ロングストーリー部門

作者 楠 夏目 大賞:『一夏の驚愕』の感想

一夏の驚愕

作者 楠 夏目

https://kakuyomu.jp/works/16817330660435488668


 親の都合で見知らぬ街に引っ越してきた少年の唯一の心の支えは『秀鋼芽元素』の小説。夏休み、偶然みつけた『秀鋼』の喫茶店に入り、髭と眼鏡と半袖がすべて黒い特徴の男『秀鋼芽元素』と一夏を過ごした話。


 現代ドラマ。

 男が大人になっていくのを感じさせる青春作品。


 三人称、高校二年男子視点、秀鋼芽元素視点、神視点で書かれた文体。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公である高校二年の少年は今春、共働きをしている親の都合から馴染みのない街に越してきた。友人も居なければ、知り合いもいない。家に帰っても、一人寂しく息をするだけ。少年の生活は暗黙の不安と寂しさに包まれていた。

 唯一の心の支えは、好きな小説『秀鋼芽元素』の作品を読むことだけ。そんな孤独を痛感する夏休みの初日、店名が『秀鋼』の喫茶店を見つける。孤独に蝕まれる己を救う、そんな「何か」を求めるために入店。待ち構えていた店主は、人気小説家『秀鋼芽元素』とは到底思えない、白髭を生やした老人だった。

 人気小説家『秀鋼芽元素』は四十代前半。マスターは到底四十代にはみえなかった。

 カフェオレを注文して飲もうとすると、髭と眼鏡と半袖の全てが黒色で特徴的な男が入店。好きなものを聞かれて小説と答え、「秀鋼芽元素って方です。今は有名だから皆知ってると思うけど、オレはそれより前から、ずっと作品を読み続けてるんです」「デビュー作品から新作まで、全部読みました。最後のあとがきも絶対に見るし、特に気に入った作品は何回も読み返してるんです」と、夢中で語った。

「もしかしてお前、このカフェの名前が<秀鋼>だからここに来たのか? 通りで見ない顔がいると思ったら」と男に言われて否定し、明確な理由があってといいかけるも、マスターから「先程は、たまたま通りかかったと」と指摘されてしまう。逃げ出すように店を後にした。

 以後、毎日喫茶店を訪れて夏休みを過ごしてきた。マスターと男は知り合いで、男の仕事があるのはマスターのおかげなど。少年が耳にした話の数々はどれもが鮮明でみずみずしいものだった。

 平日の昼間に男は決まって姿を現しては、「ホントは宇宙人なんだぜ、俺」突拍子もない話題を振ってくる。呆気にとられることが多かったが、通い続けたのは「この店の居心地の良さ」と「男の性格が楽観的だった」こと。なにより、そんな男の性格を密かに気に入っていたからだった。

 夏休み最後の日も店を訪れる。夏休みの最終日は憂鬱になるといわれるが、孤独が待ってる少年にとって憂鬱どころではない。学校が始まれば生活リズムは一変する。カフェに足を踏み入れる日はないかもしれない。

 お気に入りのカウンター席を背に店を出ていこうとする。最後になるかもしれないのに「またね」とも「ありがとう」とも言えない自分に、心底呆れて目の周りが熱くなる。

 黙っていくとは薄情なやつだと男に呼び止められ、振り向くよう言われる。拒むとお前を笑うやつはいないと言われ、振り返る。

「また会おう、少年」と言った男は、次に会ったときは特別に、質問に何でも答えてやるといった。また、別れ際に「次の新作は『青春系』だから、絶対読めよ」と言われる。この夏で伝え切れなかった事は、全部文章で教えとくから「楽しく生きろよ」といって、カウンター席に戻っていく。「おいおい、まだ分かんねぇのか? 髭と眼鏡と半袖。これ俺の『ペンネーム』なんだぜ」

 男は、秀鋼芽元素だった。 

 夏休み最終日の空は、夕焼けに溶け込む烏の群れや忙しなく歩く人々、そして弱々しく鳴く蝉声の中で──至極美しく煌めいていた。


 三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場のはじまりでは、主人公が夏休み最終日、カフェ秀鋼で「ホントは宇宙人なんだぜ、俺」という男を無視し、洋楽を聞きながらマスターの作ったカフェオレを飲む、

 二場の主人公の目的では夏休み初日、親の都合で引っ越し新しい環境に馴染めずにいる主人公が好きな人気小説家「秀鋼芽元素」の名字と同じカフェ秀鋼を見つけ、入店する。

 二幕三場の最初の課題では、たまたま通りかかっただけとマスターに答えて、カフェオレを注文。

 四場の重い課題では、カフェオレを飲もうとしたとき、髭と眼鏡をかけた黒いTシャツの男が入店。馴れ馴れしく声をかけられ、自分は人とつるむのが嫌いな高二だと答える。好きなものはと聞かれて、小説を読むことと返事。「秀鋼芽元素」が好きで、デビュー作から新作まで読み続けていると話せば、男とマスターは顔を見合わせて大きな声で笑った。

