に、彼の笑顔がまぶしくなる」

 正直、主人公は彼を好きになることができるし、結ばれる道をえらぶこともできる。

 だけど、本人はできないと思っているから、諦めようとしている。

 比喩で「触れられない宝石をショーウインドウの外からずっと眺めている」と自分を表現してみせる。

 主人公には、女の子の気持ちがあると思う。

 

 彼が「楽しいよ、石崎さんと話す方が」といわれて、「いっそ僕のことなんか嫌ってくれればいいのに。そんな無邪気に笑わないで」と思ってしまう。

 

「隣を歩く普通の女の子が、死ぬほど羨ましい。そしてそんなふうになれない自分が、どうしようもなく悲しかった」とあるけれど、男子がスカートを履いてもいい。

 スコットランドの民族衣装で男子がスカート履くこともあるし、服装の自由な学校では、男子がスカート履くのも校則で認めているところもある。

 なので、主人公が自分が男だといって、スカートを履いても問題はない。女子は男子以上に服装の選択肢が多いので、ズボンでも黒パンでもスカートでもスラックスでもワンピースでも、なにを履いても昔ほど指摘されることはなくなっている。

 かなり自由なのだ。

 

 夏休み前の終業式で、雨が降る。

「僕らの少し前に、相合い傘のカップルがいた。一本の傘を理由に、肩を寄せ合って歩いている。男の子の方が、風邪引いちゃうといけないから、なんて女の子に言って、気恥ずかしさを隠している。傘を持っている男の子は、女の子に傘を寄せすぎて左肩が濡れていた」とある。

 主人公が折りたたみ傘を出したら、こういうことができたわけだ。

 相合い傘は、カップルの象徴で、男女の証みたいなものとして主人公は受け取っているのだろう。自分は男だからカップルになれない、だから折りたたみ傘を持っていないことにしたと想像する。


「好きなんだ、石崎さんのこと」

 彼が告白した後、すぐに「私も」とある。

 私も、ということは感情部分は女子なのだ。

 でも、伝える前に自分の中で整理し、理性的に頭で考え直して、「僕が男の子になりたいこと、気づかせてくれたから、君はやっぱり王子様なのかもしれない」こと、そして「僕は男の子だけど、君が好き。それだけのことだけど、はっきり伝えなきゃ」と告白とカミングアウトを決意して本作は終わる。


 素直じゃない。

 スカートを履くのは嫌、というのは感情。

 だけど、自分は男だとするのは理性的に考えている気がする。

 男の子になりたい女の子は、男子になったら女子みたいに集まってはワイワイお菓子食べながら恋バナしたり、悩み相談したりすることを想像しているかもしれない。が、男子は孤独な存在。なので、話は聞いてくれないし、コミュ障は多いし、困ったら助けてもくれないし、理不尽に暴力振るわれることもあるし、男子になってもいいことはない。

 スカートを履きたくないだけなら、あえて自分は男になりたいと言わないほうが得な一面も多い。

 もちろん、異性が嫌いで生理的に受け付けないから同性がいいという人もいる。ケースバイケースなので難しいのだけれども、主人公が自分のことを女子として好きな本田真仁に、男として好きだと告白するのは、彼が可愛そうだし主人公も報われない気がする。

 カミングアウトすれば、おそらく彼は失恋する。

 二人の恋は終わる。

 主人公は自分の気持ちを言えた達成感という自己満足が残るけど、この先、自分に正直に生きていけるかはわからない。

 学校で噂が広まり、受け入れてくれる体制が整っていれば問題ないけれど、この学校や家族など、どう受け取ってくれるか次第なので、どうなるのかわからない。

 踏み絵のように扱われる、本田真仁が可哀想な気もする。

 可愛い服だけでなく、もっと色々な服、ラッパとか、ドラムカンとか、ボンタンなどの学生服を着てみるのはどうだろう。

 視野を広げ、情報を集め、自分のことを理解してもらう努力が必要だ。

 女子より嫉妬深い男子の嫌な部分をもっと見て、それでも僕は男だとするなら問題ないのですけれども。


 読後、この二人はどうなるのかしらんと、かなり悩む。

 タイトルを見ても、王子様に愛されるには、女の子でなくてはならないと思う。でも、自分は男だと言い張る。王子様が男色気があればいいけれども、スカートに関して「えー、絶対似合うと思うんだけどな」といってることから、可愛らしい主人公を求めている彼に男色気があるとは思えない。

 双方歩み寄りながら、なんとか折り合いを見つけて付き合って行けたらいいなと切に願う。



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