 五場の状況の再整備、転換点では、面白いと笑った男に、カフェの名前が秀鋼だから来たのかと聞かれて違うと否定するも、マスターからは「先程は"たまたま"通りかかったと仰っていたではないですか」と言われ、頬を染める。が、大きな笑い声につられ、心地よさに笑ってしまう。店を出ると、恐ろしいほどに空が美しかった。

 六場の最大の課題では、夏休み最終日までカフェに通い続けた主人公は「ホントは宇宙人なんだぜ、俺」に対し、「宇宙人なんて非科学的なもの、オレは信用してないですよ」と返す。小説の話、カフェの話、幼少期の男の話。マスターと男が知り合いだということ。今の男の仕事があるのはマスターのおかげなど、この夏で耳にした話の数々は鮮明で瑞々しいものばかり。だが男の「もしかして……今日で終わりなのか? 夏休み」ときかれ、学校がはじまればカフェには来れず、孤独な日々が待っていることを思い出す。「あ、忘れてた。オレ始業式の準備してないや。そろそろ時間だし、帰らないと」と嘘をついて逃げるように帰ろうとする。

 三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、男に呼び止められ、悲しそうな顔の主人公をみせる。ブサイクな顔だなといわれ、「次の新作は『青春系』だから、絶対読めよ。なんせお前、まだ若ぇのに"全部"諦めたような顔してるだろ? だから、な。この夏で伝え切れなかった事は、全部文章で教えとく。だから楽しく生きろよ」アメリカン珈琲を飲みだす男。彼が秀鋼芽元素と知り、主人公は全身が震えた。

 八場のエピローグでは、「次会った時は、お前の質問に"何でも"答えてやる、特別にな。だから、また会おう」と言われて店を出ると、夏休み最終日の空は至極美しく煌めいていた。


 髭と眼鏡と半袖の男の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が関わり合いながら、一夏を共に過ごして、ちょっとだけ大人になったように感じられるところが良い。


 三人称で書かれた小説は、主人公以外の登場人物の視点で描ける利点がある。冒頭の書き出しは、男視点で書かれ、そのあと少年視点で物語が綴られていく。だから、読みにくく感じるかもしれない。

 読者を物語に誘っていくためにも、冒頭の導入は客観的な状況説明を書くのが望ましい。

 そのためにも遠景で男視点で描き、近景で店内の様子を主人公視点と神視点で客観的に状況説明をして距離感を描いてから、夏休み初日の主人公の心情を描く。

 喫茶店を訪れる経緯を語りながら、主人公の思いが深く伝わってくる。

 そう考えると、男視点で書き出したことに納得がいく。

 ただ、読み手側としては三人称でも他のキャラクターに視点を変えないほうが、感情移入しやすくなる。男からはじめると、男に感情移入しようと思って読みすすめると、今度は少年視点か神視点かと迷ってしまうかもしれない。

 読む側としては、主人公視点以外は神視点なので、冒頭の導入部は神視点による客観的な状況説明で書かれていると思ったほうが、混乱も少なくなると考える。


 書き出しの「ホントは宇宙人なんだぜ、俺」は、実に興味を惹かれる。どういうことなんだろうとおもって、読み進めたくなる。

「さあ、どう出る? 少年──」と続き、どういうことだろうと、さらに考えさせられる。

 なのに、主人公は男の投げかけた質問には答えず、カフェオレを飲んで無視する。

 ますますもって、なんだろうと疑問になって読み進めてしまう。

 読者を先へ先へと読ませようとする書き方は、実に上手い。


 似たような経験があるので、知らない場所に来て生活することとなった主人公が、友達もいない状況でどうすごそうか、何かを求めて街を歩く気持ちがよくわかる。

 わからないから不安になるし、戻りたいと思っても引っ越したのだから戻れない。この街で当面は暮らしていくことになる。自分が暮らしていく場所を知るためにも、自分の足で見て回って知ろうとするのは自然なことである。

 どこかに、自分の身を置いて、落ち着けるところはないかとあちこち見て回るだろう。

 夏休みに入る前でも、日曜日やゴールデンウィークにも、同じように街を歩いていたのでは、と想像する。


 本作から感動を覚えるのは、男が少年の好きな作家だったとわかるからなのはもちろん、読者に見知らぬ場所に身を置くこととなって孤独に悩み、落ち着ける場所を求めた経験があったり同じ体験をしていたりすれば、自分事のように感じるだろう。

 群れるのが嫌いだからといって、誰かを求め孤独から抜け出そうとするのは自分にだってできるはず、と捉えることでも読者は感動を受けるだろう。

 なにより、少年に感情移入できるのは、各場面の起承転結の中で、主人公の心の声や感情の言葉、考えや思い、表情や仕草、行動などが五感をもちいて想像しやすいよう書かれてあるから。

 とくに夏休み初日に喫茶店を訪れた場面はよく描かれている。

 同じように、最終日の場面であるクライマックスでは、主人公の強い思いを描くために必要な行動や態度、表情などがより強く書かれているため、主人公の思いが伝わってくる。

 夏休みが終われば、また孤独と向き合わなくてはならない。

 かといって、いつまでもいるわけにいかない。

 楽しい時間を過ごさせてもらった人たちに、悲し顔を見せたくないから、泣き顔を見られる前に店を出ていこうとする。

 しっかりできた子である。

 そんな主人公を、マスターも男も気に入っていたにちがいない。

 少なくとも男はそう持っている。主人公は、『秀鋼芽元素』の小説が好きなのだ。自分のファンを、すべての作品を読んで熱く語る子に対して、冷たく扱ったりしないであろう。


「ホントは宇宙人なんだぜ、俺」

 冒頭でも出てくるし、この言葉を言った場面も描かれていて、主人公は「宇宙人なんて非科学的なもの、オレは信用してないですよ」淡々と述べる。

 男は「え、お前ホントに高二? 俺がお前くらいの歳の頃は、毎日UFOを探してたけどな」といって、いまも探していると笑う。

 主人公は、「『そんな姿に憧れている』とは、口が裂けても言わないけれど」と、彼を好意的にみていることが書かれている。

 でも、どういう意味があったのだろう。

 突拍子もない話題をいって、あっけにとられることを男が言う性格を表しつつ、夏休み最終日から、本作をはじまっていることを印象つけたかったのかもしれない。

 でも、男が「さあ、どう出る? 少年──」と思っているので、なにかしら期待があって、自分が宇宙人だと口にしているのだ。

 おそらく、似たようなフレーズが出てくる『秀鋼芽元素』の小説があるのだと想像する。

 だから男は、主人公の少年にヒントのように、突拍子もないことをいっては、気づかせようとしていたのではと邪推する、

 だけど、気づいてくれない。

 夏休みの間、いつ気付くかなと楽しみながら、主人王と会っていたのではないのか。

 だから最後、夏休みの最終日で、もうここには来ないだろうと思っている主人公に、「次の新作は『青春系』だから、絶対読めよ」「楽しく生きろよ」といって、「おいおい、まだ分かんねぇのか? 髭と眼鏡と半袖。これ俺の『ペンネーム』なんだぜ」と打ち明ける流れになるのだと思う。

 彼の姿がはじめから、ペンネームを表しているので、少年に自分が君の好きな作家の『秀鋼芽元素』だと伝えようとしていたと思う。

「戸惑う少年を他所に、マスターはくすりと笑みを零していた」とあるので、マスターも一緒になて、いつ気付くかなと楽しみにしていたと思う。


 状況描写で季節を演出したり、店の雰囲気や、主人公の心情を描いているところが良かった。初日と最終日の、店を出た時の夏の感じ方が異なっていて、

「夏休み初日の空は、恐ろしい程に美しかった」

「夏休み最終日の空は、夕焼けに溶け込む烏の群れや、忙しなく歩く人々、そして弱々しく鳴く蝉声の中で───至極美しく煌めいていた」

 比較してみればわかるとおり、孤独だった主人公が、初めて見つけて出会った喫茶店で、知らない人と話をしただけでも、冒険をした感じがあり、入店前の孤独に包まれていた感じがなくなって世界が美しく見えている。

 最終日には、一緒に話してきた男が、好きな作家の『秀鋼芽元素』であり、またこの喫茶店を訪れて彼に会いに来ようと思えただろう。充実した夏を過ごしたんだという実感が主人公の胸にあふれているから、世界が色とりどりにあざやかで、光や音、飛び込んでくるなにもかもが煌めいて見えたのだ。

 対比を使って、描写で主人公の変化を描かれているところが、良かった。ラストは主人公が見たであろう映像を想像しつつ、読者も終えられるから、じんわりとした感情を追体験できる。

 あと味が素晴らしい。

 ひと夏の青春を、読み手にも体験させたのだ。


 読後、普段とは違う特別な経験をしたことで、少年は大人に近づいたと感じられる作品だった。引っ越さなければ、喫茶店を見つけなければ、男に出会わなければ、『秀鋼芽元素』の小説を読んでいなければ、この出会いもなかった。

 引っ越す前から両親は共働きで、本を読むのが趣味だっただろう。だから、友達も少なかったかもしれない。

 素敵な、ひと夏の出会い。

 これもまた青春である。

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